第8話
「ヘイヘーイ!いける行ける!」「あたる、もう一周!」「うげー...」「ほら、ももあげて!」「ウヒャー、無理じゃー」「アッー」
合宿初日の夕暮れの日が沈む頃、ぼく達卓球部は海岸公園のはずれにある神社前の長い階段でダッシュを繰り返していた。
単調な基礎練習だがキツイ。「ほらほらー、みんなタイム落ちてるよー」
泉先パイを含むマネージャー3人娘がぼく達を鼓舞するがぼく達の足はなかなか上がらなくなっていた。「ほほほーい!!」「ギャース!!」「うけけけけ」「ワイワイワイワーイ!!!!」「街を飛び出せピーポーPeople!!」後ろから部員達の奇声が聞こえる。
軋む体に鞭をうとうと気合を入れている、というか野外でこういう練習を繰り返していると暑さと疲労で頭がおかしくなってくるのだ。
「こ・れ・で!終わりだす!」「だすwwwwww」「はい、モリア君ゴール」「うおー、もう、歩けねー」
マネージャーからゴールを告げられるとぼくは真夏の太陽に熱せられたアスファルトの上に大の字になった。
「おい、モリア大丈夫か?」先にゴールしたタクがぼくの太ももを揉んでくれた。タクは異様に足が早いのだ。「あ、ありがと。アッ、そこ、いい...」
ぼくが喉を引き上げると正面からフラッシュをたく音が響いた。予想通り田中が体を密着させるぼくとタクにカメラの照準を合わせている。が、疲れていて怒る気にもなれない。
ぼくはグラビアアイドルの様にカメラの前に体を投げ出してマッサージしてくれるタクに身をゆだねていた。
「はい、あたる君ゴール」「うはwwwww死ぬwwwwww最後まで走りきった俺、まじ勇者wwwwwwwww」「何言ってんの、あたる君最下位だよ」
泉先パイが倒れ込む1年のあたるを引き起こした。「最下位は罰として明日1日別メニューで練習ね」マツ先パイがニヤニヤしながらあたるに宣言した。
「ん、どした?」「おいだいじょぶかよ?」思いったったようにあたるが茂みの方へ駆けていった。「うげぇえええ!!」「...あーあ、やっぱ1年にこの練習はきつかったかー」「そんな事ねーっスよ!先パイ!!」
汗まみれの顔でケンジがマツ先パイに向けて拳を作った。「足、痙攣してるよ?」「うぐ、」マツ先パイに指をさされてケンジがその場にうずくまる。
卓球は地味でオタクのスポーツだと思われがちだが強靭で安定した足腰、それによる巧みなフットワークが要求されるフィジカルスポーツなのだ。
「今日の練習はこれで終了!ほら旅館まで帰るよ!」
先パイが号令をかけるとぼく達はふらふらの足を立てて体を引きずるようにして旅館に向い、夕飯を食べ風呂に入った。
まぁ、すばるが中華テーブルの料理をひっくり返したりとか、あたるが湯船で寝て死にかけたとか、それなりに事件があったけど対したことじゃないんでそのへんは端折る。
「ねー、みんな寝たー?」「寝たー」「寝てマース」「寝てないじゃないか!」「ハハハ」
10時過ぎ。ぼく達は大部屋で布団を敷いて毛布を被っていた。「もー、明日早いんだから今日は早く寝なよー」「わかってまーす」
「...」「...」「.........」
「ショウヘイヘーイ」「...ぷっ」「ぐふふ」「おいやめろよ」
暗闇の中、誰かがふざけて冗談を言い始める。
「ショウヘイ、ヘーーーーイ!」「...ぐはっ」「声上げんな」「ガキの使いかよ」
ぱち、部屋の明かりが着いた。
「ちょっとみんなー、ふざけないでー」
布団の上でマツ先パイが浴衣姿で立っていた。「もー、明日早いんだからさー、早く寝ようっていってるじゃーん」「すいませんでしたー」
ぱち、部屋が再び闇に包まれた。
「...」「...」「.........」「みんな、起きてる?」「...」「...」「.........」
「ぼっくにもだれかをあいせーるーと」「...えっ」「なに?」「そーのてーをかーさねてーしーらーせーて」
「きぼうとーはめのまえにあーるーみーち」「なにこれ?ビーズ?」「ビーズかよ」「どーこかーにいーけるーとしーんじよーぉー」
「あーなたーのすぅべてが、ぼーくの、」「「しょーーーーーーどぅ!!!!」」
ぱち、再び部屋の明かりがついた。
暗闇の中で拳を突き上げていたぼくとタクが殺意の波動に目覚めたマツ先パイに後ろ首を掴まれて部屋の外に追い出された。
「いって、てか犯人タクだったのかよ」「ったく、先パイも頭かてーぜ」ぼくらは浴衣のくずれを直すとタクがぼくに言った。
「昼間言ってた神谷の件だけどさ、行ってみるか?」「アイツ、ほんとにやんのかよ?」「わかんね」「とりあえず行ってみっか」
ぼく達が待ち合わせ場所のエレベーター前まで歩くとその男は居た。
「遅い!おまえら何やってたんだよ?」「何ってビーズ、熱唱してた」
「はぁ?ともかく、三菱さんはどこの部屋にいんだよ?」「えっと、」
ぼくはすこし頭を働かせてニヤケながら神谷に答えた。
「301号室」「おっしゃ!今から行くぜ。三菱さ~ん待っててくれ、いまから迎えにいくからね~ボクの○○をキミに捧ぐぅ~」そう言うと神谷は変な歌を歌いながら鼻息荒くエレベーター横の階段を1段飛ばしで駆け上っていった。
「...おい、301号室って」「ああ、別口で来た報道部の部屋」息巻く神谷の後ろ姿を見ながらぼくはタクに言った。ぼくは三菱さんに特別な感情はなかったけどウチのマネージャーをあんな下品なヤツに汚されるなんて許せなかった。
「301号室にいるのって、学校でも有名なブスがいる部屋じゃねーか」「ああ、WKG、ぽっちゃりマシンガン、死神前歯の通称『ヤバい三連星』と呼ばれている連中が寝ている部屋だ」「おまえなぁ...」
「も、モリアさ~ん」「ん?なんだ?」自販機の後ろから力のない声が聞こえる。「田中じゃねーか、どうしたんだ?」
田中はワイシャツとハーフパンツといった変な格好で真夏だというのにぶるぶる震えていた。
「泉先パイがすっごい怖い話したせいでトイレも満足にいけなくなっちゃったんですよぉ~」
「ああ、『恐怖の蒸しパン』の話か」「あ、タク君知ってます!?」「ああ、知ってるとも。あのラストは衝撃的だった...」
タクが苦々しく腕を組んだ。「おいおい、おれその話知らないんだけど」「...知らない方がいいって」「開けてはいけない扉もあるって事ですよ。モリアさん」
ふたりが珍しく結託してぼくに言った。よっぽど恐ろしい話なのだろう。「あ、そういえば」ぼくはまだ震えている田中を見て言った。
「301号室だけどさ、バスケ部のハッテン場になってるらしいぜ」「ふぉ!?ま、まじですか!?それは!」田中が分厚い眼鏡の奥を輝かせた。
「なんでも部屋の前を通りかかったすばるの話によると中から『キミが好きだと叫びたい』とか『あなただけ見つめてる』とかアヤシイ言葉がたくさん聞こえるらしいぜ」
「そ、それは!今すぐ録画出来る機器を持って検証しなければ!ご報告、ありがとうございました!」「おう」
田中はぼくに向かって敬礼すると鼻息荒くエレベーター横の階段を1段飛ばしで駆け上っていった。
「あーあ、知らねーぞ。おれ」タクがぼくを見てやれやれという感じで笑った。
「就寝時間に女子の部屋に夜這いしてその上証拠まで撮られたら神谷のやつやべー事になんだろ...」
「シラネって。うちのマネージャーを手篭めにしよーとするやつがわりーんだよ」「おまえ意外と性格わりーな...」「あれ、モリア君とタクじゃん。なにしてんのー?」
後ろからタンクトップ一枚の泉先パイが歩いてきた。温泉上がりらしく良い匂いがした。「いや、俺達マツ先パイに部屋追い出されちゃって」「そーなんすよ」
「んあー?声がするけど、誰かいるのか~?」廊下の向こうから影が伸びてきた。「ヤバっ、竹岡だ。二人共、こっち!」「えっ、ちょっと!」
ぼくとタクは泉先パイの導く方に向かって歩いた。そして角の部屋のドアを開けた。
「みんなただいま~」
「あら、本田君と鈴木君じゃない」
「ホントだ~どうしたの~二人とも~」
「こ、これってどういう状況?」
「オッケー。状況を整理しよう。俺とタクは神谷の夜這いの手助けをしようとしたら自分たちが女子の部屋に来ていた。何を言ってるかわからねーと思うが...」
「ちょっと~ふたりとも~あたしにお酌しなさいよぉ~」大きな胸を揺らしながら三菱さんがぼく達の前にコップを差し向けた。
「えっなになに?」「酔ってるの?この人?」豹変した態度をとる三菱さんを見たぼく達に泉先パイが手を横に振った。「いーや。夕飯を団体さんの横で食べてたらお酒の匂いで酔っちゃったんだって」
「やっぱり酔ってるじゃないか!」「お酒飲んだわけじゃないからセーフ」部屋の奥にいたバスケマネの七海さんがぼく達をみて笑った。
七海さんは昼間結っていた髪を解いていて表情も明るかった。どことなく大人びた印象があってぼく達よりも年上に見えた。
「ななみぃ~彼氏いるんでしょぉ~あたし知ってるんだからぁ~」「えっ!?居ないよそんなの!」七海さんが顔を赤くして手を横に振った。
「確かにバスケ部ってウチと違ってカッコイイ子多いよね~」「そんな事ないよ!卓球部にはすばる君がいるじゃない!」「すぅばるぅ?」
三菱さんが頭を振りながら七海さんに答えた。
「あんな予防接種の痕が肩に残ってるようながきんちょのどこがいいのよぉ~みんなすばる、すばるってぇ~」「ちょっと綾香、色々あぶない」
泉先パイが前のめりになった三菱さんを介抱した。「その、なんだ」タクが咳払いをひとつして言った。
「おっとりした人だと思っていたが...こんな一面があるとは思わなかったな」「ある意味、こんな姿を見なくて神谷は良かったのかもな」
「王様ゲーム!!」
なんの脈絡もなく三菱さんが握っていた割り箸をぼく達に向けた。「ちょっと、綾香!」
「王様のいう事はぜったいなのだー!」「...ちょっと、ヤバイふんいきになってないかこれ?」
タクがぼくに耳打ちをした。もしかしてぼくらは中学生としてとても不純な環境下に置かれているのかもしれない。
「じゃ、じゃあさ、王様と1番がチューする、ってのはどうかな?」泉先パイが顔を赤くして提案した。
「王様と2番が抱きつくとか!」七海さんが悪ノリで泉先パイに続いた。「王様とぉ~3番がぁ、プロレスごっこぉ~」「あ、や、か!」「キャー、すごいねーそれ!」
七海さんが後ろに仰け反った。「モリア...」「ああ、わかってる」ぼく達は試されている。オトコとしてどこまでイケルのかを。
「はーい、みんなぁ引いたぁ?」
みんなが三菱さんが握っていた割り箸を一本ずつ取った。取る時に三菱さんの深い谷間を思いっきり覗き込んでしまったがぼくは緊張していてコーフンしなかった。
「おーさま、だーれ?」
ぼくが手を開くと割り箸の先が赤く塗ってあった。「はい、おーさまモーリア!」「王様が、何番と何をするの?」「えへへ、緊張するー」
女の子達がぼくを上目遣いで見つめてくる...「王様と、4番がプロレスごっこ!」「...!」「えっ」「4番、だれ?」
タクがゆっくりと立ち上がった。「おまえさぁ、女子3人いて外すってどういう事だよ...」
ぼくは無言で立ち上がるとタクの肩に腕を通し、足を絡めた。「うおりゃ!コブラツイストゥ!」「うははー、ウケるー!」「いいぞーモリア!」
「痛て!痛てて!!痛いです!助けてくださーい...てか無理だろこれ。間が持たないって!勘弁してくださいまじで」
ぼくらはひと通りプロレス技をかけ終わると満足した先パイ達に見送られ自分達の男子部屋に戻った。
「...俺達なんかすげー体験をしちまったな」廊下の途中、タクがぼくを振り返った。「おまえ、ホントはおれが4番引いてたの、知ってたんだろ?」
ぼくはうなづいた。「なんでだよ。ファーストキスのチャンスだったじゃねーか」ぼくはホントの事をタクに告げた。
「バーカ。そんなのまだいらねーよ。それに俺がマネージャー達とキスでもしたら今後の関係にヒビが入るだろ。
おれはおまえ達ともっと楽しい夏を過ごしてーんだ」「モリア...」
「やっぱおまえはおれの最高の愛棒だぜ!」タクがぼくに抱きついた。「これからも楽しい思い出いっぱい作ろうな!愛棒!」「おう、よろしくな」
パシャ。カメラのシャッター音が廊下に響いた。「うふふ。バスケ部を囮にしてこんなところでイチャつくなんて、ふたり共、やりますね」
「クォラ!田中ァ!」「ヒィ!冗談ですってば!」旅館の廊下に田中の悲鳴が響いた。合宿1日目の夜が更けていった。
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