第36話:突然イルクが登場
「山の怒りってお前、前に噴火の気配は無いって言わなかったか!?」
『自然とは、時として我ら精霊にも先が読めぬもの』
「くっ。じゃあ今のこの状況は読めるんだろうな? 噴石がこちらに飛んでくることは?」
『ない。火口からはだいぶ距離があるからな』
確かに温泉を引き込んでいる場所からも、直線距離にしても数十キロはあるだろう。そこから火口は更に遠いとは聞いている。
だが火山の噴火で怖いものは他にもあった。
「溶岩は?」
『地形からして、こちら側より東の方に流れるだろう』
「そうか。なら火砕流はどうだ?」
『む……』
『ぴやぁーっ。心配ない! こちらには向かって来ていないっぴ』
突然イルクが登場。
しかし今の言葉は気になる。向かって来てはいないが、発生しているっていうことか。
「ケンジさん……だ、大丈夫でしょうか?」
「ダ、ダークエルフの里は!?」
『そこまで届かぬっぴ』
「ほっ。よかった」
北東の山に視線を向けている俺たちの周りには、家屋から出てきた村人が集まって来た。
「怪我をした人は!?」
「割れた皿で足を少し──」
「椅子からこけて肘を打ったが大丈夫さ」
「ケンジさん、子供がこけちゃって」
「うわぁぁん、痛いよぉ、怖いよぉ」
「なんだありゃあ……なんてぇバカでけー煙なんだ」
軽傷者が数名。全員の治療をし、再び北東の空を見つめる。
今のこの状況を見ての精霊たちの言葉に嘘はない。
だが本当に大丈夫だろうか?
山が燃え、火災が広がればどうなる?
村の後ろにあるあの山まで火の手が回って、風でも吹けば火の粉が飛んで村にも──
それに、山にはたくさんの恵みがある。
動物然り、植物然り。温泉だってある意味山からの恵みだろう。
俺たちにとって無くてはならないものだ。
見渡せば村人みんなが……俺を見ていた。
みんな不安そうな顔をしている。そりゃあそうだろう。きっとみんなも俺と同じようなことを考えているはずだ。
噴火を止められるか、俺に。
魔物が暴れているのとは訳が違う。相手は自然だ。この世界そのものだ。
だが──やろう!
例え噴火そのものを止められなくても、溶岩の流れをコントロールし、被害を最小限に食い止められるはずだ。
いくらでもやりようはある。
「大丈夫。俺がなんとかしてきますよ」
魔王を倒すよりは楽だろう。
新しい暮らしを、火山の噴火程度に邪魔されてたまるか!
「ケ、ケンジさんっ。いくらなんでもっ」
「大丈夫さセレナ。あ、夕食のスープ、あとで温めなおしてくれるかい?」
「っ──ま、待っててくださいっ」
悲痛な面持ちで家へと戻ったセレナは、暫くして小さな包みを抱えてやって来た。
「これっ、食べてくださいっ」
「弁当か! ありがてーありがてー」
「スープは温め直しますっ。お肉も新しい物を焼きますっ。とっておきの香草があるんですよ」
「お、ご馳走かっ。だったら早く行って早く片付けないとな」
「妾も行ってやるぞ」
魔人王が背中によじ登ろうとする。俺はそれを制し、地面に下ろした。
「お前はここだ」
「な、何故じゃ! 妾は魔人王。とっても強いのじゃ!!」
「だからだ。かなり大規模な爆発だ。噴石は流石に飛んでこないだろうが、もしかすると火の粉は飛んでくるかもしれない」
せっかく建てた家や壁は燃えれば、また木の伐採をしなくちゃならないんだ。そうなったら椎茸が……。
「お前は村を守れ」
物理的な意味で。
「ケ、ケンジィー」
「いや、だからジィーって伸ばすなよ」
「うわぁぁん。ケンジィー、無茶をしちゃダメなのじゃぁ。ちゃんと帰ってくるのじゃぞぉ」
なんか大袈裟に考えてないか?
「ケンジ……帰ってこい。必ず、ここに……ボクの下に帰って来て。そしてボクとけっこ──」
「ちょ、ちょっとクロちゃん! どさくさに紛れて何てこと言ってるんですか!」
「妾がお嫁さんになってやるのじゃ」
「デーモン・ロードちゃあぁぁーん!」
いや悪いが俺はロリコンじゃないから。
「はぁ……行くか。イルク、頼む。運んで行ってくれ」
『ほぉーっ。翼が焦げなければよいのだが』
白フクロウの背に乗り、上空から黒煙を見つめる。
高く上がった分厚い煙は、その中で稲光が蠢いていた。
「火砕流は──いや、もう手遅れか」
火口から南西に向かって、真っ黒に焦げた大地がある。
幸い──というべきなのか、その距離は火口から数キロ程度。今は焦げた山肌に、点々と火の手が見える程度だ。
「さて、あの煙は……まぁ置いておこう。まずは溶岩だな。ベヒモス!」
『呼ばれた』
「あぁ呼んだ。溶岩が流れているあの向こうに、俺がクレーターを作る。お前はそのクレーターの外周に壁を築いてくれ」
『塞き止めるか。あい分かった』
白フクロウの背から地面へとダイブしたハムスター。
遠近感無視の、距離が離れるほど巨大化していくその姿は、やがて大地へと着地。
だが流石大地の精霊だ。着地の衝撃もなければ土が巻き起こることもない。
さぁやれ──そう言わんばかりにハムスターが振り向く。
よし。やるか。
目を閉じ、全神経を集中させる。
この魔法は威力が高く、下手をして火山に刺激を与えてはマズい。
(ハム──ベヒモス。地下に溶岩溜まりとかはないか?)
『ないっ。っていうか、ハムスターと言おうとしただろう!』
「"天の瞬き、闇を貫く孤高の星々よ──我が召喚に応じ、絶対なる破壊の力にて敵を滅せよっ!
『毎度まいど話を聞かぬ奴めえぇぇっ』
断末魔のようなハムスターの声を耳にしながら天を仰ぐ。
黒煙の稲光とはまた別に、上空を閃光が走った。
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