第31話:だが問題もあるぞ
ロクな食事もしていないのだろう。
俺がセレナの村に訪れた時の村人の様子よりも酷い有り様だ。
切り立った断崖絶壁を背に、あちこち穴の開いたテントがひいふうみい……六つか。
周りに木があるものの、決して多くはない。森と呼べるものじゃあなかった。
森がない──それはつまり獲物がいないということ。
貴重なたんぱく源が手に入らなければ、体力も持たないだろう。
ここまで駆けてきたが、川はクロイス村と罪人の集落の間にあるものだけだった。
こんな時に「都合がいい」なんて思うのは不謹慎なんだろうが、それでも心のどこかで安堵している自分がいる。
とはいえ、緊迫した状況だ。
まずは手っ取り早く彼らに敵意がないことを理解してもらうために……。
浮遊で崖の上へと登って、山から適当な動物を探す。
崖の上は緑が生い茂ってはいるが、ここまで登るのは浮遊魔法でもない限り至難の業だろうな。
お、猪発見。少し小振りだが、3、40人分ぐらいにはなるだろう。
「"切り裂け、
『プギィィィッ』
南無。
腹を裂いたことで内臓が零れ落ちる。それをなるべく見ないようにして猪の足を持ち上げて宙に浮く。
不必要な臓器と、それから血抜きも一度にできて時間の短縮にもなる。
更にぐるぐると、まさにジャイアントスイングのように回転すれば血抜き効率はアップする。
「ふぅ、このぐらいでいいか」
ちょっと目が回ったが、猪を担いで崖を下りる。
途中で俺に気づいた者が悲鳴を上げたが、担がれた猪を見て別の悲鳴も上がる。
地面に着地すると、まずはにこやかに挨拶をした。
「ここから西に行った村から来た」
というと、再び悲鳴が。
やせこけた男がひとり、棒を持って俺の前に立ちふさがる。
「ま、また、来やがったな。もう俺たちから盗めるモノなんて何もないだろう!」
「……あー……申し訳ない。何か勘違いをさせてしまったようで」
そうだった。ここから見れば、あの罪人で構成された集落に西だったな。
そこよりさらに西のクロイス村から来たのだと説明したが、直ぐには信じて貰えず。
それよりもだ。
「猪を下ろしたいのだけれど、いいだろうか? そろそろ肩が痛くなってきた」
「……お、下ろすってんなら……」
「もちろん皆さんに食べて貰うために捕ってきた」
「な、なんだって? な、なんでそんなことを」
よっこいしょと猪を地面に置き、それから魔法の詠唱に入る。
「まずは食事をしてください。召し上がって頂いている間にお話しします──"切り裂け、
猪の肉を切り刻み、手ごろなサイズにしてから次はそれを岩の上に並べておく。
そして──
「さぁ、火は点けますので好きなように焼いてください!!」
そう。俺は料理ができない。
以前も肉を焼こうとして消し炭にしたことが片手で数えられないほどあった。
手ごろな岩を真っ二つに割って、その石を熱する。
この石の上で肉を焼いて貰うんだ。
「"何者の侵入も阻む、炎の壁となれ。
石を焼くのに火球ではダメだ。すぐに火が消えてしまうので、表面を焦が熱くする程度しかできない。
火壁なら効果時間の間ずっと燃え続けてくれる。
「さぁ、石に並べてくれ。これで肉が焼けるは──あぁ!」
「な、なんだ急に?」
テントから出てきた人たちも集まって、真っ赤に燃えた石を凝視する。
「なんの味付けもしていませんでした!」
「うめぇー」
「肉なんて何日ぶりかい?」
「何カ月だろう」
「そんなにか?」
結局なんの味付けもない猪の肉を、全員が美味しい美味しいと頬張る。中には10歳前後の子供も数人いた。
大人に比べてまだ幾分肉付きがいい。
きっと少ない食料を子供に食べさせていたのだろう。
いい大人たちだ。
「それで、あんたの話ってのは?」
「そうですね。では食べながら聞いてください。俺はここから西──あなた方を追い返した罪人で構成された集落よりもさらに西にあるクロイス村という所から来ました──」
村として機能しはじめたクロイス村だが、まだまだ人手が足りず、いろいろ手が回っていない現状。
ある程度の食糧は確保できているが、お世辞にも充実しているとは言えない。
「これからは小麦を育てて、家畜の種類も増やしていくつもりです。そのためには人手が必要で」
「わしらに、その村へ移住しろと?」
「そう、していただけると助かります。衣食住──あぁ、衣はちょっと当てがないですが、食と住は保証できますよ」
そう言うと、年長の男が俯き、肩を震わせ始めた。
「ありがとう……ありがとう……」
涙ながらにそう訴える彼は、この小さな集落の人々を見渡した。
誰もが頷き、彼がもう一度俺を見る。
「男が十一人、うち二人は子供だ。女は九人で子供が三人おる。よろしく、頼みます」
「えぇ、こちらこそ、よろしくお願いします」
クロイス村にも子供が二人いる。いい遊び相手ができただろう。
まずは体力を回復してもらい、働いて貰うのはそれからだ。
さぁ、戻ったら彼らのための家造りをしなきゃな。
忙しくなるぞ。
食事を済ませた後、ほんの少し元気を取り戻した彼らには荷造りをしてもらい、終わった人らから順次クロイス村へと転移魔法で送り届ける。
オッズさんを紹介し、それから俺は家の建設に取り掛かる。
その間に新しい住民には、セレナが急ごしらえしてくれた野菜スープが振舞われた。
肉もそうだが、まともな野菜も久しぶりだと彼らが泣きながら食べているのが見えた。
家は長屋タイプのものと、子供のいる家族には戸建てを用意する。
そろそろここも狭くなってきたな。壁の拡張も考えなきゃならない。
やることはたくさんある。
魔王討伐という仕事と比べると、こちらの方が充実感があるな。
「ケンジさん、お疲れ様です。すぐに帰って来れてよかったですね」
「あぁ。おかげで今夜も美味い飯が食えそうだ」
「はい。腕によりをかけて作りますね。あ、そろそろ小麦が実りそうだってオッズさんが言ってましたよ」
「もうか!? ノームたちが頑張ってくれたみたいだな」
「はい。数日中にはパンが作れると思います」
それは良かった。彼らにも美味いパンを食べさせてやれそうだ。
小麦の殻が鶏の餌にもなるだろうし、そっちの心配もせずに済む。
「だが問題もあるぞ」
クローディアがそう言って腕を組む。
「クローディアの言いたいことも分かっている。粉引きだろ?」
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