魔女っ娘は戻れない。

arm1475

魔女っ娘は戻れない。

「誰かに正体を知られると大変なことになるよ?」


 つぶらは契約した時に〈魔法生命体ハスたァ〉から聞かされていたそれが、最初は魔女っ娘もののお約束「変身が出来なくなる」だと思っていた。


 “まさか逆だったなんて。”


 魔法少女マイティつぶらは、世にはびこる悪を討ち滅ぼすため、たぬきみたいな姿の〈魔法生命体ハスたァ〉と契約して誕生した戦うヒロインである。

 昼休みは教室の隅でいつもぼっち飯を食って、食べ終わったら図書室で一人ライトノベルを読む、友達がいない影の薄い地味子だった。

 しかしある日の事。


「ぼくとけいやくしてよ」

「撃たれたり頭食われたりと何度も死んでとか言われそうだから嫌」

「ぼくはアレはちがうよ、りょうしんてきだよ?」


 何が良心的なのか怪しい白いそのたぬきは、宇宙からでは無く魔法世界からやってきた、正義のたぬき、魔法生命体ハスたァと名乗った。


「名前が怪しい。邪神?」

「にてるだけー」


 その白いたぬきはのんびりとした口調で否定する。


「ねー、ぼっちなんでしょ? 正義にきょうみない?」

「どっかの勧誘かキミは、ていうかぼっちは余計よ!」

「ごっめーん。でもね、きみはむてきのまじょっこひろいんのそしつがあるんだよね、正義のためならがんばれるところとか」

「正義?」


 ハスたァの話に寄れば、無限に拡がる時空の均衡を崩そうとする存在がいて、人々に悪の心を植え付けて破壊工作を進めようとしているそうである。それを倒すために各時空に超人を配する事でその野望を打ち砕こうとハスたァたちが時空を駆け巡って探している最中につぶらを見つけたそうである。

 大仰そうな話だが、ハスたァの口調のせいであまり深刻そうに聞こえなかったつぶらは、生来のお人好しと他にする事も無いこと、そして僅かにあった承認欲求に押されて魔法少女になるコトを承諾してしまった。


「これで正義のまじょっこひろいんたんじょうだ。さあ、正義をつらぬいてね!」

「大丈夫かなあ……?」

「だいじょうぶさ、きみは正義のまじょっこひろいんのそしつがあるから」


 確かにつぶらは戦う魔法少女として最高の素質を持っていた。この世にはびこる悪の科学者や犯罪組織、テロリストたちを、魔法と超人パワーで次々と倒していき、その活躍ぶりは瞬く間に世界中に知れ渡る。いまや世界が誇る最高のスーパーヒロインであった。


 今日も銀行強盗を倒して警察に突き出し、充実した一日を終えたと大きく伸びをしながら人目の付かないところで変身を解いていたその時、まさかの事態が起きた。

 何故かその場に、幼なじみで同級生の、お隣に住むヤンキー少年のとしはるにそれを見られてしまったのである。

 あっ、と思ったその瞬間、つぶらはまた魔法少女に変身した。

 自分で変身したのでは無く、強制的に変身してしまったのである。


 以後、つぶらは元の地味子に戻れなくなってしまった。


 魔法少女のままでは家にも戻れず、戻る方法も分からないつぶらはハスたァを探すが、時空を駆け巡るハスたァを捕まえる事など不可能に近く、気がついたら家の近くの公園のブランコに揺られながら空腹を紛らわせていた。

 無論そんな事では空腹など満たす事など無理な話で、余りの事に気絶し掛けた時、その身を受け止めたものがいた。

 正体を見てしまった、あのヤンキー少年のとしはるだった。



「つぶら、なんで家に帰らないんだ?」


 としあきの家でカップラーメンをむさぼり食っていたつぶらは、その質問を受けて箸をぴたりと止めた。


「いや、だって、こんな格好じゃ……」

「まー、そうなるよなぁ。捜索願が出ているって話は聞いてる」

「どうしよう……お父さんお母さんに会えない」

「うーん」


 としはるは暫く考え込み、


「幼なじみのよしみだし、正体見てしまった責任もあるから、そのハスたァとやらが見つかるまでうちで寝泊まりすれば?」

「え」

「部屋は死んだ母ちゃんの使ってくれ。魔法少女の仕事大変なんだろ」

「えーん」


 怖いだけの子だと思っていた幼なじみが子ここまで頼りになるとは思わず、つぶらは嬉し泣きした。


 その後、つぶらは地味子の姿に戻れないまま、何とかとしはるの援助を受けながらスーパーヒロイン活動を続けた。


「なぁ、つぶら」

「何?」


 としはるは正義の活躍を終えて帰ってくるなり、もりもり飯を食うつぶらを見て苦笑いする。


「良く食うよなあ」

「魔女っ娘は体力勝負だかからね。魔力や超人パワーって燃費悪いから……」

「太るぞ」


 顔を赤らめるつぶらの箸が止まった。


「……いじわる」

「いや、俺としては別にどっちでもいいさ。親父も海外出張でいねぇし、一人で飯食うのもなんか飽きてたから」

「……そう」

「なあ」

「うん?」

「元の姿に戻りたい?」


としはるに訊かれて、つぶらは暫く考え込み、そして小さく頷いた。


「……元の姿なら……こんなに食べないから」

「まー、そうだよなあ。元に戻る方法ってやっぱり、そのはすたぁとか言う奴に訊かないと無理か?」

「……自分の意思で変身出来たから、それ以外の方法は知らない」

「そうか。なあ、まだ正義の味方続けたいか?」


 訊かれて、つぶらは不思議そうにとしはるを見つめた。


「他意は無ぇよ。ただ、続けたいなら俺、そのままの姿のつぶら応援してやるから」

「……どうも」


 つぶらはその晩、布団の中で横になりながら今までのコト、そしてこれからのコトを考えていた。

 元に戻る方法。思いつく限りのことをいくつか試してみたが変身は相変わらず解けないままであった。

 一方で、変身を見られた事で魔女っ娘に変身出来なくなった時の自分を想像していた。まだ悪は絶えていないし、他に正義の味方がいない以上、この現状を我慢していくしかない。

 そう、今は正義の味方である事を優先にしなければならない。

 不意に、としはるの顔が過ぎる。


「……うん。わたし、正義の味方だから」


「俺も一緒に戦ってやるよ」

「え? でも……」

「足手まといかも知れないが、それでも手伝いたいんだ」


 つぶらは真摯な顔でいうとしはるの顔を暫く見つめると、ありがとう、と頷いて見せた。見かけはヤンキーだが意外と頭が回るとしはるは、現場でつぶらに臨機応変なアドバイスをしてみせ、つぶらの良きパートナーになっていた。


 ある日、二人は都内で大規模テロ活動を始めた組織のアジトを急襲し、そのリーダーをアジトがあった廃ビル屋上に追い詰めた。

 ところがあと一歩というところでそのリーダーあろうことか、としはるを人質に取ってしまったのである。


「彼を離しなさい!」

「大人しくしろ、コイツがどうなっても知らないぞ?」

「くっ……」

「俺に構うなつぶら!」


 つぶらはリーダーをどう捕まえるか考える。魔法と超人パワーで何でも解決出来るつぶらだったが、流石に人質を取られては手も足も出なかった。


「へっへっへっ、このままコイツを人質にして逃げ切ってやる」

「くそっ……! 悪い!」


 詫びるとしはるをつぶらは心配そうに見ていた。

 チャンスは一度だけ。絶好のチャンスを、つぶらは待っていた。

 としはるを人質に取るリーダーはつぶらを警戒しながら、足場の悪い廃ビルの端をゆっくりと迂回して移動する。 


「ドジ踏まなければ……俺さえいなければ……」

「そうだよね」


 テロ組織のリーダーととしはるが、つぶらのその言葉を耳にした瞬間、突然足場が崩落する。つぶらが、リーダーが崩れかけていた足場をまたいだ時に思いっきり足踏みして飛びかかろうとして、それで生じた衝撃波が二人の足場の亀裂を破壊したのである。二人ともあっという間に地面に落ちていった。

 二人とも落下の衝撃と降り注ぐがれきの破片で身体が損壊しており、即死であったのは間違いなかった。

 それを、押っ取り刀でやってきた、地味子の姿のつぶらが確認しに来た。


「色々戻る方法考えたけど、やっぱり


 つぶらは安心したふうにいう。助けて貰った幼なじみを救えなかったという最悪の結末を前にして、悲しむどころかその死に何も感慨を抱いていないようである。

 ただ、元に戻れた事が嬉しかった。それだけ。


「やっとうちに帰れる。このままじゃ悪い子になっちゃうから困ってたんだよね。でもお父さんお母さんにどうイイワケしようかなあ、まあとしはるくんに監禁されていたって言えばいいか。仕方無いよね、


 つぶらは胸をなで下ろしながらマイティつぶらに変身し、家への帰路につくと踵を返す。

 しかしそこへ視界に、たまたま居合わせた、事件を聞きつけてやってきた新聞社のカメラクルーと遭遇してしまった。

 つぶらはカメラクルーたちを見てため息を吐いた。


「あーあ、



                           おわり


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