第5話

放課後の体育館。部活終わりに床のモップがけを終えたぼくとケンジはステージの上に腰をおろしてダベっていた。


その様子を見て着替えを終えたタクも話に加わった。ぼく達3人が馬鹿話をしていると3年の泉先パイがぼく達に近づいて話しかけてきた。


「おつかれーっす」「泉先パイ!おつかれっ!」「お疲れ様です」「ウス」


ぼく達3人が声を返すと泉先パイは不思議そうにぼくとタク、ケンジを見比べて訊いた。


「あんたらふたりとケンジ君、見た目全然タイプ違うけど何がきっかけでそんな仲良くなったの?」


ぼく達3人は顔を見合わせた。「あー、ひょっとしてケンカをふっかけて来たケンジ君をモリア君が説得して仲間にしたとか!」


「そんな安っぽい話じゃないですよ」ぼくは先パイに笑いながら答えた。

「ケンジと初めて会ったのはあの時じゃない?」


「ああ、あの時かぁ」タクが苦々しく顔を歪めた。


「いや、あの事は話さなくていいんじゃないスか?」ケンジが大きな体に似合わず細い声でぼそぼそとぼく達に言った。


「いーや!あたしはあんた達と同じ部活の先パイなんだからその話を聞く権利はあるって!」


「はーい!すずもその話聞きたいです!」めんどくさいヤツが話に絡んできた。

大げさに右手を挙げる田中を見てぼくは舌打ちをした。


「優男のふたりとオラオラ系のケンジ君との間にどんな馴れ初めがあったのか!フツメンと不良の禁じられた関係。不揃いの果実達の危険な欲望は沸点を超えて...!」


「うるせぇ!田中ァ!少し黙ってろ!」「ヒィ!」


「こらこら、同級生同士仲良くしなさい!」

「スイマセン。あまりにも田中が勝手な事をいうもんで...」


興奮して田中を怒鳴りつけたら泉先パイに叱られてしまった。「いいっすよ。話しますよ」タクが観念したように腕組みをした。


「あれは4月の部活終わりの事だった」


タクが語りだすとぼくはその時の事をゆっくりと思い出した。




その日はタクとのラリーが思いのほか続いて夕方の6時過ぎくらいまでぼくとタクのふたりは体育館に残っていた。

汗だくになったジャージを脱ぐとタクがぼくにこんな提案をした。


「なぁ、この辺にいいサウナがある銭湯があるらしいぜ。ちょっといってみねぇ?」

「ああ~いいねぇ!行ってみよっか」


ラリーが101回続いた高揚感でぼくは二つ返事でタクに答えた。「よし、決まりな。じゃあさっさといこうぜ」


ぼく達は更衣室で着替えを済ませると体育館を消灯して玄関で靴を履き替えて下校した。



で、そんなこんなで近くの銭湯にやってきたのだ。


番台のおばちゃんにお金を払うとぼく達はとなり同士のロッカーを開けた。

「こうやってモリアと裸の付き合いをするのもいいもんだな」


「おい、気持ち悪いこというなよ」ぼくは服を脱ぎながら横目でチラチラとタクの体を眺めた。

ぼくはタクの服を脱ぐペースより少し遅く服を脱いだ。


タクが上着を脱ぐとぼくが上着を脱いで、タクがズボンを脱ぐとぼくもズボンを脱いだ。この辺のくだりは友達と風呂に行った事がある男子ならよくわかると思う。


「あ、そう言えば」シャツを脱いだタクがニヤケながらぼくを見て言った。


「おまえのアレ、ビール缶並みなんだって?」それを聞いてぼくは口からビールを吹くように辺りに唾を吹いた。


「どこでそんな事聞いたんだよ?」「去年のりんかん学校」「ああ」


タクの話を聞いてぼくは去年の9月の事を思い出した。


「あれだろ?みんなでしゃせい大会やった時だろ?」

「そうそうみんなで輪になって野外で気持ち良くしゃせいした時のヤツだよ」


タクがパンツのゴムに手をかけて笑う。


「入浴時間におまえと同じ班の吉岡が聞いたってよ。おまえが湯船に入る時ちゃぽん、って音が3回聞こえたって」


「おい、それどういう事だよ?」ぼくが少しムカついて聞くとタクがゆっくりとパンツを下ろした。ぼくはごくり、と唾を呑んだ。


「じゃーん!海パンでしたー!」「ちょ、おま、それは汚ねぇだろ!」


パンツの下に穿いていたタクの海パンを指さして抗議するとタクはしてやったりという顔で腰に手をあてて笑った。


「俺だって最初から練習終わりに風呂に行くって分かってたら海パン持ってくるっての!」

「はは、オレの作戦勝ちって事だな」


タオルを持ってロッカーを閉めたタクにぼくは言った。


「あ、タク。ロッカーのキイだけど手首より足に引っ掛けた方がオシャレだぜ」

「お、サンキュ。その方がシティ派ぽくてカッコイイもんな」


そう言うとタクはかがんで足首にキイのゴムを結んだ。


「じゃ、オレ先に入ってくっから」タクが浴場のドアを開けるとぼくは計画通り、という風にニヤリとした。


さっき俺のアソコを冷やかした仕返しだ。銭湯で足首にロッカーのキイを巻くオトコは「誘ってくれてもオッケーよ」というサインだという事をネットで知った。


どっかのオネェがタクにお灸を据えてくれる事を考えながらぼくは素早くパンツを脱ぎ、瞬速で腰にタオルを巻いた。


浴場のドアを開けると熱気がぼくの体を包み込んだ。湯船がふたつあり、右手に高温サウナ、左手にミストサウナがあった。


ケロリンを手に取ると右手側から「ひぎゃぁぁあ~!!!」とタクと思わしき悲鳴が聞こえた。


最初はスルーしてやろうかと思ったがあまりにも緊急性を求める叫び方だったのでぼくは急いで高温サウナの重いドアを開けた。


「うわ、なんだこれ?」ドアの向こうは湯気でほとんど視界が遮られて熱気立つ異様な空気間がぼくの足を後退させた。


「ち、ちがうって!そんなんじゃねーから!」「ひぎゃぁあ!オ、オレの純潔がぁああ!!14歳にしてこんな所でぇぇえ~!!」「だから違うって言ってんだろ!」


奥からタクが誰かとやりとりする声が聞こえる。


「大丈夫か、タク!」煙の向こうにぼくが声をあげるとその中からタクがすごい勢いで飛び出してきてぼくの胸に飛び込んできた。


「も、モリアか!?助かった~。変なおっさんにケツを掘られる所だったぜ~」

「違うっつってんだろ!このヤロ!」


涙目でぼくに抱きつくタクの後ろから大きな影が浮かび上がった。「ヒェ!追いかけてきた!」


湯気の中から現れた男は身長180はあろうかと思わしき屈強な体躯を持った青年だった。どうやらこの人がタクにちょっかいを出した本人らしい。


ぼくは友達を守るため勇気を出して彼に聞いた。


「もしかして、あなた、そういうタイプの人なんですか?」「はぁ?そんな訳ねぇだろ」


金髪の髪をかきあげると青年は表情を崩してぼく達に言った。


「そこのヤツが俺の膝の上に座るからちょっと揺らしただけだって」

「ああ、そっか。湯気がスゴイもんな」「お、おれのじゅんけつがぁ~、おれのはじめてがぁ~」


タクは依然、浴場の隅で恐怖で震えていた。「チッ、どいつもこいつも。俺はこう見えても13歳の中学1年だっつの」「13歳!?」「中学1年!?」


ぼくとタクは驚いて飛び上がった。「ケンカの帰りに一汗流そうと思ってこんなトコに来たらまたトラブルに巻き込まれちまったぜ」


「あの、なんか連れがすいませんでした」「ハッ、気にすんなって」ぼくが謝ると13歳の彼はタオルを巻いた腰を豪快に叩いた。


「こんなナリだとよくチンピラに間違われて騒がれる事なんて日常茶飯事だからよ」


「はぁ、どうも」「なんか、勘違いしてすんませんでした」


ぼくとタクは改めて彼に頭を下げた。自分より年下の人間に敬語で接するのはなんだか変な気分だった。


すると湯船の方からばちーん、バチーンと何かがぶつかる音が聞こえてきた。


「チッ、うっせーな。次はナんだよ?」


「へっへー、みたか俺の剛速球!」金髪の彼が振り返ると坊主頭の野球部と思わしき団体が湯船の壁に向かってタオルを投げ込んでいた。


「西武の涌井!」「ははー!似てねぇー」野球選手のフォームのマネをするお調子者を他の部員達が冷やかしている。


「俺、ああいうヤツら見てっとイライラしてくんだよ」少年がパン、と手のひらに拳を当てた。


「しみったれた銭湯だけどよ、公共の場だろ?人の迷惑考えろっての」

「おい、待てって。ケンカはさすがにまずいだろ」空気に慣れてきたタクが少年を制した。


「あ?ちょっくらビビらせてくるだけだっつーの」「それがまずいっての。後で因縁つけられっぞ」


タクは彼の目立つ見た目を気にして言ったらしかった。


「おまえの代わりにこいつが話をつけてくる」そう言うとタクはぼくの両肩を掴んだ。


「へ?おれ?」「頼りにしてるぜ、愛棒」


タクに促されぼくは湯船の方に向かった。「投球前に足首をぐるぐるさせるのがコツよ」


「あ、あのう。迷惑なんで涌井投手のマネは止めてもらっていいですか?つーかロッテに移籍したし。涌井」


「はぁ?なんだおまえ?」部員達が一斉のぼくの方を振り返った。野球という競技は礼節を重んじ、礼に始まって礼に終わるらしい。


普段練習中の彼らはそうなのかもしれないが今の彼は盛り上がっている集団意識でそんな配慮は一切見られなかった。


「そんなに大勢で湯船にはいられると他の人が入れないし、投げてるタオルにぶつかってあぶないでしょ?」

「はぁ?」「なにオネェ言葉になってんだコイツ」


少年達がぼくを見て冷やかす。やべぇ。「おい、見ろよ」部員達の内のひとりがぼくを指さした。


「あれ、やばくね?」「うんカタギじゃねーな」「...なんか気持ち悪くなってきた」「出よーぜ」


野球部員達は口々にそういって湯船から体を引き上げた。タオルを投げていた部員が禍々しい瞳でぼくを見て去っていった。


「すげーじゃねーか、愛棒!」後ろで事の成り行きを眺めていたタクがぼくの肩を叩いた。


「いや、スゲーわ、ホントスゲーわ」タクの後ろで金髪の少年が手を叩いた。


「暴力以外でああいう連中を黙らせる方法があるなんて知らなかったぜ!弟子にしてください!師匠!!」


「は、はぁ!?」少年が大きな体を折りたたむようにしてぼくに頭を下げた。


「俺、何か打ち込めるものがなくて毎日ケンカに明け暮れてた。聞けばうちの学校の先パイだって言うし、俺も部活やればなにか変われんのかな、って思うんスよ!

だから俺を弟子にしてくれっス!おなしゃーす!!」


「い、いや。あいつら追い払ったのぼくの力じゃないからね。後ろのキミを見て彼らが勝手にビビっただけだから...」「お、おいモリアおまえ...」


タクがぼくの股間を指さした。「お、すげ」少年がなぜか頬を赤らめた。


「あ!ちょと!!」ぼくは大慌てで床にずり落ちたタオルを拾って腰に巻きつけた。


「やっぱあの伝説はホントだったか...」「がちんこ対決は俺の敗北っスね...」

「ちょっと、おまえら!何勝手に話進めてんだ!!」


ぼくは必死に弁明したが彼らは覇気のないげっそりした顔で湯船に浸かり始めた。やばい。大切なモノを大勢の人に見られた。喪失感でぼくは頭がいっぱいになって湯船の中であぶくを吹いた。



「俺、1年の豊田ケンジって言います。今後ともよろしくっス、先パイ!」


風呂上りにコーヒー牛乳を飲みながらぼく達は自己紹介をした。「へぇ、卓球やってんすか!?」目を丸くするケンジを見てタクが冷やかすように笑った。


「そう、オレ達穀山中卓球部の部員なんよー。オレはへなちょこだけどモリアはすげーぜ。次期部長だって期待されてっからな」

「おお!モリア先パイすげーっス!3年間よろしくお願いシャッス!」

「はは、どんどん勘違いが大きくなってくなー。まじで。そのうちアイシールド21とかにされちゃうんじゃねーの俺」


身支度をするとぼくたちは外に出た。外はすっかり暗くなっていた。


「モリア、今度は2人で漫画喫茶行こーぜ」「それおまえひとりでいけっつの」


意味不明な事を言うタクをやり過ごすとケンジが空を見上げていた。夜空にまん丸の月が浮かんでいた。


「満月って卓球の球に似てるよな」「え、なんだって?」「なんでもねっス!先パイ達、明日からよろしくっス!」


ダッシュで走り去るケンジを見てぼくとタクは馬鹿話をして家に帰りました。終わり。




「えー?それで終わり?」泉先パイがぼくとタクに訊ねた。「すず、もっとタク君とケンジ君の濃厚な絡みを期待してましたよ!」


「んなモンあるわけねぇだろ、田中ァ!さん!」ぼくとケンジがユニゾンで田中に突っ込むとタクと泉先パイが大きな声で笑った。


「ザッツオール。この話はこれで終わりっスよ」ケンジが恥ずかしそうに両手を広げた。


「俺、まだ入部して1ヶ月やそこらだけど結構毎日充実してんスよ。もうあの実態のないモヤモヤした湯気みてーな毎日には戻りたくねーんだ。

試合に出れるかわかんねーけど、先パイ達と一緒におもしろおかしく成長していきたいと思ってんスよ。へへ、期待してますよ!先パイ!」


照れ隠しでケンジがぼくの肩を叩いた。「イテーナ」「そうだね、頑張ろ!」泉先パイがぼく達を見て励ました。


「フフ、同じ環境で成長していく青い果実の美しさったら!」

「田中ァ、おまえまた変な事考えてんじゃねーだろーな」

「ヒィ!そんな事ありませんよモリアさん!」


「そろそろ帰ろーぜ」「あ、先パイ達ちょっといいすか?」

ステージから飛び降りたタクとぼくをケンジが呼び止めた。


「いっちょ、居残り練習、手伝ってもらえねーすか」それを聞いてぼくとタクは顔を見合わせて笑った。

「いいぜ」「後輩の頼みを断るわけにいかねーからな」


ぼくらはその後3人で卓球台を囲んでラリーを繰り返した。「いくっスよ!先パイ!!」「おい、ちょっと手加減しろっつの」


ケンジが力いっぱいスマッシュを打った。満月が目の前で大きく広がっていった。

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