第3話

ぼく、本田モリアとタクは1年のときから同じクラスだ。


でも最初っから友達だったってワケじゃない。


そもそも『トモダチ』という間柄になるにはいくつかのプロセスを経て信頼関係を築いてからお互いの気持ちを確認し合ってなるものではないか、とぼくは考えている。


なぜアタマからこんな小難しい事を言うのか。


ぼくは今となりで笑うこの男、鈴木拓馬が嫌いだった。



「本田君、今日の放課後一緒に帰ろうよ」「あ、うん!いいよ」


ぼくがこの穀山中学に来て始めて出来たトモダチは前の席に座る二川亮ふたがわりょうくんだった。


小学時代を海外で過ごし、帰国子女という経歴のぼくは最初、田舎の習慣に慣れてなくて、なんとなくみんなから距離を置かれていた。


そんなぼくに最初に声をかけてくれたのが二川くんだった。


「アオンに新しいガシャポン入ったってさ」「そうなんだ!今日行こうか!」


※アオン...田舎にある総合大型デパート


「アオン、ここから自転車で20分ぐらいだけどだいじょぶ?」「まじで?そんなに遠いの?」


「『さすが田舎!』ってカンジかな」「いや、そんなことないよ」


ぼく達がそんな話をしているとホームルームが終わってクラスのみんながドアを開けて廊下に出て行った。


「ハーイ、お二人サン!今日、新1年生のつどいとしてヤダックスでカラオケやるんだけど...来ない?」


「あ、鈴木くん」ぼくは舌打ちをひとつして振り返った二川君が見上げた人物に目をやった。


鈴木拓馬。クラスで一番チョーシに乗ってるいけ好かないナンパヤローだ。


「わりぃ、今日俺らアオン行くから」「そーなんだ、ざんねんだなー」


ぼくが鈴木に言うとヤツが机に手をついて馬鹿にするように笑った。


「せっかく上級生の女のコも来るっていうのにな~...あ、キミ達もしかして最近流行りのアッチ系?」


「...てめ、」「じょーだん、じょーだん。本気にすんなって。これだから外国帰りはこえぇわ~。そういうのって海外じゃ御法度ごはっとなんだっけ?

あ!もしもし俺だけど~...じゃな、おまえら~はいはい」


あごから手を離した鈴木が制服のポケットで鳴っていた携帯電話を片手に教室を出て行った。


「なんだよアイツ、気にいらねーな」


これが入学当初にタクに持ったぼくの印象だった。



「...でさー井岡のヤツ2年の先パイに告白してフラれてんの!そうそう、カラオケの二次会で行ったボーリングでさー。

...え、合コン?いいぜー、でもウチのクラス可愛いコぜんぜんいねーけど」


更衣室。ジャージに着替える男子生徒の中で鈴木の声が響く。後ろにいたぼくが背中に声をかける。


「おい、こういうところで携帯電話使うなよ」

「えー、なに?やっぱ外国生活が長いと盗撮とか盗聴されてないかとか気になるわけ~?神経細かすぎるっしょ」


それを聞いて運動部の何人かが笑う。「そういうのネタにすんなって言ってんだろ!」「ちょっとホンダくん!」


二川君がぼくの肩に手を置く。ふっ、と息を吐くと鈴木はぼくを見下ろすように言った。


「アメリカだかイタリアだか都会に住んでたのか知らねーけど、田舎には田舎のルールっていうもんがあんだよ。

おまえさんももうちょっとみんなと打ち解けて生活したほうがいいんじゃねーの?な、おまえらもそう思うだろ?」


鈴木が振り向くとさっき笑った数人が無言でうなずいた。「わかった、わかった。そんな鋭い目で睨むな、っつーの」


ぼくの怒気を感じると鈴木は携帯電話をポケットに押し込んで部屋を出て行った。その背中をぼくはずっと眺めていた。握った手が震えていた。



「さっきの事だけど、気にしない方がいいよ」


放課後。裏庭の田んぼに石を投げ込むぼくをみて二川君が言った。


「本田くんはこっちにきて間もないから色々慣れない事とか多いと思う」


「でもああいうヤツとは仲良くできねぇ」「本田くん」二川君がぼくの手を握った。


「大丈夫。僕が『本田くんがクラスのみんなと上手くやれるように』仲立ちするからさ」


「二川君...」ぼくは彼の手を握り返した。



「おい!おまえ達、1年の鈴木と同じクラスだろ!?」


ぼくらがはっと振り返ると息を切らした上級生が立っていた。


「今!体育館で鈴木がリンチされてるって!卓球部のマネージャーに手を出したって因縁つけられて3年生にシメられてる!」


「え?ほんとうに!?」卓球部であるぼくは3年の怖い先パイ達の顔を思い出した。


「本田、おまえ卓球部だろ?なんとかしてくれよ。俺達じゃ手に終えねぇ」

「本田くん...」


「知らないよあんなヤツ。調子に乗ってたんだ。自業自得だろ」


ぼくがカバンを手に持って校庭を出ようとすると背中に二川君の声が響いた「本田くんはそれでいいの?」


ぼくは足を止めて体育館を睨んだ。メンドくさい事になりやがった。「まぁ、見るだけなら」


ぼくと二川くんは事件現場へ重たくなった足を運んだ。



「オラオラ!」「なんだ、もうおしまいか?」


「何が合コンだコラ。3月までランドセルしょってたガキがチョーシのってんじゃーねーよ!」「ごふっ!」


「...うわー、やってるわー」


ぼくが体育館の外扉を控えめに開けると鈴木が床を転がっていた。体育館を使用する他の運動部員達が事の成り行きを息をのんで見守っている。


「ちょっと、あんた達やめなさいよ!」卓球部マネージャーの泉先パイの声が響く。


「ただ私らと一緒にカラオケ行ってお茶飲んだだけだっての!」「へー、そうかい」背の高い一橋先パイが鈴木の髪を掴んで聞いた。


「カラオケは何歌ったんだ?」「。。。へ?」

「カラオケでは何歌ったんだ!?」「でぃ、DEENの『夢であるように』...」


「ハァ!?しんねーし!」


ゴン!一橋先パイの強烈なヒザ打ちが鈴木のアゴを捉えた。「おし!全治2週間コース!」


「ご、ごふぁ」「ちょっと、いまのヤバくない...?」「もうやめてよ!」


女子達の金切り声が耳をつんざく。思わずドアをすべて開いていた。「本田くん...」


その時なぜか体が自然に動いた。どうして?あんなヤツほっとけばいいだろ?自分をからかっていたアイツを助けたい?


いや、どういう理由だったか自分でも分からない。なにかにシュミレートされたみたいにぼくは自然に足を前に運んだ。


そしてぼくはこの時、13年の生涯分の勇気をすべて振り絞った。



「やめてください」



体育館の時間が停止した。


「そいつを許してあげてください。この通りです」


頭を下げると再び床を転がる鈴木の姿が見えた。「こいつ誰だっけ?」


「ほら、1年の海外帰り」「あー、そうだ思い出した」


ぼくが顔を上げると頭をかきながら一橋先パイがぼくを睨みつけた。


「えっとカガワくん、だっけか」「ホンダです」

「たはは、あいつワザと間違えやがった」「やめろよーカワイソーだろー」


取り巻きの二階堂先パイと三津谷先パイがぼくをみて冷やかす。彼らを横目にぼくは再び頭を下げた。


「コイツ、中学デビューしてちょっと調子に乗ってただけなんです。許してやってください」


「そー言われてもなぁ、ハセベくん!」もう一度鈴木を掴み上げると一橋先パイがニヤケながら言った。


「ニンゲンってのは超えちゃいけないラインってのがあんのよ。『これ以上は迷惑になるからまたいじゃいけませーん』っていう見えないラインがな。

コイツは入学そうそうソッコーでそれを超えてきやがった。みんなの見せしめにして恥かかしてやんねーとなぁ」


「こんなかでイズミとカラオケ行ったヤツいるー?」

「いねーよなぁ、みんなマジメに練習してきたもんなぁ!」

「...へへ、あんたらどうせ毎日オトコ同士でつるんでんだろ...?

ビビって女子を遊びに誘えなかっただけじゃねーの、俺に嫉妬してんのか、あんたら女子にメンエキなさそーだもんなぁー見た感じ」


「てんめ!」「...くっは!」

「おめーいまの自分の状況わかってんのか?」「そーいう態度が俺らをムカつかせてんの、気付かんのかね?」


「オラッ、もう一発!」「てっ!」「うわ...」「痛そう」

続けざまにみぞおちを殴られて鈴木がうずくまる。このままではラチがあかない。ぼくは彼らにひとつの提案を出した。


「勝負しましょう」


※モリアが出した勝負とは!?次回に続く!

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