第10話:だからクラーケンは海に帰れってば!
「こんなところかな」
一仕事を終え、ぱんぱんと土埃のついた手を叩いた。
昨日、性根の腐った野菜泥棒にお仕置きをし、改心したく開拓移民になったという人たちをこっちの村まで案内。
もちろん、村人全員に是非を問うた。
もとはと言えば罪を犯した人たちだ。そう簡単には受け入れて貰えないだろう。
と思っていたんだが、案外あっさり彼らは受け入れられた。
もともと食糧難が何年も続いて、国の犯罪率が増加。
この村の人とて、隣村の作物を盗んだり……という過去を持っている人もいたとかなんとか。
一緒に来た人たちには、重犯罪に手を染めた人はいない。
本来なら、殺人を犯した者は開拓移民になれなかったのだから。
勿論、魔法で相手が嘘をついていないか、確認済みである。
「す、凄い……ほ、本当に半日で家が建った」
「こ、これからこの家に住めるのですか?」
「えぇ、どうぞ」
村を囲う壁の外側に、数軒の長屋を建てた。
独り身ばかりだってのもあり、戸建てよりアパート形式のほうがいいだろうと考えて。
もちろん、男女がいるからには、夫婦となる者も現れるだろう。
そうなってもいいように、一部屋あたりは広く作ってある。ロフトも完備だ。
長屋と、そしてもとからある村とを丸太でさらに囲って壁を築く。
今は村を囲っている壁は残しておくが、お互いの信頼関係が出来上がったら、この壁も崩そうと思う。
「人手が増えたら、畑も拡張しねーとな」
「そうですね。いやぁ、根と芯が残っていただけのキャベツから、新しい芽が出るとは思いませんでした」
「まぁそれもこれも、精霊サマサマだ」
他にも、ジャガイモやサツマイモは土の中に意外と残っていたし、ニンジン、タマネギ、大根などは取り返した物の一部をもう一度植える。上手く根付けばそのまま育って、花が咲くだろう。
トマトやピーマン、キュウリといった定番の野菜は、実についたものを取っておくことにした。
なんとかなるもんだ。
集落から来た人たちには、明日からさっそく働いてもらうことにする。
土はまだ硬いので、耕すのはノームの仕事だ。その先の、畝作りなんかは人の手でやって貰う。
「人手が増えて嬉しいが、そうなると魔石の残りが心許ないな」
「あぁ、魔物避けだったり、竈の火の代わりに使っているアレですね」
「そう、アレだ」
そう言ってオッズさんは俺を見る。
つまり取って来て欲しい──そういうことだろう。
魔石は魔物の体内から取れる。低級の魔物で平均一個から五個ぐらいだが、長生きしている奴らはもう少し多いらしい。
その魔石をカツンと叩くと光りだし、だいたい五時間ぐらいこれが続く。
ランタンとして使われるが、火を使わないだけこちらの方が安全だ。
火に触れさせれば熱を発するので、炭の代わりにも。その分、消費する薪の量を抑えられる。
ただ魔石も消耗品で、いつまでも使えるという訳じゃない。
魔石はだいたい親指ほどのサイズ。
それが一つで、明かりとして使うにしろ炭として使うにしろ、だいたい十数回で壊れてしまう。
「この前倒したビッグボアは二十四個も持っていやがったから、ずいぶん助かったが……」
「人が増えれば明かりとして使う魔石の必要数も増えますね」
「って訳なんだが、ケンジ……お前さんに頼ってばかりで申し訳ないんだが」
「いや、気にしないでください。俺のようなどこの馬の骨かも分からない男を、受け入れて貰ってるんですから」
日本から異世界へ。さらにまた異世界だもんなぁ。
確かに最初の異世界と似た、剣と魔法の世界だから混乱は少ないけれど。
それに……。
あっちの世界での俺を知らないこの世界なら、ほどほどにのんびりした暮らしもできそうだ。
もちろん、魔物がいる限り戦闘は避けられないだろうけどな。
「ケンジさぁ~ん。夕食の用意、できましたよ~」
セレナが元気よく手を振りながら駆けてくる。
午前中は向こうの集落から空間転移で住民のピストン輸送。そこからオッズさんたち村の人に事情説明から、なにやらで時間を使い切り。
午後は丸太の長屋造りに頑張った。
頑張れば腹が減る。
食事を知らせるセレナが天使に見えるな。
「おっと、新妻のお出迎えだ」
「に、新妻って!? なに言ってるんですかオッズさん。俺は料理がさっぱりだから、彼女の世話になってるだけですよ」
「お前さんがそう思っていても、向こうが──」
なにやらニヤついた顔のオッズさんだが、その背後には……。
「オォーッズさあぁぁん」
「ひっ」
セレナが仁王立ちしていた。
「あぁ、椎茸うめぇ。もやししゃきしゃきー」
「ふふ。椎茸ともやしは盗まれていなかったので、十分にありますよ~」
セレナの家で夕飯をご馳走に。
彼女の手料理は本当に美味い。同じ食材であっても、その日のうちに味が被らないよう手が加えてある。
今はまだ食べられる食材は少ない。
だが彼女のおかげで、飽きることなく美味しく頂けている。
ほんと彼女には──
『わらわに感謝するのよ』
「うわあぁぁっ! デタっ、椎茸娘っ」
『ふふふん。にょきっと出るわよ、にょき──ちがーうっ! 野菜を盗まれたってベヒモスに聞いたから、キノコを奮発してやったのよ。魔力を寄こしなさい、魔力を──』
『ドライアドに教えてやったぞ。ついでに土の養分を増強して、残っていた根に栄養を与えてやったのだ。魔力を吸われる権利をやろう』
いつの間にやらハムスターも出てきて、足元に絡みついている。
「あぁあぁ、いいよいいよ。どうせ少しだけなんだろ?」
『んむ』
『少しだけど、普通の魔術師だと軽く干からびる量なんだけどね』
『くぷくぷ』
イカまで来た!?
どうせ水撒きをしたからとか、そんな理由で魔力を吸わせろっていうんだろう。
もう勝手にしてくれ。
「これから野菜が毎日食べられるのは、ケンジさんのおかげです。ケンジさんとあの森で出会えて、私は……」
「んん~、美味い。あとはここにお米か、せめてパンでもあればなぁ──あ、なんだっけセレナ?」
「……いえ、なんでもないです」
何か言っていたような気がしたんだが。
まぁ本人がないと言うなら、無理に聞くまい。
人は誰だって、他人に聞かれたくないことだってあるもんだ。
『バカね』
『バカだの』
『ごぽぽ……むがっ』
「だからクラーケンは海に帰れってば!」
慌てて湖へと飛んでいくクラーケン。
なんで水から出てくるんだよ、ったく。
「で、でもケンジさんの言うように、パンは欲しいですね。でも小麦の種は無くって……」
「そうか。どこかで仕入れてこなきゃならないんだな。集落から合流した人たちにも聞いてみよう」
『小麦なら南の森の奥にあるぞ』
「「え?」」
ふんすっと鼻を鳴らすハムスターの話によると、南の森のかなり奥へ入ったところに、小麦が生っているという。
「マジか」
『マジだ』
明日、森で魔石集めをしようと思っていたところだ。
頑張って探してくるか。
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