第3話:んー、こんなものかな。
「あのー? お肉焼けましたよぉ。聞こえますかー? うぅん、言葉が通じないって不便」
そんな声と、そして香ばしい匂いで目が覚めた。
「聞こえているよ。美味そうな香りだ」
「はぁ、よかっ──え? こ、言葉が通じてる!?」
そう返事をしたことで彼女──おそらくハーフエルフの女の子は驚いてその場で跳ねた。
なんてことはない。
女神アリテイシアにこの世界の言語スキルを貰っただけだ。
──日本へ戻るのはもう少しだけ待ってください。ケンジさんが時空の狭間にいる間に、こちらでは数百年経っていまして。時間の調整に少しだけ手間がかかりそうなのです。
そう説明する女神に、俺は少し考えてからこう答えた。
日本へは戻らない──と。
当然女神はなぜかと問いかけてくるが、すぐにその理由を察したようだ。
俺には家族がいない。
異世界に勇者一行として召喚されるよりも前に、家族を失っていたから。
消防士だった父と、看護師だった母。そして元警察官の祖父と、祖父のように警察官になりたいと言っていた年の離れた妹と五人家族だった。
俺が異世界に召喚される一年前に、四人は大きな災害で帰らぬ人となったのだ。
誰もいない家に帰る生活は、本当に辛かった。
異世界に召喚され、魔物と必死に戦う日々のほうが、まだマシだった。
またあの頃に戻るのかと思うと、それなら新しい世界で第二の──いや第三の人生を送るほうがいいと。
幸いこの世界は、先に召喚されたあちらの異世界と似通った世界だという話だ。
所謂、剣と魔法のファンタジー世界。
勇人たちには、俺が謝っていたと女神から伝えて貰うことにした。
あいつらならきっと、分かってくれるはずだ。
「あ、あのっ。ど、どうかしましたか?」
「おっと、ごめんごめん。ちょっとその……あぁそうそう。言語の解析をしていてね」
「かいせき、ですか?」
「そう。俺はこの大陸に初めて渡ったんだ。それで、君たちの言葉を魔法で解析し、習得している最中だったからね」
「そ、そうだったんですか。魔法で言葉も分かるなんて、知りませんでした」
本当は嘘なんだけど、まぁ解析はできないこともない。少しでも似通った発音があれば、そこから解析することができる。
とはいえ、そもそも異なる世界の言語を解析できるわけがない。
時空間転移魔法で、時間と世界を飛び越えてしまった俺は、この世界で生きていくために女神から一つだけ
それが言語習得スキルだ。
「お、お肉焼けてます。あなたが仕留めた
「え? じゃあ、俺が食べるのをみんな……」
見れば村人たちは、肉を載せた皿を持ったまま。
これは申し訳ないことをしたな。女神とのことを思い出している場合じゃなかった。
「す、すみません。いただきます」
一口頬張ると、肉汁がじゅわーっと口いっぱいに広がった。
うん。しっかり血抜きできているようだ。臭みもないし、食べやすい。
ほんのり香辛料が効いているようだな。
「うん、美味い。味付けには何を?」
「あ、はいっ。あっちの森で採れる香草を載せて焼いたんですよ」
「ほぉ。香草が採れるのか」
あっちというのは、ここから見える小さな森だ。
と言っても、夢の中で女神に会っている間に、すっかり陽が暮れてしまっている。今は森の「も」すら見えない。
代わりに空を見上げれば、満天の星空が浮かんでいる。
ほほぉ、この世界の月は二つあるのか。
大小二つの月は、小さいほうが薄っすらと青みがかった色に輝いていた。
「月が綺麗だなぁ」
「そうですね。むぐむぐ」
俺が肉を口にしたことで、ようやく村人たちも食べられるようになったようだ。
あっちでもこっちでも、みんなが肉を口いっぱいに頬張っているのが見える。
中には小さな子供もいた。
「この村は、できて間もないように見えるね」
「んぐ。あ、はい。私たち、開拓移民者なんです」
「移民?」
「そうだとも。俺たちはここからずっと西からやって来た」
村のリーダーだろうと俺が勝手に思っている男がやってきて、握手を求めて来た。
その手を握ると、ずいぶん豆だらけなのが分かる。
ここから西の国では何年も干ばつが続き、人間だけでなく獣や虫すら食べるものに困るほど。
わずかな作物はそれら害獣や害虫にやられ、いよいよ餓死者が右肩上がりになって来た頃、
「国を挙げての開拓移民の募集がされた訳さ」
「なるほど。この地は誰の手も入っていないのですか?」
「いや、二百年前は南の国の領土だったが、戦争で勝ってこっちのモンになったのさ。とはいえ、こんな辺境だからなぁ」
「領主さまが誰もいない状態が二百年続いて、土地もずっと手付かずなまま放置されていたんです」
食い扶持も減らせるし、ここで作物でも育てられれば国も潤う。一石二鳥ってわけだ。
そんな希望を抱いて、彼らは半年前にこの地にやって来たのだという。
ただ現実は厳しく、故郷以上にここの土地は痩せていた──と。
「だけど大きな森があったじゃないですか。緑があるってことは、作物が育つのでは?」
「ここから東に行った所に、森のほうへと続く川が流れているんだ。その川をこっちまで引ければ、なんとかなるんだろうけどもな」
「井戸を掘っても水が少ししか湧かないので、畑に回せないのです」
「なるほどねぇ……」
ここへ到着したとき、村から近い森には数は少ないが動物が住んでいたという。
だが彼らがその動物を狩りつくしてしまった。といっても十数羽の兎と、数頭の普通サイズの猪がいた程度。
「それでこいつ──セレナに南の森に行って貰ったのさ」
「セレナ……君の名前かい?」
「は、はい。み、見ての通り、その……ハーフエルフです」
やっぱりハーフエルフか。
彼女は弓が得意な狩人だといい、村の食糧と魔石を確保するために南にある大きな森へと入ったそうだ。
そして巨大猪に襲われて、俺が助けた──と。
「俺は
「知ってます! あんな大きな猪を魔法一発で倒すなんて、凄いです!」
「はは。ありがとう」
やや興奮気味なセレナは、ふんすと鼻を鳴らして身を乗り出してくる。
俺がうたた寝をしている間に着替えたのか、上着は薄手の物を一枚着ただけ。
そのせいか、細身のくせにやたら肉付きのいいお胸さまがぷるんと揺れるのがよく分かる。
正直、目のやり場に困るなぁ。
「ところでケンジよ。お前さん、別の大陸から渡って来たと言っていたが、これからどうするんだ?」
「え……そう、ですね。第三の人生をスタートさせようと思って、まずは住むところを探そうかと」
「ほぉ。ならここに住まないか? そりゃあ貧しい場所だが、どこに行ってもあまり変わらないだろう。それにここからだと、一番近い町まで一カ月はかかる距離だ」
おおぅ。それはまたずいぶんと遠いな。
ま……何もない、ほぼゼロに近い状態から、辺境の開拓をして暮らすというのも面白いかもしれない。
「そ、そうです! ケンジさんのように強い人がいると、とっても嬉しいですっ」
「ほれ、セリナもこう言ってる。セリナはなぁ、独身だぞ?」
「な、なに言ってるですかオッズさんっ」
「はっはっはっは。なぁどうだ、ケンジ」
悪くない。
全ての魔法を網羅した俺の力も、破壊のためじゃなく作るために役立てられる。
「えぇ、ぜひ。よろしくお願いします」
オッズさんと再び握手を交わすと、夢中になって肉を頬張る村人たちに俺は紹介された。
「んー、こんなものかな」
オッズさんの家に泊めて貰った翌日。
さっそく自分の家を建てることにした。
まずは地面に間取りを描いて、必要な木材は小さいほうの森から調達。
風の刃で伐採した木は枝を取って丸太にし、浮遊魔法で村まで運ぶ。
極小サイズの
「ログハウスの完成だ。俺一人だし、1LDKにロフト付きで十分だろう」
「ケ……ンジさん……い、家も魔法で作っちゃうんですか!?」
「人力で行う作業工程を、魔法で楽しただけだよ」
「いやいや、でも。たった一時間程度で家が建つなんて、信じられない……」
俺もそう思ったよ。でもできることが今分かった。
「こいつぁすげー。うちの家もこんな風に出来ねえかな」
「じゃあ建てましょうか?」
「い、いいのか!?」
オッズさんには奥さんがいて、十歳になる男のお子さんもいた。
なら2LDK以上はいるだろう。
リビングキッチンを大きめにして、夫婦の部屋、そして子供部屋というぐあいに。
男の子ならロフトがあると喜ぶよな。秘密基地みたいで。
一軒建てたことでコツも掴み、倍以上のログハウスだが一時間で完成。
「す、すげー……ほ、本当にこの家に住んでいいのか?」
「オッズさんが住まないなら、他に希望者を探して譲りますけど?」
「ば、ばか言ってんじゃねー! お、俺たちが住むに決まってるだろうっ」
「お父さん凄いよ! 僕の部屋に二階があるーっ」
「まぁまぁ、こんな立派な家を貰えるなんて。ありがとうございますケンジさん。本当にありがとうござます」
奥さんは涙ながらに感謝し、お礼をすると言っている。
それならばと、
「俺、一切料理ができないのでその……食材は取って来ますから、料理をお願いしても?」
と、夫であるオッズさんを見る。
彼はニカっと白い歯を見せ、
「それならセレナに食わせて貰え」
と、意味不明な返事が。
「わ、私なんですか!?」
「まぁまぁ、それはいいわ。セレナは料理がとても上手ですもの」
「へぇ、そうなのか。じゃあ次は君の家を建て直そう」
「ふ、ふえぇっ。わ、私の家も建ててくれるんですか!?」
もちろん他の村人の家も全部建て直すつもりだ。
なんせここの家は、隙間だらけで夜は寒い。
オッズさんの家だけじゃないだろう。
少しでも快適な第三の人生のために、出来ることはなんだってするさ。
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