第4話:ブラッシングをすることだ。

 村の家十五軒全てを建て直すのに、さすがに一日では終わらなかった。

 一軒一時間として、十五時間あれば完成するがさすがに俺も休みたい。

 二日目は村を囲むための壁も造り、安全面の強化も行った。


「ケンジが来て三日だが、ここまで村が様変わりするなんてなぁ」

「ケンジさんのおかげで、夜もぐっすり眠れるようになりました。今までは寒くて、よく目が覚めていたんです」

「うん。俺も初日はそうだったよ」


 感謝されるのは嬉しいことだ。

 ただ住環境を整えただけで、村が貧しいことへの解決にはなっていない。

 もっとも大事な食をどうにかしないとな。


「南の森は獲物も多いのかい?」

「たぶん、多いと思います。あんなに大きな森だもの」

「ということは、まだ森の散策は終わってない?」


 俺の質問にセレナが頷く。


「俺は村のもんと話があるから、森のことはセレナに聞いてくれ」

「あ、はい。行ってらっしゃい」


 オッズさんが抜け、俺はセレナと二人っきりになった。


「み、南の森までは距離もあるますし、往復するだけで半日かかっちゃうんです」

「あぁそうだな。森からこの村まで、三時間近く歩いたもんな」

「村の後ろにある高台に上がると分かるのですが、ここから森までの距離と、森のずぅーっと奥までの距離とだと、森の中の方が長いのです」

「あの崖の上か。ちょっと見てみよう。セレナ、失礼するよ」


 と言ってから、彼女をお姫様抱っこする。


「え? ふぇっ」

「"浮遊レビテーション"」


 自分と彼女に魔法をかけて宙に浮く。

 ログハウスより高く飛び、そして村の後ろ側にある崖のてっぺんへと降り立った。


「とと、と、ととと、飛んでっ」

「いや、もう着地したよ。このまま抱っこしていたほうがいいか?」

「だっ──やぁ、恥ずかしいっ」


 セレナはそう言って、お姫様抱っこされたまま顔を覆う。

 まぁいいか、このままで。


「なるほどなるほど。こりゃまた大きな森だなぁ。お、鳥発見──"鳥の目バード・アイ"」


 空を飛ぶ鳥の目と自身の視界、それを鳥の意思とを同調させる魔法だ。

 これで森の上空を飛ばせ、森の全容を確かめる。


 なるほど。確かにでかい。

 遠くに険しい山脈があって、その下までずっと続いているようだ。

 徒歩で森を抜けようと思ったら、数日かかるかもしれない。


 ん?

 視界がぶれた……こちらの魔力に干渉する何かが、森の中にあるようだ。

 だがここからだとかなり遠い場所だ。そこすら二日かそこいら歩く距離にある。


「どどどど、ど、どうですか?」

「大きいねぇ。あれだけ広大なら、食料となる動物や魔物の数も十分だろう」


 捕り過ぎは禁物だけどな。


「よし、下りよう」

「はい──ひゃぁっ」


 セレナを抱えたままひょいっと崖から飛び降り、着地の瞬間に浮遊魔法で衝撃を防ぐ。

 地面に降りてから彼女を解放すると、少しふらついて支えが必要だった。


「大丈夫か?」

「あ、だ、だだだだだ大丈夫れす!」


 噛んだな。


「森での狩りが可能なら、肉の心配はまずはいいとして。問題は作物だな」

「は、はい。なんせ水が少ないので……」

「鳥の目になって周囲を見た時、東の方に川が流れていたな」

「川の水をこちらに引き込もうという計画はあったんです……だけど……」


 だけど?

 

「川まではここから徒歩で丸一日近くの距離にあって、土も硬いから水を流すための溝もなかなか掘れなくって」

「それで断念したってことか」

「はい……」

「確かに土が硬いと、溝を掘るのは大変だな。それに、たとえ掘れたとしても水を流した傍から、地面が吸い込んでしまうだろうし」

「うぅ……」


 硬い土を掘ること。水を引き込んでも、地面に吸い込まれない土にすること。

 それを同時に行うには──。


「大地の精霊を召喚しよう」


 俺が拳を突き上げるとセレナは「え?」という顔でこちらを見つめた。






「うぅん、おかしいな。精霊を召喚できない。炎、水、風、大地、雷、氷……もろもろ含めて全精霊が反応しないって……」

「せ、精霊魔法も使えるんですか?」

「あぁ。全精霊と契約済みなんだが……ん、待てよ」


 契約が必要なのは上位精霊だけだが、今呼び出そうとしているのはその上位精霊だ。

 全ての精霊と契約した俺だが、その契約はこの世界でのことではない。

 もし……あっちの世界とこっちの世界の精霊が異なる存在だったら。当然、召喚は不可能だろう。


「契約のしなおしか……まいったな、かなり面倒くさいぞ。とにかく今は大地の精霊だ。それだけでも契約しておこう」

「簡単にできるものなんですか?」

「どうかなぁ?」


 あっちの世界だと力比べに勝ったらという内容だったから、割と楽勝ではあったんだが。

 こっちの世界でもそうなのかどうか。


「"我求める。大地を司りし精霊よ。我が前に姿を現し、我と契約を交わしたまえ。我が名は江藤賢志"」


 両手を複雑に動かし、魔法陣を描いていく。

 完成したソレを地面に敷き──魔力の上乗せ。

 召喚図式が同じであることを祈るのみだが……。


 わずかな振動。

 そして揺れ。


「きたきた」

「ふぇ!? な、なんですか。地震ですかぁっ」

「おっと──」


 ぎゅっと俺にしがみつくセレナを支え、足元から湧き上がる膨大な魔力を観測。

 ぼこ、ぼこと持ちあがる土がぱっくりと割れると、中から巨大な──きょ、巨大な──


「ハムスター?」

『我はベヒモス。呼びだしたのは主か』


 茶色いジャンガリアンとでもいうのかな。

 全長十メートルほどの巨大ジャンガリアンは、見た目に反して野太い声で俺に語り掛けてきた。


 あれ……本当にベヒモスなのか?

 巨大という点を除けば、本当にただのもふもふハムスターだぞ。

 俺の知っているあっちの世界のベヒモスは、猪と狼を足して二で割ったような姿に、いかつい角とか牙のある獣だったんだが。


『おい、主。我はベヒモスである。質問に応えよ』

「あ、ああ。お前を召喚したのは俺だ。間違いない」

『そうか。我を呼び出したということは、我との契約を願ってのことか』

「そ、そうだ。契約の条件を聞こう」


 もぞりと動いたハムス──ベヒモスは、そのつぶらな瞳を細めこう言った。


『我と契約を結びたければ──主の魔力を十分に込めてブラッシングをすることだ』



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