第4話
「はぁ?勝負?」
静まりかえる体育館。ぼくの提案に卓球部の3年の先パイ、一橋、二階堂、三津谷が顔をゆがめる。
「おい、ホンダ」比較的穏やかな性格の三津谷先パイがぼくに声をかける。
「勝負っておまえ、いま話題になってんのはこの鈴木ってヤツだろ?おまえが俺らと勝負してどうすんだよ」
「勝負するのは先パイ方と、この鈴木です」
ハッと鈴木が顔をぼくに向ける。
「勝負は卓球対決です。先パイと鈴木で21点先取の1ゲーム勝負。負けたほうが勝った方のいう事を聞く」
「ハッハッハ!まじかおまえ!」
「ちょ、ちょっと!ホンダ!...くん」鈴木が床を這うようにうごめいてぼくのズボンの裾を掴んだ。
「おれ、たっきゅう、やったことねーんだけど!」「フハハ!墓穴を掘りやがったなホンダ!」
先輩たちが声を荒げてぼくを笑う。
「あんま俺ら舐めんなよホンダ」「素人が卓球部に卓球で勝てるわけねーだろ!」
ぐっと拳に力をいれ、ぼくは背の高い3先パイに言葉を返した。
「いいえ、普段の先輩たちの練習を見てるとこれが妥当かと」「ナニぃ!?」
「...いいぜ、モリア。おまえも同罪だ」
「ちょ、ちょっと本田くん!」二川くんがぼくの制服の袖をぎゅっと掴んだ。
「本田くんまでそんな目にあう必要はないよ!もっと平和的に解決する方法が...!」
「そこのヒョロメガネ黙ってろォ!」「ヒィイ!」
先パイに怒鳴られて二川くんはぼくの背に隠れた。確かに彼の言うとおりだ。でもそうでもしない限りこの3人は納得しないだろう。
「罰ゲームあるんだっけ?」「よーし決めた」
邪悪な笑みを浮かべて一橋が微笑んだ。
「おまえらが負けたら女子陸上部の前で全裸で逆立ちしてそのまま校舎外周な」
「ウヒャヒャヒャ!」「いっちゃん、きちくゥー!」「ぼく達が勝ったら鈴木を許してやってください」
「ちょ、だから勝手に話進めんなってのー!」
そういうわけで卓球部3年VS鈴木拓馬&本田モリアの卓球対決が幕を切って落とされた。
「はい、それじゃ選手、前へ!」
3年は審判を三津谷、試合実況を二階堂、プレイヤーを一橋と役割分担。
「な、なァ。ホントにやんのかよ」シェイクハンドのラケットをわしづかみしながら鈴木がぼくを振り返る。
「大丈夫だ、言われた通りにやれ」
「んなこと言われてもよー」
ピー。三津谷のフエが鳴り、試合開始。体育館の真ん中の卓球台を囲む観衆が息をのむなか、一橋のサーブショットが鈴木のコートをワンバウンドしてころがる。
「得点! 1-0 一橋リード!」ああ~というため息が卓球台を包み込む。再び一橋のサーブ。ワンバウンドした打球が鈴木の体にぶつかる。これで2-0。
「おーい、あいつまじで卓球やったことねーみたいだぜ?」「振らねーとバットにあたんねーぞ」
「みっちゃん、それ野球のハナシ」「たはは、そっかー」
「本田くん、大丈夫なの?鈴木くんに声かけてあげなくて」
後ろで二川くんがぼくに呟く。大丈夫だ。サービスは2本交代のルールでサーブ権が鈴木に移った。
「相手と俺の陣地で一回バウンドさせればいいんだよな?」「陣地ってw」
慎重に左手でピンポン球を宙に浮かべると鈴木はラケットを振り抜いた。「あっ」くちびるから声が漏れる。
その姿はマウンドからキャッチャーをめがけて投球する野球のピッチャーのようだった。
「こいつ!」一橋が体を反応させるがこの返球はアウト。鈴木、始めての得点。今までぼうっとしていた二階堂がはっと気付いたように勢い良くこっち側の得点板の数字をめくる。
「今の打ち方、すごかったね」二川君の声でぼくは我に返った。思わず見とれていた。まるで草原を駆け巡る野生の馬のような大地の鎖を振りちぎるダイナミックなスイング。
次のサービス。一橋がミスし、続け様に鈴木が得点。同点でサーブ権は一橋へ。
これはいけるかもしれない。ぼくがそう思った刹那、一橋のサーブを鈴木が返した。「おおっ」不意にでた歓声をカコーンという乾いた音がかき消した。
一橋がスマッシュを撃ち込んだのだ。その後も同じようにスマッシュが決まる。「得点! 4-2 一橋リード!」
「今のが3球目攻撃だ」こちら側に戻ってきた鈴木にぼくはそう告げた(卓球はお互いの合計の点数が6の倍数に達するとタオル休憩が取れる)。
「どうやって勝てばわかんねー。ラケットの振り方教えてくれよ、卓球部」その言葉を聞いて二川君が目を丸くする。
はは、こいつ、この勝負、勝つつもりだ。「ちょっと耳貸せ」ぼくは鈴木にちいさく耳打ちをした。
「おい、あいつ」「ああ、もしかして」「得点! 15-11 一橋リード!」
「これ、結構いい勝負じゃね?」
「へへ、また俺の得点っすね。先パイ」「この野郎、調子づきやがって!」「行きますよ!そりゃ!」
鈴木のサーブを一橋が返す。「ほら!まただ!」「この、ヤロ!おんなじところ狙いやがって!」
バックハンドで返した打球は大きく鈴木のコートを超えていった。「得点! 15-12 でも、依然一橋リード!」
失点した一橋を鼓舞するように実況の二階堂が声を張り上げる。
「本田くんの言ったとおりだね」
「ああ。一橋先パイはバックハンドが苦手なんだ。さっき鈴木に『相手の左側を狙え』って指示だしてから良い勝負が出来てる」
「くっそ、このヤロ!」「得点! 15-13 まぐれマグレ!一橋2点リード!」
「へへ、楽しいな!卓球!」卓球台の上で鈴木の笑顔が輝く。「得点! 15-14 ...」
二階堂のトーンが落ちる。一橋が汗を拭う。「よし、イける...いけるぞ!」流れは完全に鈴木に来ていた。だけど...
「ワンバウンドなし!得点! 16-14 」「えっ、ちょっと待って!」
「いま相手陣地でワンバンしたっしょ!?」「いーや、当たってないね。サーブアウトだ」
卓球台を囲んでいたギャラリーがどよめく。
「あー!今のは一橋の得点!サーブ交代!一橋!」審判の三津谷が次のプレーを促す。
「今のは疑惑の判定だ」二川君の声をよそに一橋がサーブを返す。3球攻撃で一橋がスマッシュを放つ。
パシーン!乾いた打球音が体育館に響く。「大丈夫!?」鈴木が膝を折って倒れる。「ふー、てこづらせやがって」
一橋が腰に手を置いて鈴木を睨んだ。
「『テニスの王子様』って知ってっか?あのセカイでは対戦相手を潰しちまえば勝利なんだってよ」
「てんめぇ...」「たはは、あいつ足がフラついてるぜ!」
「ミドル狙うのは卓球の基本だからな。ゲーム前にあんだけ殴られてちゃ立ってるのがやっとだろうよ」
「タク!」再び膝をついた鈴木の肩の手をかける。「はは、ホンダ君、だっけか。。。」「おい、無理すんなよ」
「はじめて名前、呼んでくれたな」
そういうとタクは膝を深く曲げ、力強く立ち上がった。「心配すんなって。こんなモンさっきの蹴りと比べたら対したコトねーよ」
「もう無理だよ本田くん!やめさせたほうが...!」前にでた二川君をぼくが遮った。この勝負、こっから先はタクに任せるしかない。
次の一橋のサーブ。ライン際の打球をタクが返し、3球目でスマッシュ。打球はタクの右頬を跳ねて床を転がった。
「うわ、」「痛そー...」「オラオラ、どんどんいくぜ、一年!」
「私、もう見てらんない」「もうやめてよ...」
「鈴木君...」「頑張れ、タク」
体育館を一定のリズムでピンポン球がはねる。その音色の終着点は常に肉が弾ける音で止まる。
執拗な3球攻撃をタクは体を張って受け止める。「こいつ、まだ倒れねーのかよ」「俺の何が気に入らねーのか知らねーけど」
床に転がったピン球を拾い上げてタクは言う。
「中途半端にポーズ決めて相手の気を誘ってるだけだったら何も起こらねーぜ。先パイ」「ぐっ」
「ダメになって、フラれて、殴られてボロボロになっても、俺は自分の現状、つーか運命を変えてぇ。その方がさ、未来の自分に認めてもらえるっていうかさ、そんな気がするんだ」
「審判、今何点?」
「あ、16-21 !」「16対21でタクの勝ちだ!」「...えっ?俺の勝ち?」ほっとしたような、暖かい歓声が卓球台を包み込む。
「勝ったんだよ!この勝負はワンゲーム21点で終了!」「そっか、よくわかんねーけど、勝ったんだな、俺達」
膝を折って倒れるタクをぼくが受け止める。「俺達、か」こみ上げる感情を堪えてぼくは拳を握り締めた。
「なにやってんだよいっちゃん」「たはっ!アイツ潰すのに夢中になっちまったかー?」
「クソ!おめぇら、せめてマッチポイントの時くらい俺にちゃんと点数教えろよ!ボケどもが!」
「さっき言った罰ゲームの件ですけど」「うげっ」「むっ」「しゃーねぇーな、言ってみろ本田」
先パイ3人がぐっと、くちびるを噛み締めた。
「で、俺が卓球部に入ったんだっけかー」
「そう。最初は先パイらが嫌いなタクを部活に入れるっていう嫌がらせのつもりだったんだけど案外タクが馴染んじゃったんだよなー」
「ま、まじかよ。そんな真相聞いてねーぞっ」
「ねー、なんのはなしー?」いま、3年生に進級した泉先パイがぼく達に話かけてきた。
「いやね、久しぶりにタクとカラオケ行きたいなーって話をしてたんですよ」
「馬鹿、モリア!...おまえホント馬鹿っ!」
あの件以来、タクはすっかり女のコに声をかけて遊びに行くことをやめた。放課後のタクの時間はいつもぼくと同じ時間を過ごしている。
※ちなみに二川君は今、吹奏楽部でクラリネットを担当している。
「あーでも」泉先パイが口の下に指を当てて微笑んだ。
「タク君のDEEN、また聴きたいなー」
「そうですよね!『このまま君だけを奪い去りたい』とか聞いてみたいなー!」
「こら、モリア!悪ノリすんじゃねー!」
「一橋先パイか、懐かしいね」「ああ、自分勝手で面倒な先パイ達だった」
「あ、そういえば」2年のマネージャー田中が現3年のふたりの話に割り込んだ。
「松田先パイと初台先パイもタク君のリンチ現場に居合わせたワケですよね?どうして止めなかったんですか?」
「んっぐ」「そ、それはだな...」
「ビビってたんですかぁー?」「田中ァ!!」初台先パイの怒声が体育館を包んだ。
「はい、みんなゼンチュー目指してれんしゅー、れんしゅ~」
気を取り直すようにマツ先パイが手を叩いて練習を促す。
「なぁ、モリア!」「なんだ、タク」ぼくがタクに目を向けると彼は満面の笑みを浮かべて親指を突き上げた。
「一緒にゼンチュー制覇、してやろうぜ!」「ああ、俺達で中学卓球界に革命を起こしてやる!」
こうしてぼく達は登り始めた...この長く果てしない卓球道を...あ、続きます。
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