いきなり最終話「紅蓮の戦闘鬼よ、永遠に」

ろくごう

最終話 「紅蓮の戦闘鬼よ、永遠に」

「宇宙巨獣誘導装置、起動!」


 艦長である藤島香澄の声が、宇宙戦艦「宝永」の艦橋に響き渡った。

 他の乗員を宇宙救命艇で脱出させた今、艦橋に残るのは彼女一人のみだ。


「宇宙巨獣誘導装置ヲ起動シマス」

 ロボットオペレータの合成音が、それに呼応する。

 戦艦の先頭部分に設置された同装置が起動し、船体が唸り声を上げた。


 10日間に及ぶ宇宙巨獣との熾烈な戦闘により、艦橋の窓からは多くの戦艦や戦闘機の残骸が漂う姿が木星を背景に見えていた。


 艦隊旗艦「阿蘇」が既に轟沈しているため、正確な残機数はもはや把握できない。だが、合わせて約3000機近くの駆逐艦、戦闘機の生き残りは、本艦を含めて数機程度であろう。


「でも、これで奴らを殲滅できる。奴らを地球に絶対に行かせないわ…」


 ポーン


 突然、メイン通信チャネルに着信音が入る。

「一体、誰から?」


 スピーカーからは聞き慣れた声が流れてきた。

「こちら戦闘機『オーバーターン5』パイロットの斬風丈一郎です」

「こちらは艦隊副旗艦『宝永』艦長の藤島香澄です」


 斬風が、一転して砕けたトーンで話しかける。

「相変わらずの独断専行ですねぇ、藤島艦長」

「斬風大尉… 無事だったのね」

 藤島も思わず安堵の声が漏れる。


「さすがは『紅の戦闘鬼』の異名を取るだけのことはあるわね。『土星絶対防衛戦』での大活躍も聞いたわ」

「あいにく地獄の閻魔様からすっかり嫌われているんでね。また死に損ないましたよ。まぁ、棺桶にするには狭すぎるコクピットですがね」

「もう! 相変わらず馬鹿ね」

 藤嶋は音声のみの通信で、喜びが隠しきれない表情が相手に見えないことに感謝した。


「それで、宇宙巨獣誘導装置で残りの宇宙巨獣をすべて誘導し、そのまま亜空間に引きずり込んで遠方宙域にワープアウトする作戦、というところですか?」

「え、ええ… 装置を積んでいるのもこの艦だけになったし…」

 これまでの戦闘で亡くなった多くの戦友を想うと胸が張り裂けそうになる。


「いくらロボットオペレータにサポートさせるといっても、たった一人で操艦も含めてすべてこなす気ですかい?」

「コンピューターの試算では、成功確率が18%『も』あるわ!」

「やれやれ、士官学校時代から変わらんですな、無茶な作戦を立てるところは」

「この宙域にこれ以上奴ら居ると、地球の存在に気付いてしまうわ。そうなれば、奴らは一斉に地球に向かってしまう。もう時間がないのよ!」

 藤島は、長い髪をかき上げながら窓からの戦友たちの残骸を改めて見た。


「だからって、誘導装置を起動したままワープインすれば、宇宙ジャイロセンサーがまともに動作せず、方向を見失って亜空間で迷子になることくらい、士官学校を首席で卒業した方が気付かないはずがない」

「それは…」

「ワープアウトしない気ですね。最初から宇宙巨獣ごと亜空間に道連れにするつもりで。自分のみ艦に残って他の乗員は脱出させたのもそのためですか」

「もうこれ以上、誰も失いたくないの…」

「艦隊旗艦『阿蘇』が轟沈しましたね。俺達の同期の遠藤が艦長を務めていた…」


 士官学校時代に、藤嶋と斬風、そして遠藤を含めた3人はそれぞれ操艦技術や戦闘機操縦で数々の優秀な成績を収めており、卒業後の艦隊内でも有名な「船乗り」であった。


「死に損ないの俺から名案があります。俺の戦闘機『オーバーターン5』を艦隊先端にドッキングしましょう」

「どういうこと?」

「こいつには特別製の宇宙ジャイロセンサーが搭載してあります。これなら霧島の『眼』になりますよ」

 通常の戦闘機は、母艦からのセンサー情報を連携してもらうのが一般的である。

「そうだったわ、『オーバーターン5』は天才エンジニアと呼ぼれたあなたのお母様の最高傑作ですものね。分かったわ、ドッキング準備!」

「了解シマシタ。ドッキングヲ開始イタシマス」


 ドッキングを無事に終えた戦艦と戦闘機は、即座にワープインする。

 艦橋の窓からは、遠近感の消失した七色の光の渦が見えていた。

 狙い通りに宇宙巨獣を亜空間に誘導することに成功していた。


「誘導している宇宙巨獣の残機数を確認した。木星領域にはもう一匹も残っていないな」

「了解です。ここまでは順調ね」


 ピーピーピー


 少し緊張感が和らいだ矢先に、緊急アラート音が艦橋に響き渡った。


 ロボットオペレータが、無感情に状況を伝える。

「宇宙巨獣誘導装置ヨリ異常信号ヲ検知シマシタ」

「何ですって!」


 すぐさま手元のモニターでアラートメッセージを確認する。

「熱暴走ですって? 冷却装置が作動していないんだわ」

 藤嶋には思い当たる節があった。「土星絶対防衛戦」で敵の体当たり攻撃を誘導装置付近に受け、大規模な損害を受けていた。

 もちろん万全の体制で修理、点検したつもりではあったが、やはり人手が足りていない戦況下ではしかたがない事態か。


「どうした、何があった?」

 艦橋の状況が見えないコックピットの斬風からである。

「装置の冷却装置が作動していないの。このままでは熱暴走して最悪、爆発する危険性があるわ」

「なに!」

「大丈夫、今なら誘導装置をオフにして我々だけワープアウトすれば、宇宙巨獣だけ亜空間に置き去りにできるわ」

「それはそうだが、そんな操艦技術が…いや、いらぬ詮索だったな。士官学校時代の数々の模擬戦で奇跡のような操艦を見せてきた『月面の魔女』には」

「あら懐かしいわね、その呼び名。まあ、見てなさい」


 藤島は、士官学校の無茶ばかりしていたあの頃の自分を思い出していた。

 地球防衛軍の長官を父に持つ藤島は、子供の頃から立派な父に恥じないようにと無理な行動ばかりしていた。平凡な才能しかないのだからと、徹底的に自分を追い込み、時には命の危険にさらされることまであった。

 それも思いも、士官学校を首席で卒業し、父から笑顔で祝辞を受けた時にはどこかへ消えていた。


 藤島はワープアウトの準備と並行して、誘導装置をオフにするタイミングを図っていた。

 ワープアウトするまでは18段階の操作が必要となる。誘導装置をオフにしても、実際に誘導効果が切れるまでにはタイムラグがある。18段階目の操作の1.2秒以内に誘導効果が切れる必要があり、タイミングは極めてシビアだ。


「大丈夫、『土星絶対防衛戦』の時ほどではないわ…」

 思わず息を止めそうになるが、すぐに深呼吸して息を整える。手の緊張を次第に和らげていく。


「誘導装置、オフ!」

 そして、タイミングを計る。

「ワープアウト!」

 七色の光の渦が消え、通常空間に戻り始める。

 艦橋の窓から地球の姿が見える。


 藤島は、すぐさまモニター類をチェックする。

「よし、すべて正常値内。ワープアウトは成功だわ」


 安堵した藤島の声をかき消すかのように、斬風の音声がスピーカーに入った。

「敵機、直上、3000!」

 センサーが回復していない「宝永」だが、艦橋の窓からそれを目視できた。


「嘘! ありえない!!」

 そこには、超巨大宇宙巨獣が姿があった。


「こいつは、『マザーシップ』だ! 宇宙巨獣どもの母親だ」

「どうして…」

「おそらく誘導装置に掛かった振りをしていたんだ。だから装置をオフにしても無関係に一緒にタイムアウトしてきたんだ。まずいぞ、奴の体内には数億体の巨獣の幼体がいるはずだ。このまま地球に向かわせるわけにはいかない」

「私、とんでもないことを…」

 藤島は、あまりの事態に顔を覆った。


「さってっと、次は俺の出番だな」

「宝永」と「オーバーターン5」のドッキングが解除された。


「斬風大尉、何をする気?!」

「こいつの特別製エンジンを臨界まで上げて暴走させる。そして、『マザー』のコアに特攻ブッコミをかけるだけさ」

「止めて、あなたまで失いたくないの!」

「地球に帰ったら、イイ男でも見つけて幸せになれよ」

「待って、丈一郎ぉぉ」



「霧島」を離れた斬風は、過去に一度も起動したことがなかった「緊急突撃モード」のスイッチを入れた。

 マニュアルの説明では、エンジンを臨界まで上げることができ、ただし、18秒間だけの利用可能とあった。それ以上の時間を過ぎるとエンジンが暴走し、やがて爆発するはず…


「ちょっと、カッコつけすぎだったな。昔からアイツの前では…」

 エンジンの臨界を告げるメッセージの後、突然、音声メッセージが流れ始めた。


「「丈一郎、この装置を起動したということは、危機的な状況にあるかと思う」」

「お、親父?」

 突然流れ始めた、亡き父の音声に驚愕した。


「「この『オーバーターン5』はお前の母さんの最高傑作だ。このまま臨界を続ければお前の想定通りに暴走し、やがて爆発する。だが、それを阻止する方法が一つだけある」」

「何だって?」

「「それは『愛』だ」」

「は?」

 あまりに今の状況に合わない意外な言葉に間抜けに聞き返してしまう。


「「お前の愛、そしてお前への愛、その2つが合わさった時に、この戦闘機は無敵となる。それを忘れるな」」


 一瞬呆然とした斬風だが、なぜかすぐさまマイクを取った。


「藤島、お前を愛している!!」

「ええぇぇぇ!?」

 突然の連絡に加えて、あまりにも状況にそぐわない想定外の言葉だった。

 だが、不思議と答えが導き出された。

「私も、ずっと愛してました…」

「う、しゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 突如、「オーバーターン5」が紅蓮の炎のようなエナジーに包まれた。


  最終絶対突撃モード「フェニックス」


 『愛』の炎に包まれた亜光速の戦闘機が、「マザーシップ」のコアを目掛けて行った。




「あれ、俺はどうした、んだ?」

 コアを破壊したところまでは記憶がある。


 そして、今は何故か藤島に膝枕されている。


「本当に馬鹿ね、丈一郎は…」

 霧島の長い髪が、斬風の上にゆっくりと重なっていった。


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いきなり最終話「紅蓮の戦闘鬼よ、永遠に」 ろくごう @rokugou

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