第22話:じゃあ探そうか
東の集落までは一瞬。空間転移の魔法を使うからだ。
集落から逃げてきたドグの話だと、集落にはもう5人ほどが残っているはず──だということだ。
「二人とも、周囲に警戒しろ。誰か見つけても、安易に近づくんじゃないぞ」
「生存者かもしれないのにですか?」
セレナの質問に俺は頷く。
隣に立つクローディアは既に二本の短剣を抜き、戦闘準備も万端だ。
二人には魔法防御に特化した『
「さて、じゃあ探そうか」
「何をですか?」
何を──もちろん、集落の人たちを襲った犯人だ。
「とにかく声を出して呼び掛けて欲しい」
「生存者に近づくなと言ったり、呼び掛けて欲しいって言ったり。ケンジさんは犯人に心当たりがあるのですか?」
「ある。ダークエルフの里を襲った、アレと同じだろう」
「デーモン!? くっ、他にもいたんだな」
クローディアが悔しそうに唇を噛む。
その時、近くの茂みから音が聞こえた。
がさり──草を掻き分け出てきたのは、あちこち破れた服を着た男だ。
「生存者さんですか!?」
セレナの声に、男はこくりと頷いた。
「他の方は?」
「あの山に巣食う山賊どもが集落にやってきて、俺たちを攫ったんだ。俺は隙を見て、やっと逃げてきたんだ。助けてくれ」
「分かった。助けてやろう」
「本当か!? お、お前たち三人だけか? もっと大勢で救助に向かった方がいいと思うぞ」
「あぁ。心配するな。俺たちが戻ってこない場合は、仲間が大勢来るだろう」
「……そ、そうか。なら案内する」
男は諦めたように歩きだし、俺たちを手招きして呼ぶ。
彼に追従しようとするセレナを押しとどめ、男とは一定の距離を保って歩き出した。
男はなんども振り向き、そのたびに「本当に仲間に知らせなくていいか」と尋ねてくる。
そのたびに俺は「知らせに行けば往復するだけで数日掛かる。時間の無駄だ」と答えた。
山へと到着したのは陽が暮れてから。
それまでただの一度も、森で魔物に襲われることもなくやって来た。
魔物はよく分かっているのだろう。
近づいてはいけない相手だということを。
「あの洞窟だ。あそこに山賊どもが隠れ住んでいる。お、俺はここで待っている。あんたの仲間にも伝えてきてやるから、どこに住んでいるか教え──」
「"賢者の剣"」
彼──いや、奴が最後まで言い終える前に、短い呪文を唱えた。
奴の頭上に現れたのは小振りの蒼白く輝く剣。
魔法を極める者はたいてい筋力がなく、体力もなければ打たれ弱いのが当たり前みたいなもの。
そんな俺みたいな者が自らを守るために生み出された魔法──それがこの『賢者の剣』だ。
自分の意思ひとつで魔力を凝縮させた剣を自在に操り、敵を屠る魔法。
今その剣が20本、奴目掛けて降り注ぐ。
ドスッ、ドドドッと次々に奴の体を貫く刃。
「きゃあぁっ。ケ、ケンジさん!?
「仲間の住む場所を教える訳ないだろう。ドッペルゲンガーなどに」
「ド、ドッペルゲンガー!?」
ドッペルゲンガー。
地球だと、自分と同じ姿のドッペルゲンガーを見ると死ぬなんて言われているが、異世界では立派な悪魔だ。
他者を食らって姿形を奪い、脳だけを自らのものにして記憶も受け継ぐ厄介な魔物だ。
外見だけならちょっとしたやりとりで、不審に思う知り合いなんかもいるだろう。
だが記憶を引継ぎ、本人となんら変わらない言動であれば、例え家族であっても見分けることは困難。
蒼白く輝く剣によって貫かれた奴の顔がどろりと溶けた。
目鼻口が消え、残ったのは何もないのっぺりとした顔だけ。耳すら存在しない。
「ひっ。な、なんですか、こ、この人!?」
「人ではないよ。ドッペルゲンガーという、悪魔種の中でも中位の存在だ。人間を食らい、その相手の姿をそっくりそのまま模す悪魔で、記憶まで引き継ぐ厄介な相手だ」
そのドッペルゲンガーは倒れ、そのままどろどろと溶けて消えた。
以前の異世界だと、吸収した脳だけが残ってしまっていたのだけれど、そういうグロいことにはならなかった。
これは有難いな。
「お前は何故気づいていたのだ?」
「村に逃げてきたドグから話を聞いて、犯人はドッペルゲンガーだろうと最初から思っていたんだ。だから集落へ到着したときから『
「その魔法で相手がドッペルゲンガーかどうかが?」
「あぁ。悪魔種の魔物は、潜在的な魔力が高いんだ。茂みから出てくる前から、高魔力の持ち主が近づいていることには気づいていた」
だがそのことを二人に伝えれば、ドッペルゲンガーに自分の正体が見抜かれていることを悟られてしまう。
こちらとしては敵の本拠地を知りたいので、なら案内させようとしたわけだ。
「も、もし奴が本当に人間だったら? お、お前のように高い魔力を持った人間だって、滅多にはいないがゼロじゃないぞ?」
「そうだなクローディア。けど奴はしきりに他の仲間のことを気にしていただろう。村の位置も知りたがっていた。おかしいだろ?」
「う……そう言えば、確かに」
「それに気になったこともあってな」
「気になったこと?」
野菜泥棒を追って集落に行ったとき、あの場にいた者なら俺のことを知っているはずだ。
だったら増援が必要ないことも理解できるはず。
デーモン相手に戦えない一般人を何人連れてきたって、それが無駄だってことも。
それにこの
一度は野菜泥棒をしているんだ。村の場所を知っているほうが自然だろう。
「あと、このドッペルゲンガーの着ている服が、あまりにも汚れているんだ」
「そういえば、あちこち破れていますね」
「ドッペルゲンガーは姿を似せれても、衣服までは模造できないんだ。だから元の持ち主の服をそのまま着ることになる」
「じゃあこのドッペルゲンガーは、人間に成りすまして結構長い時間が経っているかもってことですか?」
セレナの言葉に頷いて答える。
テリオラさんが前に行っていた、森の奥に入って帰って来ない仲間がいるという話。
もしかしてこのドッペルゲンガーは、そんなひとりなのかもしれない。
「この中はデーモンだらけだ。心の準備はいいか?」
「は、はいっ。ケンジさんと一緒なら──」
「ボクだって大丈夫だ。ボクがお前たちの前に立って、先に行く」
「はは、頼もしい前衛だな。だが少し待て。敵がデーモンだと分かっているなら、それに対応した付与をしておこう」
悪魔は聖なる力が弱点だ。
俺も多少効果が薄いものの、一通りの神聖魔法が使える。
そういえば、この世界に女神アリテイシアはいないのに、未だに神聖魔法が使えるっていうのはなんなんだろうな?
まぁもともと信仰心もほとんど無かったし、なんで使えるんだってよくあっちの世界の信者には言われていたな。
使えるから使える。理由なんてそんなの知るかって感じだったが。
「"聖なる光よ、邪悪なるモノを討つ力、退ける力となれ──
武器にも防具にも付与できるこの魔法なら、攻撃すればデーモンに絶大な効果を発揮し、奴らに触れられれば逆にダメージを与えられる。
ドッペルゲンガーに案内してもらった洞窟に、魔法の明かりを灯して一歩足を踏み入れる。
明かりに照らされた壁を見ただけで分かる。
「人工的に造られた洞窟だな」
──と。
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