第9話:野菜に宿る精霊だ
「ケ、ケンジさん。はわわ、はわわ」
「ちょっとそこの野菜について聞きたいことがある」
集落は山の陰に隠れるようにして作られていた。
川が近いこともあり、こちらの土地のは幾分肥えているようにみえる。もちろん、既に土壌改良を施した我々の土地のほうが肥えてはいるけれど。
そんな集落へ、俺は正面から乗り込んだ。
隣でセレナが慌てふためいているが、俺は気にしない。
「な、なんだてめーら!」
「どっから来やがったっ」
「あっちからだ」
男たちの言葉に、俺は西のほうを指し示す。
その動作ひとつで、野菜を取り返しに来たことは理解してくれたようだ。
続々と人が集まり、そのほとんどが手にナイフだの棒だのを構えていた。
「ケ、ケンジさぁん。マズいですよこれぇ」
「そうか?」
「この人数じゃ、勝てませんってぇ」
「そうかなぁ?」
人数にしてざっと五十人ほど。向こうの村より大人数のようだ。
人数が多ければ食料の確保も大変だろうな。
だからと言って、他人の物を盗んでいい理由にはならない。
しっかしここの集落の人たちは、人相の悪いのが揃ってるなぁ。
顔に傷のある者から、手足にタトゥーみたいなのが見える者も。
「おうおうおうおうっ。この野菜がてめーらの村で採れたものだって証拠はあるのか!」
「いや、まだ何も言ってないし。むしろその野菜の件で俺たちが来たって、なぜそう思ったんだ?」
「……う、うるせえ! 俺様に口応えしてんじゃねーぞっ」
小物臭しかしない。
他にもう少しマシなのいないのか?
あたりをきょろきょろすると、慌てて視線を背ける人ばかり。
その中でひとりだけ、鋭い眼光の男がこちらをじっと見つめていた。
その男が一言──
「捕まえろ」
そう言った。
ざわつく者、ニタりと笑う者、後ずさる者、一歩踏み出す者。
反応はいろいろだが、半数ほどが俺たちを囲う輪を狭めてきた。
「ケ、ケンジさん?」
「ん。まぁやる気なら、こちらもそれ相応にお仕置きをさせてもらうだけなんだが。──"
左の指先から粘着質の糸を出し、次々に俺たちを捉えようとしていた者たちに絡みつかせる。
糸から糸がさらに伸び、数秒で捕縛完了。
「な、なんだこの糸はっ」
「おい、解きやがれ!!」
「ちっ。魔術師だったのか」
リーダーっぽい奴も当然捕まえてある。
こいつが「捕まえろ」と言った際、それを嫌がる動きをした人だけはそのままだ。
さて、これからどうするかな。
「おい。そのバカの言うことじゃねーが、その野菜がお前らの村のものだという証拠はあるのか。我々とて畑を持っている。そこから収穫して、これからみんなで分け合おうってところだったかもしれないだろう?」
「いや、それはちょっと無理がないか?」
「ふんっ。知ったことか。とにかく貴様らのものだという証拠を出せ!」
なんかこのリーダー、開き直ってるな。
うんまぁ、いい。証拠ね。見せてやればいいんだろう。
「じゃあ証拠を見せよう。"森の乙女ドライアド。汝が眷属に言葉を与えよ"」
樹木──というか椎茸の精霊であるドライアドは、植物の精霊の上位にあたる。
植物とは、すなわち野菜もその中に含まれていた。
姿は見せないが、ドライアドの魔力が周辺を満たす。すると荷車に積まれた野菜たちがぽこぽこと動き始めた。
豆のような黒い点が二つ、毛糸のような赤い線が一本。
点は目、線は口。
『コイツラ盗ンダ!』
『アタチタチヲ盗ンダノ!』
『モウチョット収穫待ッテホシカッタノニィ』
野菜たちは口々に、自分たちは西の村の畑から盗まれたと話し、十分に育ち切る前に収穫されたことに腹を立てていると主張した。
「ケ、ケンジさん……や、野菜が喋ってます」
「正確には野菜に宿る精霊だ」
「あれ、食べられるんですか?」
「無毒だ、問題ない」
俺の蜘蛛の糸にがんじがらめされている者たちへ、野菜たちが思い思いに愚痴を垂れる。
それを真っ青な顔で彼らは見つめ、それから俺を見た。
「どうだ。ご本人様たちがこう仰っているんだ。確かな証拠だろう?」
「テ、テメーッ。俺たちに化けモノ野菜を押し付けやがったのか!?」
『化ケ物野菜!? ヒドイッ。アタチタチハ新鮮デ美味シイ野菜ナノニッ』
『ヒドイ』『ヒドイ』『ヒドイ』『ヒドイ』『ヒドイ』『ヒドイ』
「「うわあぁーっ」」
喋る野菜にかごめかごめされて、盗人たちが悲鳴を上げる。
これで精神的に少しは堪えるだろう。
だがこの程度で終われば、すぐに再犯するかもしれない。
指をパチンとならすと、野菜たちはぴょこぴょこ跳ね、俺が出した空間倉庫の中へと自ら入って行く。
「お仕置き──第二弾とまいろうか」
自然と顔が緩む。
彼らの悲鳴を聞きながら、次なるお仕置きを開始した。
「ケ、ケンジさぁん。アレどうするんですか?」
「あー、アレね。召喚できるかどうか分からなかったんだが、無事に召喚できてよかったよ」
「いえ、そうじゃなくって……」
アレ──異空間から俺が召喚した幻獣だ。
精霊のように再契約が必要かなと思ったが、そもそも幻獣は別の世界に生息している生き物だ。
再契約の必要もなく、普通に召喚できた。
召喚したのはどろりとした泥人形のような幻獣で、なんでもベロンと舐めるのが大好きな奴だ。
問題はその舌。
猫のようにサラサラとした小さなとげとげがあって、非常に痛い。
盗人たちは幻獣に嘗め回され、全身傷だらけの唾液まみれになっていた。
中には失神して数十分経つ者もいる。
まったく、根性なしどもめ。
「この程度で気を失うぐらいなら、ひと様の物を盗むんじゃない」
返事がない。ただの──
「ひぃつ。も、もう勘弁してくれ。お、俺たちが悪かった。悪かったからもう許してくれっ」
「よし。じゃあ帰ろうか」
指パッチンで幻獣を元の世界に帰らせ、俺もセレナと一緒に帰ろうと空間転移の呪文を唱えようとした。
だが──
「ま、待ってください」
「ん?」
リーダーの言葉に従わなかった者のひとりがやって来て、俺を呼び止める。
「もうここで暮らすのは嫌だっ。せっかく罪を償ってやりなおそうと思ったのに、また盗みを働かされるなんて……お願いだ。俺をあんたの村で働かせてくれっ」
「お、俺もっ」
「私もお願いしますっ。こんなところで汚い男たちの相手をさせられるなんて、もう嫌っ」
「私も──」「俺も──」
あれよあれよと十数人が、この集落を捨てたいと言ってやってくる。
「罪を償う、とは?」
俺の問いに答えたのは、最初に名乗り出た男だ。
「俺たちは全員、犯罪者だ。盗みを働いた者もいれば、奴らのように殺人を犯した者もいる」
「犯罪者ばかりの移民者なのか?」
男は頷き、犯罪者に食わせる食料も不足していることから、処刑が勧められていたらしい。
だが軽い罪の者まで殺してしまうというのは、さすがに法としても無茶だろうということで。
「流刑地としてここが選ばれ、土地を開拓し、食料の供給をすることで罪を償えと……。最初は俺のように、物を盗んで捕まった連中ばかりが選ばれていたんだ」
生きるために仕方なく──そんな者たちだけが、開拓者として選ばれていたようだ。
重罪犯はサクっと死刑に。
だが死刑を免れたい者が、役人に金を掴ませて開拓移民に紛れ込むのはそう難しいことではなかったようで。
「奴がリーダーになり、ここで好き放題やっていたんだ」
俺がお世話になっている村の背後の山は禿山だったが、こちらの集落を囲む山には木々がある。
木の実はそれなりに採れるが、それでも五十人の胃袋を支えるには不十分だったらしい。
力ある者がここを支配し、罪を償おうと真面目に開拓に取り組もうとしていた人たちが従属させられた。
「ケンジさん」
「ん? なんだいセレナ」
彼らの話にじっと耳を貸していたセレナの瞳は、どこか女神アリテイシアに似ていた。
全てを慈しもうとする、女神に。
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