『忍法どんでん返しの惨劇』

チクチクネズミ

『忍法どんでん返しの惨劇』

 縁側に上がるとギィという忍者屋敷特有の鴬張りが鳴った。


霧無きりなし君歩くときは慎重にね。うっかり変なところ踏むと死ぬかもよ」

「またまた大げさな」

「本当だよ。映研のみんなこの忍者屋敷に殺されたんだから」


 ゆらりと幽霊のように力なく体を動かして振り向くしのぶの目は、冗談を言う感じの目ではなかった。相当苦しかったのだろう、部活の仲間が自分を除いて行方不明になったという事件に遭遇したんだから。


 高校生活二回目の夏休みを迎えた中ごろに悲劇が起きた。忍が所属する映研がこの忍者屋敷で、秋の文化祭に向けてのホラー映画を撮影しようとした最終日。忍を除いた全員が行方不明となった。

 唯一の生き残りである忍の証言により捜索願いを出したが、全員骨一つ見つからなかった。そしてうわ言のように忍は「忍者屋敷に殺されたんだ」と呟くようになり、夏休み前を迎える前の明るい姿はどこにもなかった。


 捜索が打ち切られた後も、みんなの遺品があるかもと一人で行こうとした忍を引き留め、共にくだんの忍者屋敷へと足を運んだのだった。


 屋敷の中は土壁がはがれ、いかにも出そうな雰囲気だ。だがこの世に悪霊などいるはずはないとい草が抜けてカビだらけ畳を踏みながら映研の持ち物を探す。

 だがすでに回収された撮影道具以外、彼らの持ち物が一切見つからないというのは本当におかしい。


「なあ忍、みんな本当にこの屋敷で撮影していたんだよな」

「いたよ。みんなその日まで何事もなくホラー撮影してたんだ。本当は前の日に終える予定だったんだけど、ホラー映画のラストは実は悪霊は生き残っていたとか本当にあった展開があるって部長が無理やり延長したんだ。私は早く帰らないと屋敷に殺されるって反対したんだけど」

「家に殺されるって、そんなホラー映画じゃないんだから。あれは不幸な事故だ。忍のせいでもない」

「本当にいるんだから! 私、忍者の末裔だからここにまだ忍び悪霊がいることがわかるの。でもみんな信じてくれなかった。だからみんな……みんな……」

「に、忍者? 何を言って」


 理解できなかった僕を見て、忍は急に部屋から逃げ出して角を曲がった。急いで彼女の後を追いかけると駆けるが、そこに忍の姿はなかった。あそこはたしか行き止まりのはず。ふと屋敷の悪霊のことを思い出し、つばを飲み込んだ。


 そんなものいないと信じて忍が消えたであろう壁を叩く。すると壁がぐるりと回転した。どんでん返しというものか、忍め僕を驚かすつもりか。


 だがどんでん返しされた壁の反対側には、赤黒い液体でまみれた人のような物体が苦無で磔にされていた。それの目は虚ろでまともに僕に目線を合わせることなく、死霊のようなうめき声だけを上げていた。


「ひゃぁ!」


 慌てて口を押える。幸いにもそいつは僕に視線を合わせず、再びどんでん返しをして壁の中に消えてしまった。


「な、なんだよあれ。忍! 出てきてくれ! 俺を驚かそうって魂胆なんだろ早く出てこい!」


 縁側に降りるとベタ、ベタ、ベタと泥水から這い上がった様な足音が背後から聞こえた。

 鴬張りの廊下であることを無視したその音は一音ごとに音が大きくなり、近づいてくる。僕は恐る恐る忍の仕業であることを祈り、振り向くと世界が暗転し――


                  *


 ――そして最後に浮かび上がった『THE END?』という文字が浮き上がって撮影は無事終了した。


「いやよかったよ霧無君。やられエキストラにするにはもったいないよ。こりゃ来年は霧無君と忍君を主演にしたホラー映画を作った方がいいかもな」


 ずぶ濡れにしたシートを被っていた映研の部長が起き上がるなり拍手を送ると、他の部員たちも裏手から出てきて拍手が送られる。


 今日僕が連れてこられたのは、自主制作映画『忍法どんでん返しの惨劇』という映研が製作した忍者とホラーを組み合わせたスプラッターホラー映画だ。

 たまたま見つけた古い忍者屋敷を利用して「とにかくB級ホラー映画っぽく」という方針の下に製作が進められていた。タイトルもそうだが、忍びの悪霊という忍のアイディアもいかにもB級ホラー映画っぽくてなかなかマッチしている。

 だが最後のラストシーンで、脚本の進行ミスで生き残った忍以外の全員の役者部員が死んでしまった事態となりラストシーンに必要な人員の補填として忍の友人である僕がエキストラ役で選ばれたのだ。

 自分が映画に映るというのは恥ずかしいものだが、この様子だと我ながら迫真の演技ができたと思わざる得ない。


「皆さんの腕がいいおかげですよ、特にあのどんでん返しの化け物と血糊と苦無。演出だってことを忘れるほど本気で驚きました」

「ああ、そうだな。よくあれだけの血糊と人形を買い足せたな」

「え、部長じゃないんすか? 第一もう血糊は小瓶程度しか残ってないって言ったじゃないすか。それに苦無だってみんなダメにしたし」

「じゃあ、誰だ。俺じゃないぞ」


 部長も小道具係の人も全員自分ではないと言い張る。一体誰がと部屋を見回すと忍がいないことに気づく。そういえばあの撮影の時、どんでん返しの裏にいたのは忍だけだったはず。もしかして忍が僕を本気で驚かすために仕掛けたのだろうか?


 ぐるりと迂回して、どんでん返しの裏手につながる廊下にでると忍の声がした。おそらく忍がここにいるのだろうとそこを覗いた。


「忍、あの時どんでん返しの裏にいたよな。その時に――」


 ビュンと風が切った。視線を下に落とすと床に黒い水たまりのようなものが広がっていて、そこに何本もの苦無が突き刺さっていた。しばらくすると水たまりは苦無と共に消失した。


「ちぃ、まだ封印から逃れていたか影の残党め。映画の撮影が終わって完全封印したと思ったのに。このままだと始末がつかないから、屋敷壊しておくべきか」


 そこにいた忍はいつもの明るいものとは違い、幾人もの人間を殺してきたような鋭い目つきで先ほどあった黒い水たまりがあったところを睨んでいた。


「忍?」

「ごめんごめん。来年の映画また私が出る話があったからアクションシーンの練習をしていたんだ。ほらこの苦無、私の自作だよ。いい出来でしょ」


 先ほどの真剣みを帯びた表情から打って変わり、いつもの明るい笑顔で持っていた苦無を見せつけるその様子は、のように俊敏だった。


 だが、来年にその続編はつくられることはなかった。撮影場所だった忍者屋敷が突然崩落して使えなくなったからだ。噂だが、崩落した屋敷の中にがいくつも出てきたという。

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