第18話

「この勝負には必勝法がある」


エアホッケー台を前にはっさんがぼくに言った。「必勝法って、パチンコの架空広告じゃないんだから...!」「おもしろそう!是非聴かせてください!」


田中がはっさんの話に首を突っ込んできた。やれやれ、みんな事の重大さを理解していない。


何度も言うようだが、この勝負にぼくと田中が負けると体育館の使用許可どころか綾香先パイをバスケ部に取られてしまうのだ(しかも不純な動機で!)。


「すず、エアホッケーなんて小学生以来です。てか、このタマ打ち返すヤツ、なんか卑猥な形してますね...!」


親指と人差し指で輪を作り、マレットの先端を上下に滑らす田中を見てタクがツッコミを入れる。「無機物相手にヘンな手の動きすんなっつーの...」



「モリア、これから言う戦術はお前の卓球スタイルにおいても重要になってくる。よく聴いておけ」


ぼく達は円陣を組むように丸くなってはっさんの必勝法に耳を済ませた。



「ホーホッホ!遂に長かった3本勝負にケリがつくわね!さっさと始めましょうよ!ホモ卓球部!」


「オラオラ、ホモ共おせーぞ!ビビってんのー?」


バスケ部達が作戦会議をしているぼく達を煽る。「...以下の通りだ。やれるか?田中?」「はい!出来るかどうかわかりませんが、とにかくやってみますっ!モリアさんのためですからね!」


「気色悪いこと言うなっつーの!」「頑張れよモリア!たくさん練習して全国大会、一緒に行こうぜ!」


タクが本来の目的を思い出させてくれる。よし、迷いは消えた。ぼくは顔をぱん、ぱん、ぱんと3回叩くと意気揚々とした表情の田中を携えてホッケー台の前に向かった。



「はい、ルールは7点先取の一本勝負ー。勝っても負けてもこの1番であります。それでは吹奏楽部の皆さん、お願いしまーす」


司会のマツ部長が音頭を取ると観客席の吹奏楽部がバレーボールの応援のようなチャントを奏で始めた。太鼓の三三七拍子が実に心地よい。


「それでは先行は...バスケ部チームね。3本勝負の3本目、エアホッケーバトル、スタート!」


マツ部長がパレットを空気の浮き上がったコートの上を滑らせ、運命の勝負が幕を開けた。


「うおらー!くらえモリア!オレの恨みの一撃を受けてみろー!!」


予想通り神谷が前に出て強烈なスパイクを放ってきた。それをぼくがマレットで弾き返す。


「くっ、打球が重いな!」プラスチックのマレットが震え、手が痺れるのを感じる。「休んでるヒマはないわよ!」


間髪いれずに里奈が続けざまに攻撃を仕掛ける。「田中!」「はい!です」田中がその打球をはじき出す。


「オラオラ!チャンスボール!」


「おいおい、お前ら何やってんだ!相手に好きなように攻めさせてどーすんだよっ!」「いいんだよ、これで」


焦り出すタクを見てはっさんが不敵に微笑むのが見えた。



ガチャン!パレットがゴールに吸い込まれる音が響く。


「おい、なんか流れ変わってねーか?」「はい、本田、田中ペア、マッチポイントー。勝利に向けリーチがかかりましたー」


「モリアさんっ!ペアですって!ペア!」「便宜上そう呼ばれてるだけだ!チョーシにのんな!」「しょぼーん」「試合中に落ち込むな!」



「ちっ、アイツらカメみてーに引きこもりやがって...」



「フレ、フレっ、神谷、フレ、フレっ、小松!ワー」


「小松って呼ぶなー!」


里奈が野次馬と化した外野に憤る。すばるが冷静に事の成り行きを解説した。


「はっさんの言った通りですね。エアホッケーで重要なのはディフェンス。モリアさんとマネジさんがパレットひとつ通らない分の間隔でマレットを並べ相手の打球をブロック。そして相手が前に出たスペースを狙って得点を重ねる」


「すげー、あのふたり、息ピッタリだー!」


「すばる、ケンジ。おまえ達もダブルスペアだろ?ふたりのプレーをよく見ておくといい」「ハイ!」


「さすがはっさん!エアホッケーの必勝法を知ってるなんてスゲーや!よっ!森の賢者!」


「...タク、それは褒めて言ってるのか?」



「おい、どーした神谷ー!」「このままじゃ三菱さん取れねーぞ」



「うっせー!今どうやって勝つか考えてんだよ!」「はっ!試合の最中に勝ち方を考えてるなんて、もう勝負見えてるな、神谷!」


「ちっ!モリア、元はといえば全部おまえのせいだかんな!」「何の事ですかー?」「くっ、ムカツク」



「逆だったかもしれない」「えっ?なんだって?」


対面していた里奈が小さく呟いた。「行きますよ!」田中が勢い良くマレットを振り、パレットをはじき出した。


「俺が導き出した答えはこれだー!くらえ!ジグザグサンダースマッシュ!」


「あれは!」すばるがガタっと音を立てて前に出た。「パレットを壁に当ててふたりの間を抜けんとする予測不能の打球!我の呼ぶ処の空裂雷神撃くうれつらいしんげき!」


「ああ。エアホッケープレーヤーが一度はやるであろう、苦し紛れのプレーだ」


「てか、すばる。急に中ニモードに戻んな」「クク・・良いものを見れる」


「来るぞ...あれ?」「ちょっと、あんた何やってんのよ!」


勢い良く振りかぶったマレットがてのひらから抜け、神谷の持っていたマレットがコートを滑り、コースアウトした。


目線をそれに取られた里奈が田中の放ったパレットを見失い、トロトロとした打球がバスケ部ゴールに吸い込まれた。



がこん。その瞬間、長かった『夏の大会に向けて、体育館オールで使いたいから貸してくれんかね?バトル』に終止符がついた。


はっさんが意味深に目をつむり、タクとケンジがオッシャー!と拳を作り、綾香先パイが胸を弾ませて飛び上がった。


「やりましたねっ!モリアさんっ!私達の勝利ですっ!」「ああ、やったな」


田中と小さくハイタッチを交わすと「始めての共同作業は上手にできましたね?」とニヤケたのでそのまま頭上へ垂直チョップをかましてやった。



「ちょっと!こんな勝負認めないわよ!」


勝負に負けた里奈がぼくらに食い下がる。「おい、小松もういいって」「こいつらこんなにやる気なんだぜ。体育館、譲ってやろうよ」


「そうだよー楽できるしー」


バスケ部員達の里奈をなだめる声が大きくなる。「なによ!合宿のとき、『今年の大会は頑張ろう』って約束したじゃない!あれは嘘だったの!?」


「いや、嘘っていうか、その場のノリっていうか...」「里奈、勝負は勝負だからさ。おれ達は限られた時間で練習しようぜ」「そうしよー」


「~~~~」


里奈が顔を真っ赤にしてくちびるを噛み締める。「あのさ、小松」ぼくは里奈にずっと思っていた事を訊ねた。


「なんでおれ達卓球部を目のカタキみたいにして食ってかかってくんの?もしかして田中になんか恨みでもあるとか?」


「そ、そんなんじゃないわよ!」「小松ちゃんは私怨で喧嘩をふっかけてくる人ではありませんよ」


「小松って言うな!オタク女!......わかった!わかったわよ!本当の事を言うわ!一度しか言わないからよく聞きなさいよ!」


「なんだなんだ」バスケ部員達が聞き耳を立てるように集まる。里奈は両拳を握り締め、思いったったように深呼吸をするとぼく達に向かって言い放った。


「私もBLが好きなのよ!!」体育館の時間が止まった。いや、まじな話。


「普通、ボーイズラブとかオタク趣味なんて人に隠して生きていくモノじゃない!なんであんたは!そんなにも堂々としてるのよ!!

わたしいつも思ってた。自分の好きなモノを人に打ち明けて、からかわれて!みんなにバカにされるのがあんたじゃなくてわたしだったかも知れないって!

あんたみたいな日陰者が自分の趣味をあっけらけに人に見せるのが許せなかったのよ!だから、だから...!」


「いいんです。小松ちゃん」田中が小松里奈の肩を抱いた。


「みんな、私になればいいんですよ」「はぁ......」


体育館の中に生暖かい空気が流れた。吹奏楽部がノー天気に『タイタニック』のテーマを奏で始めてる。



「へっへーん!体育館は渡さないぜ!無し!今の勝負なし!ノーカンだ!オレはバスケ部に戻ってみんなと一緒に練習するんじゃー!!」


そう言うと神谷は二階の観客席に上がりこっち側に尻を向けた。


「えっ、いやちょっと!」「キャー、何やってんのよお!」「へへー!鬼さんこちらー、屁の鳴る方へー!」


神谷がショーパンを下げ、ケツを出してこっちを挑発してきた。


「なんて汚い尻なんだ」はっさんが呆れたように声を漏らす。「えっ、てか男子ってあんなところに毛、生えんの?」泉先パイが興味ありげにタクに訊ねた。


「やれやれ、約束を守らない悪い子はおしおきしてあげないとね」


マツ部長がニッコリ笑い、ラケットとピン球を構えた。


「穀山中の卓球部に、鬼が出るって噂、知ってるかい?」どっかの漫画で聞いたような台詞をささやくと部長をピン球を放り投げ、神谷の汚れた尻めがけてきれいな軌道のドライブを放った。


「ほーれ、ほーれ...アッーーー!!」パチーン!という打球音が体育館に反響する。絶叫のあとケツだけ星人は墜落するUFOの動きさながらに視界の隅から消えていった...



「ふう、これで明日から週6での猛練習が始まるのかー」「タク、この俺がしっかりしごいてやる。覚悟をしておけ」


「あの、初台先パイ。しごくとは、どっちの...?」「あ、あの!」


里奈が妄想を広げる田中に声をかけた。


「わたしも卓球部に入れてよ!」「はぁ!?」突然の里奈の言葉に声を失うぼく達卓球部。


「あんな事言っちゃった手前、もうバスケ部でマネージャーなんて出来ないし...」


「そうだよな...男子の輪の中であのカミングアウトは...」「いいですよ!是非!」「おい田中!勝手に決めんな!」


涙ぐむ里奈の肩に手を置いて田中が目を輝かせた。


「わたしと一緒に日向者になろう!小松ちゃん!」「田中ちゃん...!うええーん!」


泣きながら背の高い里奈が小柄な田中に覆いかぶさるように抱きついた。それを見ていた綾香先パイが涙を拭った。


「女同士の友情って美しいねー」「てかあのふたりなんで苗字で呼び合ってるんすか...?」「男子だってそうでしょ?一緒だよー」


「そんなモンすかねー?」



そんなこんなで小松里奈が卓球部4人目の女子マネージャーになり(多い!)ホモ卓球部が夏の体育館の主導権を握ったのである。


しかし、この件がきっかけでぼく達ホモ卓球部に亀裂が走るのは必然、ではあったけどまだまだこの時は知るよしもなかったのである。

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