よくある異世界転生モノ

くにすらのに

獣人の世界!?

 トラックにひかれそうになった子犬を助けるために道路に飛び出した。

 俺に驚いた子犬がビックリして走り去ったところまでは記憶にあるけど、そこから先は覚えていない。

 きっと死んだと思った。だけど生きていた。


「ここは……」


 目が覚めると見知らぬ天井が視界に入った。

 病院とは少し違うような、どこか古めかしい雰囲気がある。


「よかった。お目覚めになられたのですね」

「ぶほっ! ゲホッ! ゴホッ!」


 あまりの衝撃にむせてしまう。

 おっぱいが半分見えるくらい胸元ががっつり開いた毛皮の服に身を包んでいるのは、頭にウサ耳が生えた綺麗なお姉さんだったから。


「え? あの、ここは」

「龍の門病院です。頭から出血して倒れているのでビックリしました」


 俺が聞きたかったのは病院の名前ではなかったんだけど、ウサ耳のお姉さんにその意図は通じてないみたいだ。

 混乱する頭をどうにか冷静にしようと試みるも思考が追い付かない。


「あの、あまり無理はしないでくださいね。病み上がりなんですから」

「は、はい。ありがとうございます」


 太らせてから食べるとか、奴隷にして働かせるとか、人体実験に使うとか、そういう様子は感じられない。

 ただ純粋に俺の治療をしてくれているようだった。


「もしかして俺、異世界転生を……」

「あ、そのことでしたら」


 お姉さんが何かを言いかけたその時、生まれた時から毎日聴いていた懐かしい声が響き渡った。


「タカシ!」

「母ちゃん!?」


 大声を出しながら病室に入ってきたのは紛れもなく俺の母親だった。

 服装も今朝見たのと同じだし、ウサ耳が生えたりもしていない。


「もう心配したじゃない。トラックにはねられたって」

「ごめん。心配掛けて」

「とにかく無事で良かったわ。今しっかり体を治しなさい。それじゃあいろいろ手続きしてくるから。またあとでね。看護師さん、息子をよろしくお願いします」

「はい。お任せください」


 ウサ耳やエロい恰好に触れることなくお姉さんを看護師として扱い、お姉さんも看護師として返事をする。

 さもこの状況が当然であるように二人は振舞っている。


「すみません。騒がしくて」

「ふふ。構いませんよ。なんだから私まで元気になっちゃいました」


 お姉さんがガッツポーズを取るとさらにおっぱいが強調されて血圧が上がる。

 頭から血が吹き出ないか心配になった。


「それで、さっきの話の続きなんですけど」

「ああ、異世界転生ですね。たしかに転生してますよ」

「本当ですか!? それじゃあ何か特殊な力に」

「私達が」

「え?」


 私達? どういうことだ?

 トラックにひかれて死んで……いや、そもそも俺は死んでない。転生してない?


「私達の世界は一度滅んだんです。それがこうして世界ごと転生して、もう一度やり直せているんですよ」

「えっと……」


 スケールが大きすぎて言葉に詰まってしまう。

 頭と心が状況の理解に追い付かない。


「この病院は元々あったものが、私達の世界の病院に置き換わったものです。働いている人達は無事なので安心してください」

「それにしたっておかしいでしょう! 母ちゃんなんてお姉さんのウサ耳をすんなり受け入れてたし」

「あれ? 覚えてらっしゃいませんか? まあ突然のことなので無理はありません」

「は?」


 お姉さんは笑顔で何を言っているんだ。もはやおっぱいなんて気にならない。

 手の平や腋から嫌な汗がじんわりと染み出てくる。


「タカシさんは一度、私達の世界にやってきました。でも、その3秒後くらいに魔王に滅ぼされてしまったんです」

「あの……全く記憶にないんですが」

「だから言ったじゃないですか。突然のことだったって」


 転生して3秒後に滅ぼされるって異世界転生モノとしてはあんまりじゃないか?


「でも、タカシさんが居たおかげで私達は世界まるごと転生できたんです。タカシさんとしては凱旋といったところでしょうか?」

「は、はあ……」

「二つの世界で建物の位置や地形がちょうど同じだったみたいで、うまいこと融合できたみたいなんですよ。迫害されたらどうしようって不安だったんですけど、最初から共存していたことになってたみたいで」

「でも、俺にはそんな共存の記憶は……」


 ウサ耳のお姉さんを見た時に状況を飲み込めなかった。

 何かのコスプレだと思ったくらいだ。


「それは転生した私達も同じです。故郷を異世界と言うのはおかしいんですけど、タカシさんは私達と同じ異世界人扱いということですね」

「は? そんなこと急に言われても」

「ご自身の頭、触ってみてください」


 ポンポンと頭を叩く仕草を見せて、俺にもそれを促す。

 恐くて堪らない。だってそれはつまり……


「なんだよ……これ」

「カッコいいオオカミの耳ですね。その気になれば牙や爪も出ますし、とっても強そうですよ?」


 何の悪気もなく、むしろそれが誇らしいことのようにお姉さんは語る。

 これが自分の全く知らない異世界なら飛び跳ねること嬉しかっただろう。

 だけどここは、俺が元々住んでいた世界なんだ。


「ははは……俺、異世界人になっちゃっちゃんだ」

「安心してください。この世界は3秒で滅んだりしないみたいですから」


 これから俺はどういう人生を歩めばいいのだろう。

 共存しているとは言え、元の人間と同じ進路を進めるのだろうか。


 外からキャンキャンと犬の鳴き声が聞こえる。 

 どこかで見た覚えのあるその子犬の姿を捉えると、ざわざわと狩りの本能がうずき出すのを感じた。

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