第15話

ぼくが体育館の入口で声を張り上げると、オールコートで練習していたバレー部と隅の方で柔軟体操に取り組んでいたバスケ部員達が一斉に振り返った。


月曜日の体育館の使用状況はバレー部がオールコートで練習という予定にはなっているが、バレー部の部員数が元々少ないという点とやる気のない生徒が多いことから、現状はバスケ部との共用という事になっている。



「お、なんだよモリア。差し入れでも持ってきてくれたのか?」2年のバレー部員、山岡がビブスの袖で顔を拭ってぼくに微笑んだ。


彼はバレー部の副部長で、3年生が練習をサボっているため彼が現場での最高責任者となっている。


「根津センセイから報告!これから月曜日、バレー部は練習休み!」「まじで!?」「えっ?それホントかよ!?」「いやっほー!」


困惑した表情を浮かべた山岡の後ろで他の部員達がネット越しにハイタッチをかました。ビブスを着ている部員達は全部で8人。


やはり皆この状況で練習を続けている事に違和感を感じていたようだった(そもそもゲームをするのに人数が足りない)。


部員達の反応を見て山岡はがっくりと肩を落としてため息をついた。


「やっぱりそうかー。このままじゃ練習してても意味ねーもんなー。根津っちが言うならしょうがねーや。おい、おまえら、ポールとネット、片付けんぞ」「ハイ!」


元気のいい声で1年生達が駆け足でバレーのネットを外し、ポールを外し始めた。ぼくはやる気のある山岡の姿を見て胸の奥がキリキリと傷んだ。


「ごめんな。山岡」「はは、いいって」


ぼくが謝ると山岡は気丈に微笑んだ。


「3年がいねー月曜日に練習でて根津っちに気に入られようと思ってたけど、『それってフェアじゃねぇな』ってずっと思ってたんだ。

これからは3年連中と一緒に練習して正々堂々とレギュラーを勝ち取ってみせるぜ!」


「そ、そうか!がんばれ!」こんなバカみたいな言葉しか返す事ができなくて申し訳なかった。でも、自分達が練習するため。ここは心を鬼にするしかない。


ぼくはギュッと奥歯を噛み締めた。



「おい、なんだ」「オレ達に用があるんじゃないのか?」


奥の方からバスケ部員達がこっちに歩いてきた。ぼくは気持ちを固めて彼らにこう提言した。


「バスケ部の方々!お願いがあります!土曜日と水曜日、オールコートで練習させてください!!」



「はぁ!?」「なに言ってんの!?」大体予想した通りのリアクションが帰ってきた。ぼくはその後に続く理由を述べた。



「全国大会に出るために練習場所が必要なんだ!オレ達卓球部は9月のゼンチューに出るために全員必死で練習するつもりでいる!

だからやる気のあるオレ達卓球部に場所を譲ってほしいんだ!」


バスケ部員達にどよめきが起こる。「よく言ったモリア」タクがぼくの肩をポン、と叩く。



「そんなこと言ったってさぁ、」部員達の動揺を裂くようなコツ、コツ、という靴音が人ごみの奥で響く。


その発信源はモーゼの様に人の波を破ると、ぼくらの前に姿を現し、長い金髪をひるがえしてぼくたちを藍色の瞳で見下した。


「そんな事急に言われて『ハイ、わかりました!』なんて納得出来るワケないじゃないの。ウチらだって3年部員は夏の大会にかけてるモノがあるんだし。

合宿の打ち上げで約束したわよね?全員で『地区大会1勝をあげるため頑張ろう』って。アンタ達もあんな事言われて固まってるんじゃないわよ」


「あ!小松ちゃん!」「チッ、苗字で呼ぶんじゃないよ!オタク女!」


田中に呼ばれて髪を振りほどいた背の高い女の子はバスケ部の女子マネジャー、小松里奈だ。



彼女はギャル系のお嬢スタイルというどっちつかずのファッションで、制服姿で部員達のマネジメントにあたっている。


1年のとき、田中と同じクラスだったようでオタク趣味の田中を見下している傾向がある。


「あら、どっかで見たグリグリ眼鏡だと思ったら田中サンじゃない。もうとっくに卓球部なんか辞めてアニ研にでも入っているモノだと思っていたわ。

まだ、ああいうふしだらなマンガを描いてるのかしら?」


「ふしだらなマンガって、お前まさか...」

「はやっ、も、もしかして『双剣のフェイクサー』の事ですかねっ!?」


ぼくが訊ねると田中は顔を真っ赤にしてぼくの後ろに引っ込んだ。里奈は愉快そうに笑みを浮かべた。


「そうそう!確か主人公の魔法使いが性行為で魔力を回復するマンガだったわよね!?

『あんなフケツなマンガ描いてる女子なんてみんな無視しよう』ってすごい騒ぎだったわ!そんな女がずいぶんズケズケと私の前に顔を現したものね!」


「ああ...恥ずかしい、恥ずかしい...」


田中はしゃがみこんで自分の頭をポカポカと叩き始めた。なんだか可愛いぞ、田中。ぼくは田中のつむじを見ながらにやけてしまった。


「オイ、大丈夫かー?思春期にありがちな痛々しい失敗談だろー?そんなに気にする事ねーって」「違うんですっ!そうじゃないんです!」なだめるタクに田中が飛び上がった。


「今時、性行為で魔力回復なんて、安直過ぎますっ!私は作者として安牌を掴んでしまった事が恥ずかしいっ!

アレは性痕セックシードを自らの欲望や願望で埋めて魔力の治癒を図るという形式にすべきでしたが、私の経験の浅さ、想像力の欠如によってあのような単純回路の作品になってしまったんですっ!

発表する前に私の手で供養すべきだったのでしょうが、クラスメイトに見られた興奮もあってか、その日の内に投稿サイトにアップしてしまいました...

ああっ!『フェイクサー』!その単語を聞くだけで今も胸が痛みますっ!!」



「意味わかんねぇ...」


「ホーホッホ!とにかくそこの子は心が折れてしまったようね!どうするの?それでもまだ私達バスケ部に交渉する?」


「くそ、きたねぇぞ!」ぼくは少年漫画よろしく、こんな事を言ってみたが、最初から田中の事はどうでも良かったので話を進める事にした。


「ぼくたち卓球部と勝負をしましょう」「勝負!?」



☆モリアが出した勝負とは...? 続く!!

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