第21話:あぁ……はぁん
「あぁ……はぁん……き、気持ちいいぃ」
「んふぅ~。すん……ごぉい。こんなのボク、初めてぇ」
夜。セレナとクローディアを強引に誘った。
そして向かったのは、完成したばかりの温泉銭湯だ。
利用者は他に──いない。
男風呂のほうが俺──ハムスター──イカ。
「クラアァァケェェーン! お、お前……茹で上がっているじゃないかぁっ」
『ぐぷ……カ……』
「うおぃっ」
浴槽でぷかぁーっと浮かぶイカを摘まみ上げ、直ぐに水を蓄えた桶に突っ込んだ。
あれから風呂をもう少し改造し、浴槽を男女それぞれ二つずつに。
熱くてもいいという人向けと、温いほうがいいという人向けに。
その温いほうの浴槽の横に、水を入れた高さ1メートルほどの桶を置き、水をそこから継ぎ足すことができるようにしてある。
クラーケンをその桶に突っ込んで冷ました。
「ケンジさぁん。どうしたんですかー?」
隣の浴室から聞こえるセレナの声。
さっきのちょっとイヤラしい喘ぎ声のようなものは、初めての温泉を体験して漏れた声だ。
俺は別に何もやましいことはしていない。もちろんクローディアにもだ。
「いや。熱い浴槽にクラーケンが浸かって、茹でイカになっていたんだ」
「はぁ……大丈夫なんですか?」
「まぁこれでも一応精霊だし、なんなら水の上位精霊だ。死にはしないさ」
「ちなみにドライアドがこっちにいるんだが、いいのかこれ?」
いるのか!?
『熱いのはさすがに無理。でもぬるーっくすれば、とぉっても気持ちいいわ』
「温すぎるのだ。そんなんだったら水にすればいいのに」
『それだと温泉の意味がないじゃないの。これだからお子様は嫌ぁねぇ~』
「ぐっ……ボ、ボクはちゃんと成人しているんだ! ちょ、ちょっと他のダークエルフより身長が小さいだけだ!」
『そこも小さいわね』
「んぎっ! おお、お、お前だって小さいじゃないかっ」
『ほーっほっほっほ。わ・た・し・は、いつだってぼん、きゅっ、ぼん! になれるのよ』
女風呂は賑やかだ。
精霊と密接な関係にあるだろうダークエルフが、その精霊と──しかも上位精霊と口喧嘩しているとは。
平和だなぁ。
外の気温は低い訳ではない。むしろ暖かいぐらいだ。
それでも久しぶりの風呂を堪能したくて、肩までしっかり湯に浸かった。
「あぁ、窓を作っておけばよかったな。でも覗き防止もできるし、これはこれでいいのか。いやでも窓は欲しい。せっかくだから星を眺めながら入りたい」
『なら天井に付ければよかろう。ぐふぅ~』
いつもの『きゅい』という可愛い声はどこにいった。なんだかおっさんのような声だったぞ。
しかし天井か。それはいい。
明日にでも屋根に穴を開けよう。
ガラスの素材になる砂があれば、錬金魔法で作れる。
家畜候補を探すついでに、そっちも見つけておくか。
本日の予定は、引き続き鶏の捜索と砂探しだ。
「ケンジさん。ノルマは10羽です」
「く……昨日は午後から2羽しか捕まえられなかったから、頑張るしかないな」
「はい。頑張ってください!」
こりゃ気合入れるしかないな。
いざ山へ出発──
「ケ、ケンジさん! た、大変ですっ」
「ぐっ……嫌な予感」
東の集落からやって来た、以前森の奥に行かないようにと心配してくれた男──テリオラさんが息を切らせてやって来た。
その表情も、決して笑顔ではない。
「ケンジさん、大変なんですっ」
「それはさっきも聞きました。鶏を捕獲しに、これから山へ行くんです。要件は端的にお願いします」
「は、はいっ。ひ、東の集落で、つ、次々に人が消えていると」
人が消える?
端的過ぎてよく分からない。
「テリオラさん、落ち着いて。分かるように説明してください」
「と、とにかく来てください。あっちに残っていた奴が、今村の外で待たせていますから」
一度は村の中へと入ってきて、そこを同じく東から来てここの村人になった人が発見したという。
そしてテリオラさんが呼ばれ、一度村の外に追い出したと。
勝手に入れてはいけないだろうという配慮だ。
これは今日も鶏探しができそうにないな。
「セレナ、温かいスープを持って来てやってくれないか?」
「今朝の残りでいいですかね?」
「十分だ。テリオラさん、どっちです?」
「東門のほうです。すみません、セレナさん」
いいんですよ──そう言ってセレナは自宅へと引き返した。
俺はテリオラさんと門のほうへ向かう。
村を囲う壁を出ると、その壁に寄りかかるようにして座る男と、彼を取り囲む数人の姿が見えた。
座っている男の血色はあまりよくない。
見たところ外傷はないが、ここまで来た疲労からだろうか。
「おいドグ。この人にもう一度、ゆっくりでいい、集落でのことを話すんだ」
ドグと呼ばれた男。
俺を見るなりギョっとするが、すぐに俯いてぽつりと囁くように話始めた。
「十日ぐれー前からだ。し、食料が足りなくなってきて、三人一組で狩りに行った連中が……誰も帰ってこないんだ」
「森の奥に行ったとかか? けどそれは──」
ダークエルフの無限ループの結界だ。元の場所へ戻ったことに気づけば、集落に帰ることだって可能はなず。
いや、テリオラさんの話でも、戻ってこない集落の者がいたというし。
「ち、違う。南の森じゃなく、南東の山の方に行っただ。山の手前にも林があるだで、そこで獲物を探すっつーて出て行って……出て行った奴ら、だーれも帰ってこねーんだよ」
「だからこの村に来てるんじゃないかって、ドグも他に三人ぐらいと一緒に集落を出たと言って」
「他の三人は?」
俺の問いに、テリオラさんは首を振る。
そこからドグと呼ばれた男は、膝を抱えガクガクと震えて話しをすることができなくなってしまった。
代わりにテリオラさんが話す。
「集落を出た時は四人一緒だったらしい。だが悲鳴が聞こえ振り返ると、最後尾から着いてきていた奴が消えていたと」
集落を出たのは昨日の夕方頃。
あの周辺には草木もあり、巨木の上からバリボリという硬いものを食べているような音が聞こえたという。
「それで全員恐ろしくなって、あとは必死に走ってここを目指したそうだ。直ぐに次の悲鳴が聞こえ振り向くと、最初に消えたはずの奴が後ろからやって来ていたそうで」
「……なんだか急にホラー映画のような展開になってきたな」
「ほらーえいが? なんのことです?」
「い、いや、いいんです。それで?」
消えたはずの仲間が後ろから追いかけてくる。あのバリボリという音からして、生きているはずがないと思っていた仲間が。しかも無傷で。
その上、追いかけてくる男には表情というものがなかった。
それが余計に恐ろしかったと、ドグという男は話したそうだ。
「川まで到着したとき、人数は三人になっていたそうで。ドグと仲間がひとりと、最初に消えたはずの奴が」
「あ、あいつは……ジーオじゃねえ。ジーオがあんな……あんなっ」
語気を荒げドグが立ち上がる。
そこへセレナが、湯気の立つお椀を手にやってきた。
「温かいスープ持ってきました。冷めないうちに、どうぞ召し上がってください」
彼女の柔らかく、穏やかな声がドグを一瞬で落ち着かせた。
震える手でお椀を受け取ると、彼は泣きながらそれを口へと運んだ。
「何かあったんですか?」
さすがに心配したセレナが、小声で俺に問う。
「あったようだな」
俺はそう返して、テリオラさんを呼んで壁の中へと入った。
そこで話の続きを聞く。
「ジーオってのが最初に消えた奴なんですよ。それで──」
川を渡るためのイカダはない。俺が壊したからだ。
だから彼らは泳いで渡ることにした。
そのジーオというのから逃げるためにも、二人は迷うことなく川へと飛び込んだ。
遅れて到着したジーオもすぐに飛び込み……と思ったら。
「ジーオの背中から蝙蝠の羽が生えて、もう一人の仲間を捕まえたそうなんです」
「な、なんの話なんです? も、もの凄く怖そうなんですけどっ」
完全にホラー映画の世界だ。
俺、今日は暗い所に行きたくない。
「そうしてジーオは……捕まえたデンデスを、頭から丸呑み──「いやあぁぁぁっ」」
コワッ!
めちゃくちゃコワッ!
だが……そんなことをする奴に心当たりは……ある!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます