第7話:手のひらサイズのマンボウ

「ウンディーネたち。ありがとう」


 ウンディーネ。水の下位精霊だ。

 以前の異世界だと、手のひらサイズの全裸の乙女だったが、こちらの世界では手のひらサイズのマンボウだった。

 まぁ、可愛いといえば可愛いか。


 村から徒歩圏内の森を復活させてから一週間。

 次の水の上位精霊クラーケン──これはあちらの世界と同じイカの姿をしていた──と契約。

 ベヒモスによって引き込まれた川の水を、クラーケンの力で大地に染みわたらせ潤した。

 

 それからノームに畑を耕して貰い、人の手で種を植え、ウンディーネに水を撒いて貰う。

 ウンディーネがマンボウなら、ノームはどうだろう?

 答えは、土の上位精霊である大地のベヒモスがハムスターだけあって、子分であるノームはモルモットという。

 まぁハムスターに比べると、モルモットは体のサイズが大きいのだが、精霊これに関してはその常識は当てはまらない。


 いろいろツッコミたくはあったが、諦めることにした。


 四日前にそれらを終わらせたが、水撒きは定期的に行わなければならない。

 それに、地面が潤ったおかげで雑草も生え始めた。

 それを刈る作業は、人の手で行っている。


「ケンジさん。精霊魔法って、上位精霊と契約しないと使えないものなんですか?」

「ん? いや、そうとも限らないよ」


 一緒に草むしりをしていたセレナの疑問に答える。

 精霊魔法はまず、精霊との契約が必須になることは間違いない。

 だが下位の精霊魔法であれば、下位の精霊のみと契約すればそれで済む。


 ただ今回のように、長距離に渡って溝を掘ったり、広範囲の土地を潤したり、一瞬にして緑あふれる森にしたりは、上位精霊の力が必要となる。

 だから俺は最初から上位精霊と契約した。

 また上位精霊と契約していれば、下位の精霊との契約は不要になる。

 二度手間を省いたに過ぎない。


「セレナは精霊魔法に興味があるのか? もしそうなら、俺が教えてもいいが」

「ほ、本当ですか? あ、でも私、才能あるかどうか分かんなくって」

「相性はあるだろうけれどね、ゆっくりと学んでみるといい」

「は、はいっ。よろしくお願いします」


 まずは村の食糧事情を改善してからだ。

 村人たちは故郷を離れる際、いくつか野菜の種を持って来ていた。

 どれも成長の早い品種だという。


「あっちの畑はそろそろ収穫できそうだな。いやぁ、本当に成長の早い品種だ」

「……いえ……あの……いくら早い品種だと言っても、普通四日でここまで成長しませんからっ」

「あ、やっぱり?」


 ということは──。


『主よ、今我を見たか?』

『わらわを見たのよね!?』

『イ……カ……がくっ』

「おいーっ! イカっ、無理しないで海に帰れよっ」


 クラーケンは内陸が苦手だという。

 うん。帰っていいからな。遠慮せず帰ってくれ。


 もともと小さいドライアド以外は、村人を怯えさせないようミニサイズでうろうろしている。

 クラーケンは主に湖の中だが、たまにこうして出てきて俺の魔力をこっそり吸っているようだ。

 俺につっこまれてすごすごと引き下がっていくが、戻ったのは湖の方。

 だから海にいけよ。そこ淡水だからさぁ。


『だが主よ。我らが力を貸すのも今だけだ』

『そうよ。わらわたちが力を貸して、野菜の成長を加速させ続けることは、自然に反していることだから』

『だが主たちには早急に栄養が必要なのであろう? だから今だけだ。今だけは助けよう』


 ま、そうだよな。いくら何でも数日で野菜が育つなんてのは、もやし以外に俺は知らない。

 異世界だからとも思ったが、やはり精霊の加護によるものか。


「ううぅぅぅぅぅ、精霊王さまぁぁ、ありがとうございますぅ」

『うむ。感謝するがいい。感謝してブラッシングをするのだ』

『わらわの髪をブラッシングすることも許してあげるわ』

「はいっ。お任せください!」


 セレナ……上位精霊にいいようにこき使われなきゃいいんだが。

 

 野菜は明日には収穫できるだろう。それが終わったらすぐに次の種を撒く。

 畑の規模はまだまだ小さいが、人手が足りないこともあってこれ以上の拡張は厳しい。

 ずっとノームに手伝って貰う訳にもいかないからな。

 

 人手か……。


「セレナ。開拓移民者は君たち以外にはいないのか?」

「いえ、私たちの他にもいます。ただお互い干渉しないようにと、集落同士は結構離れた距離にあるんですよ」


 ここから東の、あの川を超えた先に集落があるのを彼女は知っているが、行ったこともなければ住民と顔を合わせたこともないという。

 まぁ最初から大人数で行動していたら、食料問題はもっと深刻になっただろうしなぁ。

 三十人程度だからこそ、小さな獲物とかでもしのげたのだろうし。


 俺が来た時はもう限界に近かったが。


 それでも今は肉を手軽に手に入れられるようになった。

 乱獲はしない。必要な数だけを狩る。

 畑が軌道に乗れば、野菜屑などもでてくるようになるだろう。

 そういう時期にきたら、森から魔物ではない普通の猪を番いで探してきて家畜にする予定だ。

 出来れば牛とか鶏もいればいいんだがなぁ。


「おーい、ケンジ。セレナー」

「あ、オッズさん」

「どうかしましたか?」


 わざわざ畑まで呼びにくるとは、何かあったのか?

 そう思ったら、どうやら違うらしい。

 にこにこ顔のオッズさんは、今朝から森のほうでキノコの様子を見に行っていたはずだ。

 そして手には大きな籠。


「収穫できましたか!」

「あぁ、立派な椎茸がどっさりなっ」

「くぅー。俺、椎茸大好物なんですよ!」


 出来ればそのまま焼いて、しょうゆを垂らして食いたい。

 だがしょうゆはここにはないが、しかし塩はある。

 

 大昔、この辺りは海だったのだと上位精霊たちが教えてくれて、ベヒモスが裏の山に岩塩があると教えてくれた。

 一昨日それを採掘してきて、塩が手に入ったのだ。


「そのまま食べるもよし、野菜と合わせて炒めるのもいいな」


 そう話すオッズさんだが、野菜はまだだろう?


「なぁに、ちょいとデキの良い奴を、二つ三つ使えばいいだろう」

「まぁ……そうですね!」

「ふふ。じゃあ私、炒め物の用意しますね」

「野菜、収穫したらすぐに持っていくよ」


 ブラッシングを終え、セレナが家へと駆けていく。

 その後ろ姿を寂しそうにハムスターと椎茸が見つめていた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 賢志が大好物の椎茸を堪能している間──


 村の背後にある崖の上では、体を地面に伏せ、眼下の様子を見つめる者たちがいた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「あぁ、美味かった。マジ美味かった。椎茸なんて食ったの、何年ぶりだろう」

「私も、何カ月ぶりかしら~」


 あっちの異世界にもキノコはあったけど、椎茸はなかったんだよ。

 それがこっちの世界にはあったなんてなぁ。

 名前が同じ椎茸なのは、こっちの世界の言語を翻訳したものなので同じに聞こえるだけだろう。

 食料に限らず、すべてがそうだ。


「ケンジさんは他のキノコもお好きですか?」

「あぁ。特に椎茸が好物ってだけで、他のキノコも好きだよ。またなにか作ってくれるのかい?」

「はいっ。キノコシチューにしようかと」


 満面の笑みを浮かべ、セレナが言う。

 それは楽しみだ。

 ドライアドに美味いキノコの菌糸を植えておいてもらおう。


 昼からは村のはずれに地下室を作る予定だったな。

 もやしの原材料である緑豆も、彼らは持って来ていた。

 今は種を増やすために畑に植えているが、普通なら成長に二カ月あまり必要なところが、すでに収穫時期になっている。

 その緑豆をもやしとして栽培するために、地下室を作るのだ。


 もちろん作るのはノームで、俺は彼らを召喚して仕事を与えるだけ。

 ただ精霊に仕事を頼むのは簡単ではない。

 複雑な命令は理解できないので、単純作業しかさせられないのだ。


 どのくらいの大きさの穴を掘って、人が出入りしやすいよう階段を作ってなどは、その都度命令しなきゃならない。

 よって、昼は地下室作りで終わりそうだ。


「わ、私もお手伝いしましょうか?」

「いや、手は足りて──そうだな。精霊魔法を学ぶという点でも、セレナには精霊のことをよく知って貰ったほうがいいだろう」

「じ、じゃあケンジさんとご一緒していいんですね?」

「ん? そうだけど」

「きゃーっ」


 きゃーって、悲鳴なのか歓声なのか。

 まぁぴょんぴょん跳ねて喜んでいるようだし、歓声でいいのかな。


 それにしても……弾むなぁ。

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