第35話:女湯はどうかい?
「はぁぁー。一仕事終えたあとの風呂は、格別に気持ちいいなぁ」
『ほっほー』
『むっきゅ』
風車が出来た翌日。壁よりも先にまずは銭湯を拡張。
元々ある銭湯を全部『男湯』にし、女湯用を新たに建てた。
男女湯の間にあった壁を取り除いて一続きにし、単純に倍の広さになった男湯。
その湯舟の一つに俺は肩までゆっくり浸かり、白フクロウとハムスターがぷかぁーっと浮かんでいた。
「あぁ、ほんとに気持ちいいねぇ。最初は風呂なんて必要ねーと思っていたけどよー」
「んだんだ。今じゃすっかり、毎日入らねーと落ち着かねーぐれーだ」
「女たちもいい匂いするようになったしなー」
「そうよそれそれ。はぁー、俺も所帯持ちてーなぁ」
そんな声が他の湯舟から聞こえてくる。
所帯。つまり嫁さんか。
こればっかりはなぁ。
村の住民は男のほうがやや多い。
未開の地へ行こうっていうんだ。やはり名乗りを上げる女性は少なかったのだろう。
更に男女共通だが、若者が少ない。
10代後半はセレナひとりだし、20代も男女合わせて5人ほど。30代も同じぐらいで、40代50代がほとんどだ。ジョンじーさんが唯一60代か。
若い世代のカップルが増えれば、このまま村の発展も見込めるのだろうけれど……。
うぅん。今のままだと村の存続が難しいだろうなぁ。
他の開拓移民者とも協力できればいいのだけれどな。
「さて、明日こそは壁の拡張をするかな」
『ぴっ。お主も忙しい身だなぁ』
『人間とはそういう生き物だ』
「女湯はどうかい?」
風呂のあと、夕食をご馳走しえ貰うためにセレナの家へ。
そして遂に──
「お風呂が大きくなって、ゆっくり浸かれるようになりました。最初は村のみなさん、風呂なんて週に一度でも入ればいいやなんて言っていたのに、今じゃあお昼と夕方の二回入ってる人までいるんですよ」
彼女は大きな木の皿に、湯気ののぼるパンを乗せてやって来た。
はぁ……焼きたてのパンって、なんでこんなにいい匂いがするんだろうなぁ。
胸いっぱいに匂いを吸い込み、テーブルに置かれたそれを見つめる。
「俺は夕方に一回しか入っていないから分からないが、男衆でも複数回入っている人はいるんだろうなぁ」
「男は力仕事が多いからな。その分汗もかくだろうし、汚れもする。何度も風呂に入りたくなるのは、仕方ないことだろう」
斜め向かいの椅子に座るクローディアも、俺同様にパンを見つめていた。もちろん隣の魔人王もだ。既に口元からは涎が垂れている。
「まぁ拡張して正解だったな。村を囲む壁の拡張が終わったら、次は足湯を作るつもりだ」
「あしゆ? なんですか、それ」
「うあぁーっ! もう食べるのじゃぁーっ」
「ご、ごめんなさいデーモン・ロードちゃん」
確かに食べよう。もうペコペコだ。
「じゃあ食べましょう。パンなんて焼いたの久しぶりなので、上手くできたか分からないのですが」
「いやいや、良い香りだ。匂いだけでも涎がでそうだよ。ほら、こいつみたいに」
「妾の頭を撫でるななのじゃっ」
照れくさそうにセレナが頬を赤らめる。
肉。
野菜。
そしてパン。
ついに俺たちは人並みの、栄養も十分考えられた食事を摂ることが出来るようになった。
ジョンじーさんの話だと、あの小麦畑の量だとひとり一日一個食べる場合には、来年の今頃まで持たないだろうと。
そもそも本来、この季節に小麦は収穫できない。当たり前だがベヒモスのおかげだ。
「すべてを収穫し終えてもう一度種を撒いたとして──」
『自然に任せたら冬を越して、収穫は春ね』
椎茸が湧いた。
え、小麦ってそんなに栽培期間が長いのか!?
「も、もう少し早く収穫できないものか。例えば冬を迎える前とか」
「そうですよね。冬は狩りの効率も落ちますし、野菜だって……」
俺とセレナが椎茸娘をじぃっと見つめる。
『わ、わらわにだけ言わないでよっ。ベヒモスにも言ってっ』
『呼んだ──ぬあっ、な、なんじゃその熱い視線はっ』
椎茸の傘の上に現れたハムスター。それにも俺たちは視線を向けた。
俺とセレナだけじゃない。パンを頬張ったままクローディアが──既に食べ終えてしまった魔人王が、獲物を見つめるような目でバヒモスを凝視する。
ぷるぷると震えはじめるベヒモス。
だがすぐに毛を逆立て、東側の窓を見つめた。
『踏ん張るのだ』
「なにを──揺れっ」
揺れ始めた!
しかもデカいっ。
「きゃあぁぁっ」
「なんじゃ!?」
「くっ。ケンジぃ怖ぁーい」
「立ち上がるなっ。床に伏せていろ!」
村の家屋は?
風車は?
崖は?
「ベヒモスッ。力を貸せっ」
『よかろう』
ぴょんと跳ねたベヒモスを抱え、未だ揺れる家の中から外へと出る。
そして一気に魔力を解放した。
『一帯の揺れを鎮める。だが地震そのものを鎮めることは出来ぬぞ』
「それでいい!」
ベヒモスが本来のサイズへと体を肥大させる。
その瞬間、ズズっと魔力が吸い上げられる感覚に襲われた。
ベヒモスの毛が輝き、直ぐに揺れは収まった。
村を見渡せば、崩壊した家屋はなさそうだ。背後の崖も無事。
「ベヒモス、崖の崩落は大丈夫だろうか?」
『うむ。地割れはしておらぬ。大丈夫だろうか、強化しておいてやろう。きゅっ』
「助かるよ」
これで一安心。
まずは怪我人がいないか、各住人に声を掛けないとな。
「ケ、ケンジさん……」
「あぁセレナ。丁度良かった。大丈夫そうなら手伝ってくれない……どうした?」
家から出てきたセレナたち三人が、揃って北東の空を見つめている。
さっきベヒモスが見ていた方角と同じ……何がある?
釣られて北東の空へと視線を向けると、信じられない光景に思わず絶句した。
あれはなんだ。
黒い、巨大な塊が、空に向かって伸びている。
「噴煙……か?」
『うむ。山の怒りだ』
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