第29話:死んだのじゃ

「鶏、ノルマ20羽です」

「多くないか!? そ、そんなにまだ必要?」


 翌朝、セレナの家で食事を終えてから下された本日のお仕事。

 えっと、今鶏小屋に何羽いるんだっけか。

 確か初日に4羽捕まえてきていたよな。それから翌日に────ゼロかあぁぁぁ。


「はい、頑張ります」

「お願いしますねケンジさん。特に雌鶏です! 今いる4羽は全部雄鶏、男の子なんですから卵だって産まないんですよ」

「だ、だよな……むしろ20羽じゃ足りないぐらいか」

「だがそれ以上の数だと、鶏捕獲に時間を掛け過ぎるだろう。暫くは数を増やすことを優先させ、卵は諦めるのだ」


 スクランブルエッグ……目玉焼き……だし巻き卵……。


「うおおぉぉぉっ! 今日中に鶏50羽ゲットしてくるぞ!」

「妾も手伝ってやるぞぉー」

「ふふ、お願いねデーモン・ロードちゃん」

「ふん、楽しみに待っていてやろうではないか」


 俺は魔人王を肩車し、さっそく村の裏手にある山へと浮遊した。


「ところでにわとりとはなんなのじゃ?」

「……まずはそこからなのか。リリカの記憶に鶏はないのか?」

「リリカは貴族の娘で、まだ8歳なのじゃぞ」


 俺は8歳の時には鶏を知っていたし見たこともあった。まぁ小学校の飼育小屋にいたからだが。

 異世界の貴族は鶏を見ないものなのか。


「とりあえず1羽探すか。鶏は鳥類で、翼はあっても飛ぶことができない鳥だ」

「ほぉ。美味いのか?」

「あぁ。あ、チキンは聞いたことがないか?」

「ある」

「そいつだ」

「おぉぉ!」


 どうやらリリカはチキンが好きだったようだな。チキンの一言に魔人王の声のトーンが上がった。

 それからしばらくして一羽発見。


「さっき飛べないと言ったが、跳躍力がすさまじいし、瞬発力もあって捕獲しづらい」

「ほぉほぉ」

「俺が蜘蛛の糸を張って罠を仕掛けるから、その罠に向かってお前は鶏を追い立ててくれるか?」

「分かったのじゃ。任せるのじゃ!」


 さっそく地面に下りて作戦決行。

 木と木の間に程よい障害物を置き、その頭上、そして障害物を越えた先の地面すれすれに蜘蛛の糸を設置する。

 障害物があれば鶏はそれを跳び越えるだろう。跳ねすぎれば上に設置した蜘蛛の糸に引っかかる。そうならなかったときは、着地地点となる地面の蜘蛛の糸に引っかかる。

 どちらにしても引っかかる。

 あとは魔人王が上手くやってくれれば──


『コゲェェーッ』

「来たか!」

「くはははははははっ。滅びよ下等生物めぇーっ」


 おどろおどろしい殺気をまき散らし、魔人王はバンザイして鶏を追いかけながらやってくる。

 あぁ、嫌な予感がする。


『グォゴゲェッ』


 魔人王の殺気に当てられた鶏は、その場でパタリと倒れた。

 追いついた魔人王がそれを見下ろす。

 突く。

 俺を見る。


「死んだのじゃ」

「お前が脅すからだろうっ!」

「ふえぇーん。この程度で死ぬなんて、妾は思わなかったのじゃー」


 ……いや、頼った俺が悪い。そう思おう。


「あぁ、悪かった。悪かったよ。これは今晩のおかずにしよう。クラーケン」

『イ……カ』


 腰にぶら下げた水筒からにゅるりと出てきたイカに、鶏の血抜きを依頼する。

 指先にほんのわずかな魔力を纏わせ、鶏の喉元に触れて切り傷を一つ。そこからクラーケンがを操作して、鶏の血液をどくどくと抜いた。

 血抜きを終わらせた鶏を空間倉庫に入れ、次の獲物を探しに行く。


「いいか。相手が魔物でない限り、殺気立ったりするんじゃない。お前の殺気に当てられただけで、あの鶏のようにコロっと行くんだからな」

「うぅぅ。ひ弱なのじゃ」

「仕方ないだろう。逆にお前の殺気に対して平然としていられる生き物だらけの世界なんて、恐ろしくて俺は嫌だ」

「妾の殺気を帯びても平然と……あぁ、それは妾も怖いから嫌なのじゃ」


 そう言いながら魔人王は俺をじとぉーっとした目で見つめている。

 俺が何か悪いことでもしたか?


「あ、鶏なのじゃ! 今度は殺気を立てずに追いかけるのじゃ!」

「よし、今度こそ!」






「ただいまセレナ、クローディア。俺たちの成果を見てくれ!」

「見てくれなのじゃーっ」


 昼食のためにいったん村へと空間転移した俺たちは、ちょうど鶏小屋で餌やりをしていた二人の下へと向かった。

 丸太で長方形に囲って、あとはそれに屋根を取り付けただけの、床板すらない簡単な造りの鶏小屋。

 その中に鶏が寛げるよう、また卵を産むスペースとして棚を設置してある。棚には柔らかい草を敷き、寝心地も良くした。

 快適な鶏ホームという訳だ。


 そこへゲットしてきた鶏たちを、空間倉庫から解き放つ。

 と言っても、全部捕獲籠の中に入れた状態で突っ込んでいるので、そこからいちいち出してやらなきゃならない。


『コケー』

『ゲェーッ』


 一羽一羽出すたびに恨みがましい声を上げながら出ていく鶏たち。


「まぁ、いっぱい捕まえてこれたんですね!」

「あぁ、42羽だ。数羽の群れをいくつか見つけてね、一網打尽に出来たんだよ」

「妾のおかげじゃ!」


 まぁ否定はしないよ。見つけたのは魔人王だからな。

 こいつ、生命・・を遠くからも見つけることができる目をしていやがって、話を聞くとどうも温度センサーのような目をしているらしい。

 常時ではなく、そうしようと意識した時にだけセンサーのように見えるようだが。

 そのセンサーに映る形が鶏っぽいのを見つけたら、そこに向かえば見つけられるという。


 探すことが楽になるだけで、こんなに大量の鶏を捕まえることができた。


「今回は雌鶏もしっかり捕まえてきたぞ」


 雄鶏1羽に対して、雌鶏が2羽から3羽。そこに成長しきっていない雄雌とで、合わせて7、8羽の群れを四つほど見つけたのだ。

 そこに群れていないぼっち鶏も含めて、この成果となった。

 雌鶏だけでも雛も含めれば29羽と多い。


「とはいえ、1日1個卵を産んで貰っても、村人全員に行き渡ることはないのか」

「そうですねぇ。100羽ぐらいいればいいのでしょうが……ここからは繁殖させて、雌鶏を増やせばいいですよ」

「雄鶏は食えばいいしな」

「男を食うのじゃな」


 どこの世界でも男は辛いな……。


 100羽か。その100羽分の餌の確保もしなきゃなぁ。

 畑の拡張も必要だし、まだまだ家畜も捕まえて来なきゃならない。

 それが出来たとて、継続的な世話は必要な訳で。その辺りはさすがに魔法でなんとかという訳にもいかない。

 いや、出来たとしてだ。俺ひとりでそれをやってしまうと、村人の仕事がなくなってしまう。

 なんでも魔法で楽して解決しようとしてはいけないってことだ。


「人手がもっと欲しいな」

「そうですねぇ。畑に家畜にと、それだけでも今はギリギリですものね」

「あぁ。他の開拓民の集落がどこにあるのか、分かればいいんだけどなぁ。クローディアは知らないか? 他の人間族のことを」


 鶏に餌を与えていたクローディアが手を止め、首を左右に振る」


「ボクらは森を出ない。森に入って来る者は監視するが、そうでなければ存在すら知らないからな」

「そうか」

「例え入って来ても、里へ侵入してこなければ無視するし。結界もあるから、よっぽどの者でなければ入って来れないのだ」

「人間の里、妾に心当たりがあるのじゃ」

「「「え?」」」


 そう言ったのは卵を手にしてにっこり笑う魔人王だった。



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