第11話
「ゲームカウント3-0!シングルス1、港内中、勝利!」「くっ」
「あー、負けちゃったか...」
港内中の練習試合、一試合目、先鋒で戦っていたタクが審判のフエを聞いてがっくりと肩を落とした。
「ぬああああああん!負けたもおおおおおおおん!!」「うっせー!変態カントク!」
試合中ずっと変顔をしてタクを煽っていた相手の茸村カントクに言い返すとタクはベンチのぼく達に振り返って謝った。
「ワリ。勝てなかったわ...後を頼む」「ああ、任せとけ」ぼくは汗まみれのタクの手を取った。
熱戦での緊張と負けた責任感からドッ、トっと素早い動脈のリズムが手のひらから伝わってくる。部長のマツ先パイがみんなの方を振り向いて言った。
「みんな、『負けちゃった作戦 Z 』に変更」「ハイ!」
「な、なんすか!?その作戦!オレ達聞いてねぇーっすよ!!」
「あー、1年組は今日が始めての練習試合だったんだよね」立ち上がってキョドるケンジとすばるを見て泉先パイが微笑んだ。
「初体験...それは誰しもに訪れる甘美なる一大イベント...ここはマネージャーであるすず達が、チュートリアルよろしく、このセカイの卓球の対抗試合のルールを説明しなくちゃですよね?泉先パイ!」
「そ、そうね。いすずちゃん...」「フフ...くーじゅー、えくすぷれーん」「説明、よろシャース!」
こうして試合中にもかかわらず、田中いすずと泉はるのマネージャーによる練習試合の、つーか卓球のルール説明講座が始まった。
「シングルス第2試合、両者、前へ!」「よろしくお願いします!」「こちらこそ!」
「わわっ初台先パイの試合が始まるっすよ!」
「では初台先パイの試合をモデルケースにルールを説明していきますねー」
「卓球発祥の地はイギリス。今から約100年前に床やテーブルで、ゴムやコルク製のボールで遊んでいたのですが...」
「モリア先パイ。そのハナシ、ゼッテー長くなると思うんでやめてもらっていいっすか?」「左様...」「モリちゃん、悪ノリはいけないよー」
「えっ!?まずは卓球の歴史から学んだ方がこいつらに取っていいと思ったんですけど...」
親切心で浅知恵を披露しようとした結果、空気が読めないヤツみたいに思われてしまった。『今のボケよかったですよ!モリアさん!』そんな風に親指を立てた田中が説明を続けた。
「まずは競技の始め方から教えますね。相手と握手、または挨拶をしてジャンケンかトスで最初のサーブを打つ人とエンド(卓球台のどっち側で打つか)を決めます」
「おお!礼に始まり礼に終わるってヤツっすね!」「レディ!ラブオール!」「...あれは何を示す『 信号 -サイン- 』なのだろう?」
「主審の『レディ』の合図で競技の能勢に入り、「ラブオール(0対0の意味)で試合を開始します!」
サーブ権を得た初台先パイがピン球を放り上げ、ラケットをそれにこすりつけた。
「サービス(サーブのことね)は2本ずつで交代します」
相手がサービスをレシーブし、その打球を初台先パイが思いっきり振り抜いた。
「シャアッ!」その打球を相手が打ち返す事が出来ず、卓上で初台先パイが力強く拳を握り締めた。
「コートに入った打球を打ち返せなかったら相手の得点になります。ちなみに今のは3球目攻撃って言いまして、卓球における基本戦術になります。
サービスの打球が1球目、レシーブが2球目、スマッシュを打ったのが3球目、という数え方で一番得点をしやすい戦術パターンになります」
「おし、じゃあその『3球目攻撃』ってのをどんどんやってけば勝てるって事っすね!マネジさん!」
「ええ、まあ。でも相手もスマッシュを打たせないように利き手と逆方法に打球を返してきたりしますんで、そのへんの駆け引きが重要になってきます。
ピン球を打ち合う肉弾戦だけでなく、相手の思考を読む心理戦もある...これだから卓球は面白い!そうですよね!泉先パイ♪」
「あっ、うん。そうだね」泉先パイはテーブルの上を飛び跳ねるピン球を目で見送っていた。泉先パイはそれほど卓球に興味がなく、『生徒の部活動は強制加入』という学校の方針からただなんとなく卓球部のマネージャーになっただけなのだ。「さて、試合の方はどうなってますか...ね?」
ぼく達が卓球台の目を戻すと初台先パイが強烈なジャンプスマッシュを相手コートに決めていた。「おお!すげー!」ケンジが思わずベンチから飛び上がる。
「ゲームトゥ穀山中初台、11ー7!」「ワンゲーム先取ー」
おー、と興奮したように、ほっとしたようにぼくらホモ中のなかで安堵の声があがる。
「ゲームは11点先取で3セットを奪った時点でその試合の勝者が決まります。今、初台先パイが1ゲーム取りましたから、あと2ゲーム取ると初台先パイがこの試合の勝者、という事になります」
「やっぱ初台先パイはつえーな」頭からタオルを被ったタクが試合を見ながら呟いた。
「あの人、体の筋肉すごくね?なんか、波動球とか打ちそうなカンジしね?」
「タク君、それは乙女のバイブル、『テニスの王子様』の登場人物が使用する必殺技の事ですか!?」
「主に薫りががってる女子の皆さまに人気の漫画ね...」「それ、私も知ってるー。108式まであるやるでしょ?煩悩かってのー」
「はっちゃんは脱ぐとすごいよ。特に腹斜筋が」「そうっすよね、部長!オレもああいうマッチョな先パイに憧れるっす!」「ケンジはタッパがあるけど横が細いもんなー」
ぼくらがこんな話をしているウチにも、初台先パイは押し気味に試合を進め、このゲームも制した。
「あのー、マネジさん。オレ達がやるダブルスってのはシングルとはなんか違うんすか?」
「ダブルスのルールですね?基本的な流れはシングルスと同じですけど、主な違いは2つあります。
ひとつはサービスはセンターラインの右半分から相手コートの右半分に入れます。もうひとつは各組同士、必ず交互に打たなくてはいけません。
今回だと、スバルくんが打ったら、次はケンジくん。くるくる入れ替わりながら打つ形になります」
「まじかよ!そんな練習してきてねーっつの!」
「入れ替わっている合間にバターになって溶けてしまいそうだ...」
「フフ...入れ替わりこそダブルスの最大の醍醐味!どちらがスマッシュを打つのか逆算して作戦を立てる事も重要となってきます!」
「すごーい!卓球ってそんなに頭使うスポーツだったんだ!単純回路のアタシには無理だ。たはは...」「ひょっとして、ルールも知らずに2年間マネージャーしてきたの?泉先パイ?」
「うっさいな!タクよりは卓球詳しいっつーの!」
「あの、ルールがわかったところで、ひとつ質問なんすけど?」
イチャつくタクと泉先パイを横目にケンジが控えめに手を挙げた。
「さっき、部長が言ってた『負けちゃった作戦 Z 』っていうのはなんすか?」「あー、それはだな」
ぼく達はおかしくてベンチで仰け反った。
「先鋒のタクちゃんが負けたからみんなで頑張って3つ勝とうねって作戦」「意味あるんすか!?その作戦!!」
「タクはいつも試合に負けて帰ってくるからな。この『作戦 Z 』が常に適用される」
「そこ!オレが気にしてるこというなっつーの!」タクがラケットでぼくの頬をついた。
「団体戦は5試合あって3試合とればその学校(チーム)が勝利になるんです」
「今日は練習試合だから決着がついても5試合目までやると思うけど」
すっかり鼻ちょうちんを浮かべている顧問の竹岡センセを横目にタクが後輩達に言った。パチーン!ぼくらの前をオレンジのピン球が転々と跳ねていった。
「得点!11ー6!ゲームトゥ初台!シングルス2、穀山中、勝利!」
「よっしゃあああ!オレが初戦で勢いづけたおかげで初台先パイがこのゲームとったぁ!!」
タクが初台先パイの勝利を自分のことのように喜んだ。チームの勝利というものは嬉しいものだ。ベンチに引き上げてくる勝者に泉先パイがタオルを手渡す。
「肘の調子はどう?」「ああ、悪くはない」マツ部長と初台先パイが3年ペア同士、短い会話をする。
「シャア!次はいよいよオレ達の出番っすね!」
「フ...真打登場、といったところか...」
「続きまして、ダブルス第一試合、前へ!」「キャー、すばるくーん」「がんばってー」「うお、なんだなんだ」
急に静かだった観客席が急に色めきだした。そう、すばるは女子に大人気なのだ。彼女達を振り返ってハン、とケンジが鼻で笑った。
「おめーのふぁんってのは台所の黒い虫みてーにどこにでもでるんだな」
「フ...雪原に覆われし未開の地へ行けば我を知らぬ者も現れるのではないだろうか」「おめーら、なんの話をしてるんだ...」
「とにかく頑張れよ!ふたりとも!」
ぼく達は声を張り上げて1年生ペアをベンチから送り出した。港内中との練習試合も中盤戦にさしかかろうとしていた。
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