第30話:そこで魔人王はドヤる

 雄鶏を数羽潰し、村人で少量ずつ分け合って晩のおかずとする。

 からっと素揚げしたもも肉を野菜と一緒に炒めた夕食。

 その食卓で魔人王が語ったのは、先日の悪魔の残党どものことだ。


「もぐもぐ、んっく。東の方に三体の上位悪魔がおったじゃろ」

「あぁ、迷宮から出てきた最後の三体だったか?」

「うむ、そうじゃ。奴らはどこに向かおうとしていたと思う?」

「どこって……俺は悪魔の考えなんて分からないからな」


 そこで魔人王はドヤる。


「妾には分かるっ」


 そりゃあお前は魔人王だもんな。どんなに人の子に見えようと、魔界から召喚された魔人王だ。同じ悪魔種の考えもわかるだろうな。

 その魔人王様が導き出した答えは──


「人間の集落へと向かっておったのじゃ」

「人間の? あの先にあるというのか」

「匂いを見つけたのじゃろう。妾は特に探そうとしておらなかったから、臭わなかったがの」


 その話を聞いてセレナに視線を向けたが、彼女は東のあの集落以外は知らないという。それよりもさらに東には行ったことがないと。


「だったら東の集落から来た者たちに聞けばいいのだ」

「あ、そうですよケンジさん。クロちゃんの言う通りです。あの方たちならもしかして知っているのでは?」

「そうかっ。明日さっそく聞いてみよう」






「えぇ、確か小さな集落がいくつかあったはずです。山沿いにずっと東にいったところですが」


 テリオラさんや他の人たちの話では、北にそびえる山脈を麓をずっと東に進むと人の住む集落が見つかるという。

 彼らの住んでいた集落から、だいたい半日ほどの距離にあるらしい。


「皆さんがここに移住してきたあとだったかな? なあ」

「だな。一度あの集落に来てるんですよ、その移民者たちは」

「ほぉ。それでどうしたんです?」


 テリオラさんらは肩を竦め「追い返したんですよ」と。

 もちろん彼らではなく、あのイキっていたリーダー風の──その手下がだ。

 しかも彼らの持つ少ない食料を、その時に奪ってしまっているらしい。


「といっても、狩りでうろうろしていた人らの分なんで、数日分の、それも数人分持っていただけでしたが」

「その時に、自分らは半日ほどの距離に村を構えようとしているとかなんとか、言っていましたんで」

「もしかすると引っ越しているかもしれませんが」


 と彼らは言う。

 襲われるかもしれない。そう考えれば移動している可能性はあるだろうな。

 だが上位悪魔が向かおうとしていた方角から考えると、山沿いのどこかに集落を作っている可能性は高い。


 まずはオッズさんに話を通すか。

 できれば人手はまだ欲しいだろう。反対されないとは思うが。


「オッズさんでしたら、この時間は畑にいると思いますよ」

「俺がオッズさんに会おうとしていたの、分かったのかい?」

「はい。なんとなくですけど」


 そう言ってセレナはにっこり微笑む。

 まいったなぁ。考えていることが筒抜けかよ。


「ケンジーは、村の人口を増やしたいのかぁ?」

「そこ、『ジー』って伸ばさないでくれるか。まるでおじいちゃんみたいだから」


 移動の時はたいてい俺の肩に乗っかっている魔人王。肩車をしてやっているのではない、魔人王がしがみついているのだ。


「人口を増やしたいというか、まぁ結果的にはそうなんだが。畑を拡張するにしても、家畜を殖やすにしても人手がいるんだよ」

「拡張しなければよいのではないか?」

「今ある食材だと、偏った食生活になるんだよ。どうせならいろいろ食べたいだろ?」

「いろいろ……」


 魔人王が俺の頭上でオウム返しをする。

 そしてピョンと肩から飛び降り「食べたい!」と元気よく言う。


「ふふ。小麦が実れば、ついにパンが食べられますね」

「あぁ。でも今の畑でもまだまだ不十分だな。もっと広げたいんだが」


 そうこう話すうちにオッズさんの姿を発見。

 彼を呼び、東の先にあるだろう集落の話をした。


「なるほど。こっちは人手が増えるのは歓迎だが、向こうさんがもう村としてきっちり機能していた場合、無理に誘うこたーねぇぞ」

「そうか。そういう可能性もあるのか」

「あぁ。この辺りの土地はお前ぇが来るまでは枯れ気味で、作物も育てられない状況だったが──」


 他もそうとは限らない。

 特にここから東に進むほど、山の緑も濃くなっているのだ。

 上手く畑を耕し、食料の確保ができているかもしれないな。


「分かりました。まずは集落を見つけ、その様子を外側から見て判断しますよ。ここのように開拓が進んでいるようなら、そのまま帰ってきます」

「あぁ、そうしてくれ。向こうさんが食うのに困っているようなら、声をかけてみりゃいい」


 オッズさんに話しておいて良かった。俺は勝手に、どこの集落でも助けを必要としているだろうと思い込んでいた。

 そうでない場合もあると、考えるべきだった。


「ケンジさん、直ぐに出発されますか?」

「あぁ、そのつもりだけど──セレナたちは残っていて欲しい」

「え? る、留守番ですか?」


 サクっと行ってサクっと戻って来るつもりでいる。

 東の集落までは転移魔法が使えるが、その先は歩かなければならない。

 ひとりの方が移動は楽だ。

 それに──


「人手が必要で移住してくれる人を探しに行くっていうのに、そこに人手を割いたら本末転倒だろ? 大変だろうけど、村の仕事を優先して欲しいんだ」

「そうですね。分かりました」

「もし移住希望者がいた時には、ご馳走の用意もして欲しい」

「任せてください! あ、でも鶏はもう捌けませんし……」


 今から狩りに行くにも、村近くの森にはまだ獲物がいない。南のダークエルフが住む森まで彼女が徒歩で向かえば、往復だけで一日掛かる。

 俺が送り届け、帰りは自力で頑張って貰うか?

 獲物を担いで?


 小さな獲物ならそれも可能だろうが、それじゃあ足りないだろうしなぁ。


「妾が行こうか?」


 くいっと服の袖を掴んで、魔人王がそう言う。


「お前ひとりでか?」

「んー……」


 首を傾げてから、魔人王はセレナを見つめる。


「ひとりは寂しいのじゃ」

「分かったわ。一緒に行きましょう」

「ん! じゃあケンジー。空間転移の魔法は使ってもいいかえ?」

「空間転移、使えるのか?」

「使えるのじゃ!」


 そう言って魔人王は魔力をほんの少しだけ収束。その流れは確かに空間転移のものだ。

 なら安心できそうだ。


「ケンジさん、出発する前にお弁当を持って行かなきゃ」

「いや、現地で調達するよ。大丈夫だ。それじゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃいっ。ご馳走、捕まえてきますから」

「大物を仕留めるのじゃー」

「期待しているよ──"空間転移"」


 魔法で飛んだ先は、東の集落を少し進んだ先。

 ハッキリと景色を覚えているのは、この辺りまでだ。ここからは徒歩で移動するが、もちろん速度増加を掛けて走る。

 一時間も走れば、徒歩でいう半日の距離まで来るはずだが──集落は見当たらない。

 

 この辺りは木々がまばらで、決して見通しは悪くはない。

 念のため浮遊で周囲を確認するが、やはり何もない。


 あの集落からの襲撃を恐れて、遠くに移動した可能性もあるだろう。

 更に山沿いを東に駆けること二時間。

 ついに人の住む気配を見つけた。


 だがそこにあったのは村でもなければ、集落とも呼べない物。

 

 いくつかのテントが並ぶだけのそこには、痩せ細った人の姿があった。

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