第9話

「へぇ~ここが今日対戦する港内中かぁ」


合宿2日目。ぼく達穀山卓球部は駐車場に停まったバスから荷物を降ろしながら校舎を見て今日の意気込みを話していた。


ケンジが鼻息荒くぼく達に言った。


「俺、練習試合初めてなんスよ!先パイ達はどうすか?なんかこう、コーヨーしてくるモンとか、湧き上がってくる感情はないッスか?!」


「あー、もうおまえ朝から暑苦しいんだよ」


低血圧のぼくが校舎を見上げるととなりにいたタクがぼくを冷やかすようにケンジに言った。


「知ってる?こいつ、去年の練習試合の勝率、7割5分」「まじっすか!先パイ鬼強いじゃないっすか!!」


「おい、タク。適当な事いうなよ」

「でも、先パイ達去年の全中予選、1回戦負けっすよね?そんなつえーのになんでっすか?」


「あー、それはだな...」ぼくは去年の大会1週間前の出来事を思い出した。



「なー、モリア。神谷のヤツ、バク転できるんだってよー!」


練習終わりの体育館、タクがバスケ部の神谷を指差してぼくに言った。「え?まじで?やって見せてよ」「いいぜ」


ぼくが言うと神谷はあらかじめ用意してあったマットに向かって後ろ向きに飛んだ。そしてマットに手を付き、空中で体を回転させるとそのままつま先で足を着いた。


「おー、すごい!」それを見ていた泉先パイ達、女子の歓声と拍手が神谷に注がれる。「どーよ」という顔でこっちを見る神谷に対してぼくは声をあげた。


「それ、バク転じゃない。後方宙返りっていう新体操の技だろ」

「あ?そうなのか、モリア」「だったらなんだよ?おまえ、これ出来んのか?」


難癖をつけられて気分を害したのか神谷がぼくに声を荒げた。「出来る。でもおれが今からやるのはおまえが言うバク転じゃなくてホントのバク宙だ」


「まじかよ!?おめーすげーじゃん!」タクが持ち上げると女子が放つおおー、という声が体育館に響く。


「よし...じゃあ行くぞ...!」


マットの上に立つとぼくは呼吸を整えて両足踏切りで一気に宙へ飛び上がった......


数秒前まで歓声を送っていた女子の声が悲鳴に変わった。


その後、右腕の骨折により大会出場を辞退することになったのは言うまでもない...



「くっそ!試合前にそんな事思い出させんなよ!」「あ、わりぃ」「どしたんすか?先パイ?」


「みんなお待たせー」「アクエリ薄めて来たよー」


ちょうどいいところにマネジャー衆がやってきた。


ぼくとタクは昨日の件で少し気まずかったけど泉先パイに『昨日の出来事はみんなには内緒ね♪』とLINEが来たので自然に振舞うことにした。


「あれ?モリア君どうしたの?私の顔になんかついてる?」


三菱先パイが今日もケンコー的に胸を弾ませながらぼくに訊ねた。タクが「おい、モリア」ってな具合に肘でついた。


「えっと、なんでもないっす。今日も頑張りましょう」

「どしたのモリアくん。変なのー」


みんながぼくを見て笑いあった。


すると先パイの背後から大きな影が伸びて胸が上に激しく持ち上げられた。


「こいつは大きなモニュメント...モミーン!」

「もにゅ?...!...きゃあぁあああぁあああ!!!」


「うお!なんだぁ!」「へっ...変態っ!!」

「お、おいナニやってんだぁー!アンタ!!」


部員達の視線が一気に三菱先パイとその背後の男に注がれる。男は掴んでいた胸を離すとサッと横にスライドしてぼく達を指差してこう宣言した。


「お前らが穀山中卓球部か!ニャンニャンばっかしてそうな面してんな!今日の練習試合、負けないかんな!!」「ちょ、ちょと!」


そう言うと小走りでその中年は校舎に向かって走り去っていった。


「なんなんだぁー?あのおっさん」小柄で浅黒く焼けた顔をしたそのおっさんは建物の影に入るともう一度ぼく達を指差して「負けないかんな!!」と言い放った。


「わかったつーの!」タクが言い返すとマツ先パイが口を開いた。


「港内中の茸村たけむら監督だよ」「カントク?!あの痴漢親父が?」「てか、アレどう見ても教育者にしちゃいけない人だと思うんデスケド...」


「大丈夫、おみっちゃんの仇は俺達が討つよ~」乳を揉みしだかれて恥ずかしそうにしている三菱先パイにマツ先パイが優しい言葉をかけた。


「よし、行こう。でもその前に、日野っぴ」「うはwwww名指しwwwwwwww」先パイが振り返って1年のあたるを指名した。


「日野っぴは昨日のダッシュで最下位だったから別メニューね。キミにはアソコで地獄の練習をしてもらうよ~」


そう言うと先パイは駐車場にある短い階段を指差した。「名づけて『地獄の13階段』!...ってのはどう?」「wwwwwテライミフwwwwwwwwwwwwww」


あたるがニヤけると先パイが練習の見本を見せた。


「こうやって13段の階段をゆっくり歩いて周回するだけ。一回の周回にどれだけ時間をかけてもOK」「うはwwwwww余裕過ぎwwwwwwwまじ天国への階段wwwwwwww」


「おみっちゃん、日野っぴがサボらないか見張っといて~」そう言うと先パイは階段の下にビーチパラソルの張った机と三菱先パイが座る椅子を置いた。


「暇になるとアレだから漫画本とかおいてくっす」「悪いねみんな」「それじゃ、日野あたる選手『地獄の13階段』スタート!」「ひっひっふー...楽勝杉内wwwww」


10秒もしないうちにあたるは階段の上り下りの1周を終えた。「それじゃ、行ってくるね~」


・・・


「いいなー、あたる。あんなの楽勝でしょー」

「いや、俺は無理かな。炎天下でひとり、あんな事続けられないっしょ」

「てかマツ先パイ、あの練習意味あんすか?」


「マツ、あの練習」「ああ、そうドイツのサッカー監督の練習の丸パクリ」


ぼくらの前で3年の先パイふたりがそう話していた。


「最初は楽に思えるかもしれないけで数をこなしているうちにジワジワと疲労が溜まってくる系のヤツ。

俺らが迎えに行く頃にはあたる、ミイラになってるかもしれないね」


「えっ!?あの練習そんなヤバいやつだったんすか!?」「だからいったじゃーん。『地獄の13階段』だって」「この人、鬼だ...」


そんなこんなであたると三菱先パイを残してぼく達穀山卓球部は港内中体育館の重いドアを開けた。



「よろシャース!!」


「うわぁ!びっくりしたー!」


ドアを開けると同時にぼく達を大きな挨拶と眼鏡をかけた短パン集団が出迎えた。


「今日は、一日よろしくお願いします!...部長さんは...?」「あ、オレオレー」


とても中学生とは思えない老け顔の部長がマツ先パイの手を握ると後ろからドタドタと廊下を走る音が響いた。


「こりゃー!お前ら、ワシを置いていくなー!」「...来たよ。置物カントク」


タクが軽口を叩くと顧問の竹岡センセが息を切らせながら体育館の引き戸を掴んで叫んだ。


「穀山中卓球部顧問の竹岡総一郎だー!相手のカントクはどこだー!?」「ちょっと竹岡センセー!」


泉先パイがセンセの背中に手をやるとさっきの痴漢男が頭をひょこひょこさせながら近づいてきた。「あ、アイツ!」


男は竹岡センセを見ると深々と頭を下げてこう言った。


「暑さ厳しき折、我が校ますますご繁栄のこととお慶び申し上げます」


「うお!まともに挨拶できる人だったんだ!」ぼくらが驚いていると「おら!さっさとテーブル用意しろ!」と奥の方から声が響く。


「ハ、ハイ!今すぐやります!」気の弱そうな部員数名が彼の声で倉庫に向かって走っていった。


「わたくし茸村幸之助と申します。本日はよろしくお願い申し上げます」「あい、よろしく」挨拶を終え、竹岡センセが離れた椅子にどっかと座ると相手のカントクがぐるりと首を回してぼく達を見渡した。


「おい!そこのおまえ!」「な、なんだよ...」指を刺されてタクがおののく。「...負けないかんな...」「...もうわかったつーの...」



「おい、向こうの学校女子マネいるぜ」「ホントだ。可愛くね?」相手部員達がウチのマネージャー陣を見てこそこそ言うのが聞こえる。


それを見て泉先パイが恥ずかしそうにジャージのジッパーを引き上げ、田中が自慢げにワンピースをひるがえした。


「フフ。みんなすずの新ウェアに視線が釘付けですね」「いや、おまえじゃなくて泉センパイに熱視線が注がれてると思うんだが...」


ぼくがツッコミを入れるが眼鏡マネは話しを聞かずにステージ横にあったマイクを握り、例の自己紹介を港内卓球部員に始めやがった。


「は~い、プーさん大好き14才!すずしい顔してホットなブレイン!穀山中マネージャー、すずこと田中いすずですっ!」「あのバカ...」


「はーい、ツェーマン大好き41歳!英世も一葉も好きだけど、諭吉さんはもっと好きです!港内中カントク、たけちゃんこと茸村ですっ!」


「な、なんだぁ~!?」「現金寄越せってか(笑)」「ほっとけ!ウォーム続けるぞ!」「う、ウッス!」


一連の流れを無視し、準備体操を終え、ラケットの手入れが終わるとぼく達は体育館一面に並べられた卓球台と港内中部員達に声を張り上げた。


「今日はよろしくお願いします!」「おねやいシャース!!」「ウス!!」


下げた頭を上げるとぼく達はそれぞれに卓球台に散らばった。試合前のウォーミングアップとしてのラリーが始まった。

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