第4話 おしおき

 五日後、慶伊は不良組Dクラスの面々を見て、うんざりとしていた。


「……はぁ。俺が少し開けた間にこいつらは……」


 目の前には、机の上で足を組んだり、侍従を侍らせたサイドテール金髪縦巻きロールお嬢様が紅茶を飲んだり、ツインテールよ大人しそうな子がはむはむとおにぎりを食べていたりした。


「て、てめぇら……」


 どんどん機嫌の悪くなる自らの師匠を見て苦笑いをするセシリア。


「ああっ! 《てめぇら人の話を聞けぇっ!!》」


 慶伊が大声を上げた瞬間に炎柱が教卓の上、教室の出入口に噴き出した。


「ああん? なんだ先公?」

「なんですの!? うるさいですのっ!」

「なんだぁ、てめぇっ! うっせぇぞコラ!」

「お嬢様、うるさいのはお嬢様の方です。ちょっと黙ってください。」


 先程、机の上で足を組んでいた赤髪の少年。侍従を侍らせたお嬢様。おにぎりをはむはむしていた大人しそうな少女が慶伊に向かってキレだす。

 そして、侍従は自らの主人に冷たく当たっていた。


「うっせぇのはてめぇらだッ! いい加減人の話を聞きやがれッ!」

「ああん? やんのかゴラ」

上流階級ブルジョワのわたくしに逆らうって言いますの!?」

「人がおにぎりを食ってんのにいきなり大声をあげるんじゃねぇぞゴラッ!」


 そして、白い手袋を投げつけてくる。あと、一人だけ理由がおかしい。

 白い手袋を投げつけるということは、魔術師にとって決闘をするということである。


「ほう、この俺に決闘を申し込むとはいい度胸してやがんな。いいだろう。何処の何奴が投げたか知らねぇが──」


 そう言って指を鳴らす。


「全員纏めて掛かってこいや」


 生徒全員の頭の上に白い手袋が落ちてきた。何故か知らないが、セシリアの頭の上にも。


「え? 私もですか?」

「ああ、そうだ。リアもいた方がハンデとしていいだろ」


 慶伊は「当たり前だろ?」と言わんばかりに言ってのける。


「さて、最後に決闘を申し込んだのは俺だから、ルールはお前達が決めていいぞ」

「で、でしたら、攻撃に際する攻撃魔術アサルトスペル対抗魔術カウンタースペルの使用を禁じますわ!」

「いいだろう。他の奴らもそれでいいな?」


 約十名の生徒達は一様に頷く。


「じゃあ、校庭に移動しようか」


 セシリアにとって、この時の慶伊の顔は、それはそれは恐ろしく邪悪な笑みを浮かべていたという。


 ☆★☆★☆


「さあて、お前ら、やるぞ?」

「ふん。お前なんか一瞬で終わらせてやる!」

「直ぐに終わらせて差し上げますわ!」

「おにぎりの恨み、受けるがいいっ!」

 (いや、それは流石におかしいだろ……)


 喧嘩の原因は違えども、目標は一つ。

 慶伊の打倒。

 今此処に、生徒対教師の魔術戦が幕を開けるのであった。


「それでは、始めっ!」


 面白そうとやってきた結衣がそう言い放つ。

 その瞬間に生徒達は一斉に呪文を唱え出す。ただ一人、セシリアを除いては。


「《風霊よ》!!」

「《渦巻く炎よ》!!」

「《雷帝の閃槍よ》!!」


 生徒達が初等魔術である【ブロウアウト】や【ブレイズバーン】、そして、中級魔術の【ライトニングピアス】を短縮詠唱で放ち始める。一方でセシリアは【ブロウアウト】を一節で起動して真上に跳躍し、辺りを見渡す。


「あの人達、無造作に短縮詠唱を使うと師匠の術式干渉スペルインターセプトに──」


 セシリアがそう言葉を零した瞬間、慶伊に向かっていた魔術が尽く上に向き、セシリアに向かって飛んできた。


「ちょっ、師匠の《バカァァァァァァァア──っ!!》」


 叫び声を魔術の呪文として扱う無駄に高度な洗練された技術を披露したセシリアは【ラピッドストリーム】によって次々と魔術を避けていく。

 その頃、慶伊は

「ほう……リアのやつ、魔術の腕を上げたな……まさか全部避けるとは……」

 と、呟いていた。


 一方、生徒達はと言うと、突然、魔術が自らの制御を離れたことに驚愕していた。

 術式干渉スペルインターセプトとは、相手の詠唱に干渉して、その制御権を無理矢理奪う高等技術である。

 本来、これは一つの詠唱につきそれぞれ真逆の詠唱をしなければならないのだが、慶伊は〝セフィロトの魔術〟を使ってイメージ記憶だけでそれを為したのである。


「攻撃も対抗も封じられたらこれぐらいしかやることねぇしなぁ……ククク。これでも位階持ちなんだ。なめられちゃあ困るよ」


 慶伊は「ま、一番気をつけるべきなのはリアだからな」と零した。


「師匠、もう許しませんからね! 《光り輝く雷帝の閃槍よ・我が指先に集いて・彼の者を刺し射抜け!!》」


 セシリアが詠唱しながら左腕を撓らせて慶伊に向けて【ライトニングピアス】を撃ち込もうとする。

 それを見た慶伊は飛び上がって避けようとする。が、セシリアの魔術は起動しない。


 (……やべ。遅延起動ディレイブートか!)


 そう気づいた瞬間に身体を捻って【ブロウアウト】を自らの上方に起動、下に向かって叩きつけるような風が吹き荒れる。

 その最中、セシリアは右手で左上腕三頭筋を支え、人差し指を前に伸ばし、親指を上に向ける、所謂〝指鉄砲〟と呼ばれる形を作り、慶伊へと狙いを定める。


「さぁ、師匠。これで倒されるとかはナシですよ!」


 次の瞬間、セシリアの指先に魔力が集まり、光の弾丸が発射された。


「リアのやつ、ガチで殺りに来てるじゃねぇか……。ええと、確か、攻撃に係る攻撃魔術アサルトスペルは禁止だから、攻撃魔術で防御するのはいいってことだよな……」


 すると、慶伊は「《雷帝の閃槍よ》」と唱えてセシリアの【ライトニングピアス】を撃ち落とした。

 その瞬間、横から【ブレイズバースト】が飛んでくる。

 慶伊が横目で見ると、そこには左掌を慶伊に向けた、おにぎりをはむはむしていた少女──イリス=ローズが居た。


「……あの性格詐欺師、やるな。なら、早めに潰しておく方が得策か」


 そう呟くと【ラピッドストリーム】で高速移動、イリスの後ろに移動すると回し蹴りで沈めようとする。が、それを防ぐかのようにセシリアからの【ブリーズピアス】が飛翔してくる。


「《あっぶね》っ!」


 慶伊は【ブロウアウト】を即興改変し、イリスに被害が及びないように狭い範囲で風の爆発が起こるようにした。

 イリスはその場から飛び退き、再び慶伊に向かって【ブレイズバースト】を放つ。


「ちょっとその魔術、《借りるよ・・・・》」


 次の瞬間、魔術を使おうと詠唱していた生徒達にざわめきが生まれた。

 詠唱が完成したにも関わらず、魔術が起動しないのだ。

 そう、もうお分かりであろう。慶伊の固有魔術オリジナル【ハイシュフラマ】である。

 術式干渉でイリスの【ブレイズバースト】の制御権を奪い、その炎の揺らめきを利用して【ハイシュフラマ】を起動したのだ。


「ククク……バレなきゃレギュレーション違反じゃないんだよ……」


 人間のクズである。

 一方、セシリアはと言うと、確実に炎を見ないようにしていた為、【ハイシュフラマ】の影響は受けていなかった。


「師匠……普通に【ハイシュフラマ】を使ってきましたね……。仕方ないです。私も少し本気を出しましょうか。《我は風を統べる風姫なり・遍く風霊よ・我に力を与え給え》ふぅ……《颪の風狼よ・我が散弾と成りて・・・・・・・刺し穿て》」


 一つ目の呪文で彼女が風を纏い、二つ目の呪文で彼女の固有魔術【ブリーズピアス】が起動し、一発の不可視の弾丸は途中で弾け飛び、複数個の弾丸は慶伊の避ける先々へと飛翔し、狙い撃つ。

 弾丸が着弾すると、そこから爆炎が上がり、慶伊にダメージを蓄積させようとする。

 中級魔術【ピラーズフレア】を付与魔術エンチャントしたセシリアお手製【ブリーズフレア】である。もちろん、即興改変である。

 この天才めっ!


「よっと、おいおい、リアの奴、わざとアイツらを巻添えにしてるな?」


 慶伊の言う通り、セシリアの流れ弾が不良組に当たって続々と脱落者が出ていた。


「……これ以上は危ないか」


 そう呟くと、結衣に目をやる。

 その意図を汲み取った結衣は高速錬金術ハイアルケミィで水銀の刀を生成。

 その刀を魔術媒体としてこう唱えた。


「《光の刃よ》」


 次の瞬間、不可視の刃が次々とセシリアの【ブリーズフレア】を撃ち落としていく。

 そして、ドヤ顔でこう告げた。


「──そこまで!」

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孤児を拾ったら魔術の天才でした 月夜桜 @sakura_tuskiyo

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