第2話 カチコミ

 数年後のある日、俺達は裏切り者が拠点としている館にカチコミに来ていた。


「リア、どうする? 今回はお前がメインでやってみるか?」

「慶伊くんの好きなようにしてくれていいですよ? 序に、〝セフィロトの魔術〟を見せていただければなと」


 こいつ、段々図々しくなってきやがった……流石は元王族ってとこか。


「はぁ……まぁ、今回の相手は序列第十三位の【死神】だ。だから、どっちにしろ使うことになると思うぞ」


 俺の予感、かなり当たるんだよなぁ……父さんが言うには、俺には〝アカシア年代記〟っていう膨大な数の過去の記録を元にして、世界の未来を予測する能力があるらしいんだけど……俺、未だにそれを使えてないんだわ。当面の目標はこれを任意で使えるようにすることなんだよなぁ。


「さて、裏切り者は何処かな~~?」

「慶伊くん、そこの通路を右に曲がった先に反応三。配置的に、多分魔術師の三人一組スリーマンセル一戦術単位ワンユニットだと思う」

「厄介だな……。こういう時はリアの出番だな。俺の一番弟子なんだ。いつも通りちゃんとやっつけてくれよ?」

「分かってますよ」


 リアはそう言うと白い手袋を懐から取り出した。

 彼女が魔術を行使する時の正装の一つである。

 あの手袋には、一種の対抗魔術カウンタースペルが掛けられており、万が一、魔術師と戦闘に陥った場合に、魔術を効率良く使うことが出来る左手を負傷しないように工夫されている。


「じゃあ、行ってきますね! 師匠、見ててくださいね!」

「はいはい。無理はするなよ」


 こういう時だけ師匠って呼びやがって……。


「《風霊よ》」


 そう呟くと急激に加速し、通路に飛び出した彼女。そのまま魔力的鼓動マナバイタリズムを整えて次の魔術を詠唱する。


「《おろしの風狼よ・我が鉾と成りて・──》」


 彼女が詠唱していることに気が付いた敵が慌てて対抗魔術の詠唱を開始する。


「は、《阻め大気よ・その大いなる──》」


 が、遅い。既にセシリアの詠唱は完成してしまう。


「《──刺し穿て》──」


 荒れ狂う風の塊が彼女の左手から射出され、魔術師の身体を貫通する。

 圧縮空気弾を飛ばして相手を吹き飛ばす【ブロウアウト】を改変し、弾丸のように貫通性を持たせたものが彼女の固有魔術オリジナル【ブリーズピアス】だ。


「ビリーッ! くそっ、このアマがッ! 《紅蓮の炎よ・──》」

「《──力を以て・我を守り給え》──ッ!」


 一人の魔術師が炎熱系拡散魔術【ブレイズバースト】を唱え、先程【アトモスフィア】を唱えていた男は詠唱を完成させ、大気の壁を前方に展開させた。

 流石はプロの魔術師というところであろう。が、そんな事は天才の彼女には関係ない。


「──《続けて一射ツヴァイ》《更なる一射ドライ》ッ!」


 彼女は連続起動ラピッドファイアを駆使し、【ブリーズピアス】にありったけの魔力を注ぎ込んで貫通力を底上げし、残りの二人を撃ち倒した。


「お疲れ様。連続起動、教えた甲斐があったかな?」

「多分、連続起動が無ければ負けていましたよ。ありがとうございます」

「そうか、それなら良かった」


 俺達はそう言いながら前に進む。


「……ここかねぇ?」

「はい。この扉の奥に九人と一際魔力の大きい人が一人います」

「よし、じゃあ、行くぞ」


 俺はそう言って魔術詠唱を始める。


「《紅蓮の炎よ──以下、呪文省略ッ》吹き飛べッ!」


 【ブレイズバースト】の呪文を簡略詠唱し、木の扉を粉々爆発させると中の様子が明らかになる。


「動くな。【死神】のエステンハイム、お前を反逆罪にて処刑する。お前に与する者も同罪だ。さぁ、覚悟はいいか?」


 かつての同僚であったエステンハイムの背中を見続ける。すると、あいつは振り返ってこう言った。


「くくく……【魔術師】とあろう君がこんな所に女を連れてくるとはねぇ……」

「ああ? こいつは俺の弟子だ。弟子を愚弄する事は俺が許さん」

「そうかい。して、君達は本当にこの人数差で勝てるとでも思っているのかい?」


 そう問い掛けてくる。


「出来るさ。まずは、そうだな。《こういうのはどうだ?》」


 エステンハイム以外の敵の頭上にそれぞれ一つの魔術式が出現し、そこから【ライトニングピアス】が放たれて魔術師の頭を撃ち抜いた。


「さて、これで二対一だ。いや、俺の弟子は参加しねぇから一対一だな」

「……《セフィラの──》」


 暫く黙っていたと思うと、突然、あいつは詠唱を始めた。

 俺はそれに対抗するために、序列二十一位から許可を貰った【王国マルクト】への完全干渉を詠唱する。


「《セフィラの支配者たる【王国マルクト】が命じ、事象改変を承認す! 全物理法則を優先せよ》ッ!」


 俺の魔術が起動し、あいつが行使しようとした魔術は物理法則との均衡を保てずに消滅する。

 あいつが使おうとした魔術。恐らくは【ティファレト】か【勝利ネツァク】、多分【勝利】のセフィロトの魔術だろう。まぁ、【王国】の前ではなんの意味もないんだが。

 さて、次は俺の番だ。


「《雷帝の閃槍よアイン》ッ!《続けて一射ツヴァイ》ッ!《更なる一射ドライ》ッ!」


 【ライトニングピアス】を三連続で起動し、確実に殺せるように頭と両足を撃ち抜く。


「……チッ、まだ生きてやがるな?」


 床に伏したはず、というか、頭を吹き飛ばされたはずのエステンハイムが人間とは思えない動きで起き上がってきた。


「一瞬とはいえ、僕の魔術を封じ込めたんだ。その功績を称え、今回は一度、引かせてもらうよ」

「逃がすわけねぇだろクソ野郎が。《結界高速起動サークル・イミッド・ロード》」


 そう言って、魔術式を書き込んだ赤い宝石を取り出し、それを地面に放り投げる。

 宝石が地面に触れた瞬間に魔術式が起動、結界を展開した。


「はぁ……僕も舐められたものだねぇ……。」


 は? どういうことだ? この結界からはもう逃げられ──


「慶伊くん! 反応がありません!」

「は?」

「だから、あの人の反応がないんですッ!」

「そういう事かッ!? やばいっ、逃げるぞ──ッ!」


 俺はリアを抱えて結界の外に脱出。そのまま五階の窓から飛び降り、リアの【ウィンドコントロール】で着地。その後は【ブロウアウト】を背後に展開して風を起こし、無理矢理移動・加速する高等技術【ラピッドストリーム】で出来る限り館から離れる。

 次の瞬間──


 ちゅどおぉぉぉぉぉおぉんッ!


 音がした方向──館の方向を見るとキノコ雲が立ち上っており、爆発したことが明らかであった。


「くそっ、あいつ、いつの間にか魔力爆弾を持たせた自動人形オートマタに入れ替わってやがったッ! クソックソックソッ、あいつを野放しにするとッ!」

「慶伊くん。取り敢えず、今日は帰って失敗の報告をしましょう? それから、これからの事を考えればいいんですよ」


 突然差し伸べられたリアの手に俺はどきりっとする。


「はぁ……仕方ない。弟子の言うことも偶には聞かねぇとな。分かった。帰るぞ、リア」

「はいっ!」


 なんか調子狂うなぁ……。と、思った俺であった。

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