第6話:やっぱり椎茸だ

「んー……伐採しすぎたか」

「あ、あは。そうかもしれませんね」


 村人の家をほぼ新しくログハウス仕立てで建て直した際、丸太は全てこの森から調達した。

 その結果、村から徒歩数分の森は、だいぶん禿散らかってしまった。

 この規模だと森の精霊もいないだろうな。


「そうだ。南の森へ行かないか?」

「南ですか? でも時間がかかってしまいますよ」

「大丈夫。景色はちゃんとここ・・に入れてある。一瞬で飛べるよ」


 そう言って俺は自分の頭を指さした。

 一度行って記憶さえしていけば、瞬時に移動が可能な魔法──それが空間転移テレポートだ。

 この魔法、もちろん俺だけでなく他者も連れて使用可能。

 ただし触れ合っていなければならない。


「という訳で、セレナ」


 一切の説明なしに彼女へと手を伸ばす。


「え? ど、どういう訳なんですか?」


 分からないなりにも、セレナは頬を染めながら俺の手を握った。


「"空間転移"」

「ひぅっ」


 一番鮮明に覚えている場所は、やはり彼女と出会ったあの場所だ。

 ご馳走をゲットした場所でもある。


 あれから三日目だが、巨大猪から流れ出た血の跡が、今も地面に残っていた。


「こ、ここは……えぇ!? わ、私とケンジさんが出会った場所ですかっ」

「そう。空間転移の魔法は、記憶にある場所に瞬間移動できるものだからね。一番ハッキリ覚えているのがここだったんだ」

「そ、そうなん……ですか。ふわぁぁ、こんな便利な魔法、私はじめてです。あ、魔法使いさん自体、滅多に見ることなかったですけどね」


 ふわりと振り返りながら、セレナは柔らかい笑みを浮かべる。

 この世界には魔術師が少ないのだろうか?


「セレナ。君はハーフエルフだが、君自身は魔法を?」

「あ、いえ。私は父がエルフなのですが、父は私が生まれる以前に亡くなって。父は精霊魔法が使えたようなんです。だけど母は魔法はからっきしで」

「そうか、すまない。辛いことを聞いて」

「え? だ、大丈夫ですよっ。親兄弟がいない人なんて、あの村にはたくさんいますから」


 そういう人が開拓民に立候補しているのだと、彼女は明るい表情で言う。

 そうか。ある意味、俺もここに選ばれてきたのかもしれないな。

 家族のいない俺も……。


 さぁて、辛気臭くならないよう、じゃんじゃん食えるものを探すぞ!


「セレナ、キノコを見つけたら教えてくれ。鑑定して食えるかどうか調べるから」

「ケンジさんは鑑定スキルも使えるのですか!?」

「あぁ。だから野草でもなんでも、鑑定すれば食えるものを見分けられるぞ」

「す、凄いです! たっくさん見つけましょう」


 はしゃぐ彼女は、次々にキノコを見つけ出した。

 まぁ例に漏れず、大半が毒なわけだが。それでも大量に鑑定すれば食用も見つかる。

 ついでに肉もだ。


「弓を持ってくればよかったです」


 キノコ採りのためにセレナは大きな籠を抱えている。

 もともと村のすぐ近くにある森へ行くつもりだったから、武器は持って来ていない。


「大丈夫。俺が全部仕留めてやるさ。"雷撃スパーク"」


 本来は直線状に飛ぶだけの雷系魔法だが、俺は魔力操作によって自由自在に屈折させて飛ばすことができる。

 貫通性能もあるので、数匹がひと固まりになっていない場合にも重宝する魔法だ。


 茂みからぴょんこぴょんこと跳ねてきた兎をこいつで仕留め、新たに兎肉を五羽分ゲット。

 小一時間ほどでセレナの持つ籠も満杯になった。一度村に戻って新しい籠を持って来た方がいいだろう。

 俺の空間倉庫の中に入れるのもありだが、そうすると取り出すときにキノコ一つずつ、草一枚ずつ取り出すことになって面倒だ。

 風呂敷でもなんでもいい。村に戻って補充しよう。


 その前に──


「ちょっと樹木の精霊ドライアドを呼び出して契約するから、待っててくれるか?」

「え? ド、ドラ?」

「ドライアド。植物の精霊さ。あっちの森の禿を解決させるためにね、精霊の力を借りようと思うんだ」


 大地の精霊と樹木の精霊は相性がいい。二大精霊の力で、禿散らかった森もすぐに再生できるだろう。

 こっちの森からキノコの菌糸とか持ってくれば、向こうで栽培もできる。

 動物も連れてきて繁殖させれば、狩りの獲物もできるだろう。枯渇させないようにしなきゃならないが。

 いっそ家畜を飼うのもいいだろうな。


「"心を迷わせし森の乙女ドライアド。我の声に応え、我との契約を求めん。我が名は江藤賢志"」


 森の中に俺の声が木霊すると、その声は次第に女のものへと変わっていった。

 さて、ベヒモスはハムスターだったわけだが、ドライアドはどうかな?


『わらわを呼んだのは、あなた?』

「ケンジさん!?」


 すぅっと俺の背後に何者かが現れた。

「そうだ」と返事をしつつゆっくり振り返ったが……誰もいない。


『こっち、こっちよ』

「こっち? 下か」


 見下ろすと、そこに見えたのは椎茸。

 そう、椎茸だ。どっからどうみても椎茸の傘が見える。それも直径30センチほどの巨大椎茸だ。

 俺、椎茸大好き。


「いやいやいやいや、待ってくれ。ドライアドが椎茸!?」

『椎茸だなんて失礼しちゃうわっ。わらわは森の乙女ドライアドよっ』


 くいっと傘を上げてこちらを見上げる椎茸──いやドライアド。

 椎茸の傘の下には、幼い少女がいた。

 正しくは椎茸の傘をかぶった少女というべきか。ただ……小さい。

 見た目の年齢は十歳ぐらいだが、その身長は50センチ程度。子供をそのままミニチュアサイズにした感じだ。

 

 椎茸の傘をかぶっている以外にも、しっかりと人外臭は漂っていた。

 肌は真っ白で、そこは椎茸というよりえのきというべきか。手足はあっても、指はない。

 あとやっぱり椎茸だ。


 この世界の精霊はどうなってんだ?


『それで、わらわと契約したいですって?』

「まぁ、一応……」

『一応とはなによ一応とは!』

「ケンジさん、呼び出しておいてその言い方はドライアドちゃんが可哀そうですよ」

『そうよそうよ! ハーフエルフの言う通りよっ。あなた、いい人ね』

「え? そ、そうですか……。えへ、えへへ」


 何故かセレナとドライアドが仲良くなってしまった。






『じゃあこのちんまい森を、立派な森にすればいいのね』

「あまり大きくし過ぎないでくれ。今の五倍ぐらいの大きさでいい。あと村の方に向かっての拡張だけはしないでくれよ」


 ドライアドとの契約の条件は、キノコ畑を作ることだった。

 やっぱり椎茸なんじゃないか。

 まぁそれに関しては願ったりかなったりで。もちろん栽培したキノコは美味しく召し上がってもいいとのこと。


 森の一角だけ湿度を保つ環境にし、ベヒモスには地中の土壌の調整を行って貰う。


『では主の魔力を頂戴して──きゅっきゅー』

『わらわもわらわも~。ちゅ~っ』

「あーはいはい。どうぞどうぞ持っていってくれ」


 精霊に何かをして貰うためには、術者は魔力を対価にしなければならない。

 やって貰うことの規模が大きければ、それ相応の量の魔力を渡すことになる。

 魔力は休息をとることで回復するから特に問題もない。

 だいたい1%ほどの魔力を吸い取られただろうか。


 かくしてハムスターと椎茸による、森の再生が始まった。


「な、なんじゃこりゃーっ」

「も、森が復活しとる!?」

「むしろでかくなってないか?」


 セレナ宅で食事をご馳走になっている最中、村人の騒ぐ声で表に出ると──禿散らかっていたはずの森は、もっさもさに生まれ変わっていた。


 あー、うん。

 俺の魔力1%は、十分すぎる育毛効果があったようだ。

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