ドキッ!一泊二日の合同合宿
第7話
「合宿だー!」
部活中の体育館、更衣室の前で初台先パイが声をあげた。季節は移り変わって7月の始め。先パイが合宿だというからこれから合宿が始まるのだろう。
「はい、みんなちょっと集まってー」部長のマツさんが練習を止めて手を叩きながら部員達を集めた。顧問の竹岡センセが咳払いを繰り返している。
「あー、諸君!今週末にバスケ部と合同で合宿を行う!」ヤニ臭い息を吐きながらセンセが歩きながら話を始めた。ぼく達は近くの部員達と話し始めた。
「おー、合宿かぁ」
「合宿、ですか?」
「合宿はどこへ行くんです?」
となりにいたすばるがぼくに聞いた。「どうせ今年も近所の学校と練習試合じゃねーの」タクが頭の後ろで手を組んで気だるそうに答えた。
「去年は森林公園にキャンプに行ったんだ」「おー!なんか楽しそうじゃないっスか!」
ケンジが嬉しそうに両手を握った。ぼく達は1年生に去年の合宿について話す事にした。
「いや、それがさ、2学期のりんかん学校と場所が同じでさ」
「なんで年に2回もあんな何もないところでキャンプ張んなきゃいけねーんだ、って感じだったよな」
「いやー、去年は酷かったよねー」泉先パイが腰に手をあててぼくに言った。
「モリア君が夕飯のカレー鍋をひっくり返しちゃって」「それは言わないお約束でしょ...」
「そうそう!あったなそんな事!」タクがぼくを冷やかしながら笑った。
「初日の練習終わりにさ、みんなでカレー作ってさあ食べよう、って時にモリアが足引っ掛けて鍋落としたんだよな!」
「中身半分くらい地面に落ちちゃって。ほんっとあん時の絶望感はハンパなかった!」
泉先パイが横目でぼくを睨んだ。食い物の恨みは怖いのだ。ああ、ぼくは去年の合宿での出来事を思い出して苦笑いした。
ぼくはみんなと一緒に旅行に行ったりするのが初めてだったからあの時はものすごくはしゃいでいたんだと思う。
「でさ、モリアがみんなから責められて涙目になって、晩飯どうすんだよ?って時にマツ先パイがピザ注文してんの!」
「もー、キャンプのふんいきぶち壊し、って感じだったよねー」
「...今年はそんな事にならないように気を付けます...まじで」
「こら!おまえら!ワシの話を聞かんか!」
壮年の竹岡センセが入れ歯をふがふがさせながらぼく達を注意した。
「初日は湾岸公園で筋トレ、2日目は
「おー、港内中かー」「マツ先パイ、港内中って卓球強いんですか?」
タクがマツ先パイに訊ねた。「港内中卓球部は創立20年を迎える由緒ある伝統校だよ。でも最近は大会でいい成績を残せてないみたーい」
「俺達とは対戦ブロックも違うしな」初台先パイがマツ先パイの言葉を付け加えた。
「港内中ったらバスケ部のほうが有名っスよね、去年も全国行ったみたいだし」
「おー、詳しいじゃんケンジ」「でも他の学校と対戦する事で得るものは何かあると思うよ」
「どうしたんだ、マツ。今日は先パイぽい事言うじゃねぇの」初台先パイが笑いながらマツ先パイの背中を叩いた。
「こー見えてもオレは部長だからねー」マツ先パイが微笑むと竹岡センセがまた咳払いを始めた。
「土曜の12時に向陽駅の北口に集合!遅れたヤツはおいていくからな!解散!」
顧問の竹岡センセの号令でこの日の練習は終わった。そして土曜日の朝がやってきた。
「おーし、みんな集まったかー?」
駅前でバスケ部顧問の松本センセが号令をかけた。
「あ、1年の赤星すばる君が来てませーん」マツ先パイが辺りを見渡してセンセに言った。
「あの野郎、どこで油売ってやがんだ」「早くしないとバス来ちゃうよー」「あ、あれじゃねーか?」
タクが改札を通る人波の中を指さした。ジャージの上に学生服を着てキャスケットを被り、背中に赤いマントを巻いたすばるが意気揚々と歩いている。
「...あいつ、なんちゅーカッコしてんだ...」「おらー、すばる早くこいよー」ぼく達が煽るがすばるは一向に走る気配を見せない。
「ゼロとゼロが混じりし時、この地に救世主-メシア-は訪れん...」
「あーあー、始まったよ。例の中二病」先パイ達がため息をつくと正午を告げる鐘が頭の上で鳴り響いた。
「我、来たれり!」
ピンポーン、カッコ良くSuicaをかざしながらすばるが改札をくぐった。
「よし、全員揃ったな!」「じゃーいこーぜ」「...フ」
ぼく達卓球部10人(マネージャーを含む)とバスケ部20人(くらい)は竹岡センセが運転するバスに大急ぎで飛び乗った。
「おー、合宿だ、合宿だ!」
「UNO誰か持ってきたー?」
「あー!すず、DVDレコーダー持ってくるの、忘れちゃいました!」
「ククク...マクラ忘れた」
「おい、おめーら言っとくけど、合宿つっても聖剣と魔法の国もねーし、桃源郷も男のセカイもねーからな!」
はしゃぐ1年たちを見てぼくのとなりに座るタクが振り返って注意した。タクは遠征のバスの時は大体ぼくのとなりに座る。そしてバスが発進するとぼくはウォークマンを起動して大体おんなじ音楽を聴く。
ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だ。
右のイヤホンからポールマッカートニーの元気の良い声が聞こえてその後に客の笑い声がしてその後にメンバーが「ぼく達はペッパー軍曹の失恋倶楽部バンドです」と自己紹介が続く。
ぼくはこの曲を聴くと「ああ、今回も旅が始まったな」と実感する。ぼくが余韻に浸っているとちょいちょい、と肩を叩くヤツがいる。
「ねぇねぇ、本田」ぼくの苗字は本田だ(みんな忘れてるだろうから今一度言っておく)。
ぼくが振り返ると声をかけてきたバスケ部の神谷がぼくに訊ねた。「なに聞いてんの?AKB?エグザイル?」
「ビートルズのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ヘーツ・クラブ・ベン」
「ビートルズ!?」神谷が座席の上で飛び上がった。
「ロンリー・ヘーツ・クラブ・ベンって、本田くん発音超いいじゃん!」補助席を挟んだ隣の席に座る同い年のバスケ部のマネージャーの七海さんがぼくを見て笑った。
「モリアは中学卒業したらイギリス行くんだよな!?」「こら、タク」
「えー、すごーい!てか本田君、英語の成績上位者だよね?そういえば帰国子女なんだよね?モリアくん!」
「ああ、まあ」「今度英語教えてよー」「かー、もてるねー!親がガイジンだってだけでさー」
「ひがむなよ、神谷...」「ななみー」「あ、呼ばれたからわたし、行くね」
信号待ちでバスが停まると七海さんは声をかけた女子の方で席を移動した。
「なあなあ、おまえら、ちょっと聞きたいんだけどさ」神谷が空いた七海さんの席に座ってぼく達ふたりに耳打ちした。
「おまえらんとこの三菱さんだけどさ、カレシ、とかいたりすんの?」
ぼくとタクは顔を見合わせた。「えっと、そんな話聞いた事ないな」「ほ、良かった」
「あ、おまえもしかしてウチのマネージャーに気があったりすんの?」
タクがからかうと神谷が恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ば、バカにすんなよ。てかおまえら三菱さん見てなんも感じねーの?」
ぼくとタクは再び顔を見合わせた。「あ、そっか。おまえら二人ともコッチだったもんな」神谷が手のひらをアゴにあてた。
「違うっての!」「なんなんだよじれってーな、はっきり言えよ」
「もう、わかったよ。言う、言う。おっぱいだっての!おっぱい!!」「!?」
ぼくとタクは3度顔を見合わせた。
「あの中学生離れしたたゆんたゆんの健康的エロボディ。おまけに低身長にショートカットっていう超優良物件ときてるじゃねーか。おまえら、あの体を好きなようにしたいと思わねぇのかよ?」
神谷は胸を両手で持ち上げるようにして迫真の表情でぼく達に訴えかけてくる。
「そ、そんな事言われてもなぁ...」「俺達まだ中2だし」「トシなんか関係ねぇだろ!キャンタマ付いてんのかオメーらわ!!」
神谷に性に対するアツイ思いが伝わってくる...!「おれ、今夜三菱さんの部屋に忍び込む」
「えっ!?」「おい、神谷やめろ。それはヤバイ。まじでヤバイ」
タクが警告するが神谷は決心を固めるようにくちびるを噛み締めた。
「いーや、決めたね。もうおれの下半身はガラナの実みてーに爆発寸前なんだからよ。あー、おれの初めてが三菱さんなんて!これがデキたら寿命が半分になってもいいぜ!とにかくおまえらも協力してくれよな!」
「まじかよ...」「そんな事言われても無理だって」「かみやー」「おう、今いく」
同じバスケ部員に名前を呼ばれて神谷は立ち上がった。「じゃ、おまえら就寝時間になったら旅館のエレベーター前に集合な。細かい指示はまた現地でだす」
そう言い残すと神谷は去っていった。「バカだなあいつ」「ああ、ばかだな」
ぼくはイヤホンを再び耳に当てるとジョン・レノンのけだるいコーラスを聞きながら今後のハードな練習を想像した。
みんなと遊ぶのもいいけど体力を温存して寝ることにした。
ぼくはバスの車輪の動きに合わせてゆっくりと眠りについた。
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