Complete Reversal Online
辻野深由
●●回目のアップデート
――これより、13回目のアップデート内容をお伝えいたします。
俺――氷室怜哉はPCから流れてくる映像を血眼になりながら一言一句を聞き逃すまいと固唾を呑んで運営の放送に耳を傾けていた。
俺だけではない。肩をひっつけてそわそわと貧乏揺すりをしている友人兼ゲーマー廃人の
そして、恐らくは国内最大級MMORPG――Complete Reversal Online――
「とりあえず、このアップデート内容次第だかんね」
夜宵が俺へ釘を刺すようにぼそりと呟いた。
「わかってるよ」
「あんた本当にわかってんの? 緊張感なさすぎない?」
「……うるせぇ。そもそも大して期待なんざしてないんだ。どのみちいまの俺たちはどん底にいる。どうしたってこれより悪くなることはねぇんだ。どっしり構えようじゃねぇか」
――もし、アップデートの内容がクソくらえなものであれば、俺も夜宵もMROオンラインを引退する。
俺たちは、そう、心に決めていた。
このMROオンラインにて最強の名を欲しいままにしていた。アップデートの内容に最速で追いつき、頻繁に更新される環境に食らいつき、強敵を屠り、強者が集うコロシアムで頂点に君臨し続けていた。
前回のアップデートが行われる、それまでは。
スキル付与――武器や職業や魔物のアイテムドロップ追加とはまるで異なる新しい仕様が追加され、そのスキル如何では最弱が最強をも容易に食い破る、そんな代物だった。
そして、夜宵に与えられたスキルはアイテム売却時のマネーを倍にする『商売繁盛』、俺に与えられたスキルはレベルの低い魔物と遭遇しなくなる『強者の畏怖』。すでに使い切れないほどのゲーム内マネーを保有し、雑魚も強敵も分け隔てなく相手にして、そうして頂点に君臨し続けてきた俺たちにとっては無意味であり、無用であり、どころか邪魔になるだけの代物だった。
スキルの交換や付け替えは不可。レアスキルを確保できるまでリセマラを繰り返す初心者が続出し、そのなかには一定時間不死身になるもの、自動反撃をするもの、果てにはスキル使用後の数瞬のみ他者の三倍の速度でアクティビティができるもの……そんなチート級のスキルを生まれ持った新参が続々とMRO内のプレイヤーランキング上位を占めてしまったのだ。
そうして現在、俺も、夜宵も、ランキングは数千位というところまで転がり落ちてしまった。かつての栄光は見る影もない。寝る時間も、食う時間も、勉強する時間も、すべてをこのゲームに擲ってきたというのに……。
この一年、這い上がるために必死だった。それでも、上位に蔓延る強者はどれもレアスキル持ち。戦闘を大きく左右するスキルを持たないに等しい、ただ実力しかない俺たちの限界が、そこだった。
「……もう、前回みたいな想いはしたくないしね。本当にクソな仕様にしたらきっぱりやめる」
ツイッターで十万人超ものフォロワーを抱える夜宵は、前回のアップデート直後にそう断言し、それは瞬く間にMROプレイヤーの間で話題になった。夜宵の復活を望むファンたちが彼女の呟きをツイッターの運営アカウントに叩きつけられ、あるいは現環境で猛威を振るう上位ランカーは心ないリプライや晒しに走った。
そして、今日。
――まずは上位報酬についてです。
これは例年どおり大したことのないものが上位ランカーに贈呈される。俺たちは一部のみが獲得できる称号を、今回、五年目のアップデートにして初めて逃すことになる。
「…………っ」
悔しくないわけがなかった。だが、分厚すぎる壁を破れなかった俺たちは、ただただ歯噛みするしかない。
――続いて、新規ダンジョンの解放と、その詳細についてです。
現環境の最難関ダンジョン、最奥60階がさらに20階層延長されるとのことだった。攻略勢にとってはたまらないだろう。80階のボスを屠ることで獲得できる新武器も好評され、武器スキルの効果がまた新要素を彷彿させるものであったことから、このダンジョンの攻略に潜り込むユーザーがほとんどだろう。
けれど、前回のアップデートで導入された『スキル』を過去のものにするにはほど遠い。
このまま何事もなく終わってくれと願うもの。
ゲームバランスを大きく揺るがす特大のアップデートの襲来を期待するもの。
俺たちは紛れもなく後者だった。かつて主人公のように振る舞っていた、あの頃の栄光を取り戻したい。いつまでも過去に縋っていられない。昔取った杵柄を捨ててでものし上がりたい。
だから――、
――新規要素についてお知らせします。
夜宵の肩がびくりと揺れる。
俺は祈るように両手を組んだ。
――その名は、「スキル生成」
「…………っ」
「…………っ!!]
――前回のアップデートで導入したスキルですが、1ユーザーアカウントに対して1つのみの導入、かつランダムに設定がなされ、付け替え不可を前提として導入をいたしました。これが災いし、ゲームバランスに多大な影響を与えてしまいました。話題を呼び、一時は稼働数が飛躍的に上昇したものの、運要素が大きすぎたために不満も多くいただいておりました。ゲームバランスをひっくり返す画期的な要素ではありましたが、CROのコンセプトを逸脱する前提での導入となっていたことを深く反省しまして、運営側としても長きにわたる改善策を検討の結果、スキルをユーザー自身で生成することを前提に、1アカウントに対して最大三つまで付与することのできる、変更可能な要素とすることを決定いたしました。
うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!、と波濤のように右から左へと流れていくコメントが生放送に登壇している声優陣や制作プロデューサーを飲み込んでいく。
――スキル生成に必要なものは、強敵がドロップするアイテム、コロシアムで手に入る報酬品、そして、マネーです。
「…………きた。こいつは、きたんじゃないか」
「マネーならある。雑魚的を無視できたから、他のプレイヤーよりはボスを屠ってる数も多い。闘技場もできるだけやってきたから、一応はアイテムもある……」
――これに伴い、明日のアップデートで、皆さんに付与されているスキルはリセットされます。以降は、スキル生成の機能を用いて、プレイヤー自身でスキルの生成と付与を行っていただきます。
眼前の画面は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。ランクリセット、スキルリセット。残されたのは、マネー、アイテム、そして、日頃の積み重ね。ランカーの維持は魔物の討伐数やコロシアムでの勝利数などが総合的に繁栄されるが、PKが可能なCROでは、上位にのし上がるためのPKこそが最もランクアップに繋がる。ゆえに、PKに遭遇するのを避けるため、上位ランカーのほとんどは滅多にログインしないか、あるいはダンジョンに篭もりきりとなる。前者を選択していたプレイヤーは、いまごろ顔を青ざめさせていることだろう。
「……やめなくてよかったな」
「そう……だね」
神は、まだ俺たちを見捨ててはいなかった。
「やるぞ……夜宵」
「うん……」
「俺たちは……のし上がる!!」
「…………うんっ!!」
夜宵が、天真爛漫の笑みを浮かべる。
ああ、久しぶりだな、こいつの、こんな愉しげな笑顔をみたのは。
「舞い戻るぞ、再びの頂点に……っ」
「返り咲こう……この世界の主人公に……っ!!」
Complete Reversal Online 辻野深由 @jank
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