第5話:でっかいハムスター

『あぁぁぁ、そこそこ。そこ、気持ちいぃ』

「そうか……」


 体長十メートルのハム──ベヒモスのブラッシングをするには、それに対応できるブラシがここにはない。

 そう伝えるとベヒモスは、なんと小さくなった。

 今のサイズはカピパラぐらいだろうか。


「可愛いですね~。可愛いですね~」

『我は偉大なる大地の精霊王なるぞ』

「大地の精霊王さま、可愛いですね~」

『うむ』


 精霊王とつけるだけでご満悦な精霊王だ。

 セリナと俺の二人でベヒモスをブラッシングしまくる。彼女は単純にブラシでベヒモスの毛を梳き、俺はブラシに魔力を注いで梳いた。


 まさか上位精霊との契約がブラッシングだとはなぁ。

 見た目にもビックリしたが、契約内容にはもっと驚いた。


「わーい、もっふもふだよー」

「かわいいー」

「や、やめなさいあんたたちっ」


 巨大ハムスターだったのはわずか数分のこと。それでも村の中で召喚したので、既に全員がここに集まってベヒモスのブラッシングを見守っている状況だ。

 オッズさんところの息子さんと、彼と同年代の子供がもうひとり。

 その子供たちはベヒモスを触りたくて仕方ないようだが、親たちが必死にそれを止めている。

 なんとも微笑ましい光景だ。


 本当にこれでいいのか?


『どうしたのだ主よ』

「あ、いや……。ブラッシング程度で契約できるなんて、思ってもみなかったから」

『程度ではない。大事なことだ! こうすることで相手の魔力の質、量を見極めることが可能なのだよ』

「はっ。それで魔力を流したブラッシングなのか!?」


 ベヒモスは『その通り』だと言って鼻をふんすと鳴らす。

 あー、うん。やっぱりハムスターだ。でっかいハムスターで間違いない。


『ふぅ。主の魔力はなかなかに上質であるな。よかろう、我との契約、許そう』

「それはありがたい」


 こんなのでも一応ベヒモスだからな。

 ……だ、大丈夫なんだよな?


 今度は契約のための魔法陣を作成し、そこに俺の血を一滴落とす。

 血を吸った魔法陣は輝き、ベヒモスがそれを踏んで契約成立だ。


 本当に力のある精霊なんだろうな?


「さ、さっそくだが、頼まれてくれるか?」

『よかろう。なんでも言うがいい──もきゅ』


 もきゅっと鳴いた気がする。

 ベヒモスは元のサイズへと戻ると、威厳たっぷりに鼻を鳴らした。

 だがハムスターだ。


 いろいろ不安はあるが、とにかく指示を出そう。

 浮遊魔法でベヒモスともども空へと浮かび上がると、村から東の大地を指さした。


「あの川の水を、この村に引きたいんだ。作物を育てるためにな」

『ふむ、なるほど。確かにここの大地は乾いておる』

「川は深くなくていい。川幅もだ。あまり多くの水をこちらに引いてしまえば、今度は森が枯れてしまうからな」

『承知した。では水を溜めておくための池も必要だな。もっきゅ』


 今もっきゅって鳴いただろ?

 やっぱりハムスターだよな。大丈夫か?


 そんな俺の不安を他所に、眼下の地面から地響きが起こった。

 わーわーきゃーきゃーと村人の悲鳴が聞こえてくる。

 空中から大丈夫だと声をかけるが、それも地響きによって掻き消される。

 下へ降りるかと思ったが、東の大地が動いた。


 まるで線でも引いているかのように、地面の一部がわずかに陥没していく。それはもちろん、村へ向かって伸びてきた。

 終着点である村の手前では、クレーターのように地面が陥没。その規模は村の数倍の面積だろうか。


『溝が小さいか? ちょろちょろとしか流れて来ぬが』

「いや、これぐらいでいいだろう。土に吸収されることなく、ゆっくりでもこちらに流れてきているし」


 数日もすれば、ベヒモスが作ってくれた池──というか小さな湖規模が出来上がるだろう。

 それまでに畑の準備も終わらせればいい。


 見た目は完全にもっふもふハムスターだが、しっかり中身はベヒモスだったな。

 うん、見た目で判断しちゃいけない。


「悪かったよ、ハム──ベヒモス」

『よく分からぬが許そう。我は偉大な精霊王。懐ももふもふなのだ』


 懐が広いんじゃなくって、もふもふなんだな。その通りだ。






「さぁ、召し上がってください」

「ありがとうセレナ」

『うむ。ご苦労である』


 出来上がったばかりの湖に水が届く頃には陽も暮れ、セレナの家で晩飯をご馳走になることになった。

 何故かカピパラハムスターのベヒモスも一緒にいる。

 精霊界に帰らないのかよ。


「精霊王さまもお肉を食べられるのですか?」

『精霊に物質界の食事は不要。我はケンジの魔力を少量食らえば満足だ』

「俺の魔力、食べられてた!?」


 ベンチタイプの椅子で、俺の隣に座ったベヒモスのつぶらな瞳が細められる。

 な、なんて腹黒いもふもふなんだ!

 食われている分、こっちも魔力回復のためにしっかり食わなきゃな。


 しかし今日も猪肉か……。いや肉は好きだけし、美味しいよ?

 それに同じ肉を使いつつも、毎日味を変えてくれているし。


「す、すみません。お肉しかなくって」

「い、いや。美味いよこれ」

「ほ、本当ですか? よかったぁ」


 頬を赤らめほっとするセレナは、俺の向かいに座って自らも食事を始めた。

 これは野菜の栽培が急務だな。


「近くの小さな森のほうには、木の実やキノコ類はないのかい?」

「実の生る木はありますが、まだその時期じゃなくって」

「あぁ、そうか。季節の問題か」

「はい。あとキノコはその……先月、森で見つけたキノコを食べた人がお腹を壊して、大変なことになってしまったので」


 毒キノコだったのか。

 日本でも自生するキノコの大半は毒だって話だったものな。

 ま、そこはこれ──。


「明日、畑作りは……ハ──ベヒモス、下位の精霊に手伝って貰っていいだろうか?」

『ケンジが命令すればよい。我との契約は成立しておる。自由にノームを召喚できるだろう』

「ありがとう。じゃあ畑作りはノームと村人に任せるとして。セレナ、悪いが森に案内してくれないか?」

「森、ですか?」


 食用かそうでないか。鑑定すれば一目瞭然。

 キノコ類だけじゃなく、食用になる野草も見つけておこう。


 あぁ、懐かしいな。

 異世界に召喚され、空間倉庫の魔法を習得するまではよくやったな。

 荷物を最小限にするため、食料はギリギリしか持たず。だからその辺の草や木の実、キノコを食べようと、鑑定しまくったものだ。

 空間倉庫を手に入れてからは、いくらでも食料を持ち歩けるようになったから止めてしまったが。


 初心に帰って、また1から再スタートだ。


「ケンジさん、なんだか楽しそうですね」

「ん。笑ってた?」

「はい」


 そうか、笑っていたか。

 案外俺は、異世界でのサバイバル生活が好きなのかもしれない。

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