いつか夢見たステージで

柚城佳歩

いつか夢見たステージで

私には夢がある。

幼馴染み二人とバンドを組んでからずっと、立ちたいと願っている憧れのステージがある。


切っ掛けは、父に初めて連れられていったロックバンドのライブ。

ステージで繰り広げられる圧倒的なパフォーマンスに一瞬で惹き付けられた。


中でも目を引いたのはフロントでギターを掻き鳴らしながら楽しそうに歌うヴォーカリスト。

かっこいい。自分もあそこに立ちたい。そう強く思った。


それがそのバンドの解散ライブだと後から知った時にはしばらく泣いたけれど、あの人達の後を継ぐのは自分だと決め込んで、仲の良かった一哉かずや光成みつなりを巻き込みスリーピースバンドを結成した。


お年玉を全額注ぎ込みちょっといいギターを買って、バイトをしながら機材を増やし、三人とも初心者ながらに模索して、時にはライブもしながらひたすら練習を繰り返した。


そんな努力が実を結んだ……のかはわからないが、観客投票型の大規模なコンテストへの出場が決まった。

勝ち進めばずっと憧れている大きなライブハウスでパフォーマンスが出来る。

あのステージへと、着実に近付いていた。




「spanglesさん、サウンドチェックお願いします」

「よろしくお願いします!」


開場前、各バンド毎に最終リハが行われる。

サウンドチェックの後、一哉のドラムカウントで曲が始まった。


今日はいつもより調子が良い。

いつまでも歌い続けられそう。

次のパートは私の見せ場、ギターソロだ。


まだリハーサルとわかってはいても、楽しさが溢れてくる。

あの日から脳裡に焼き付いて離れないフロントマンの姿に重ねるように、思い切りギターを掻き鳴らした。


「……ッ!」


瞬間、左手首に痛みが走る。

思わずギターから手を離してしまったせいで、メロディが途切れた。


「ごめんごめん、ちょっと手が滑った」


心配そうな視線を向けてくるベースの光成にひらひらと手を振って、すぐに演奏に戻った。




二湖にこ、リハなのに飛ばしすぎ。まぁ、はしゃぐ気持ちはわかるけどな」


控え室へ戻りながら、一哉の言葉に素直に頷いておく。


「本番前に言う事でもないけど、休むのも立派な仕事だからな。お前普段から練習量多いんだから少しは休め」

「でも楽しいんだからしょうがないじゃん!それに、遂に、もしかしたら本当にあのステージに立てるかもしれないんだよ!」

「昔からこうと決めたら猪突猛進だもんな。ま、それが長所でもあるんだけど。けどさっきみたいな演奏は本番に取っとけ」

「はぁい」


言いたい事を言い終えたらしい一哉は、指先でスティックを遊ばせながら先に行ってしまった。


「二湖」


今度は光成が隣に並ぶ。


「さっきのリハだけど……。ソロの時、顔をしかめたように見えたんだけど、もしかしてどこか痛めたりしてない?」


その言葉に一瞬どきりとする。

さすが光成はよく見ている。

動揺が顔に出ないように意識しながら笑って誤魔化した。


「大丈夫だよ。あれはほんとに手が滑っただけ」


実を言うと、心当たりがあった。

腱鞘炎。今までも度々なりかけた事はあったけれど、酷くなる前に対処してきた。


だけど今回は、このコンテストは、少しでもたくさん練習をしておきたかった。

せっかくここまで来られたのに立ち止まりたくはない。

二人は私の我が儘に付き合わせてるようなものだもの。

その張本人が、手首痛めてギター弾けませんなんて言いたくなかった。


「私ちょっと確認したいとこあるから先戻ってて」


ギターを抱えたまま、非常口から外に出た。

さすがにここまで追い掛けては来ないだろう。

確認したい事があるのは本当だった。

深く息を吐いてから、先程弾けなかったソロパートのメロディーを爪弾く。


「……痛っ」


同じ所で躓いてしまい、溜め息が漏れる。

痛みも先程より強くなっている気がする。


「もう一回。もう一回だけやってみよう」

「はいストップ」


制止の声と共に現れたのは、一哉と光成だった。非常口の扉に手を掛けこちらを睨んでいる。


「やーっぱりそんな事だろうと思ったよ。手ぇ痛いんだろ?見せてみろ」


止める間もなく手を取られ、まじまじと観察される。


「……少し腫れてるな」

「っ、離して」

「リハでも本番でもほとんどミスった事ない奴があんなポカやらかしたんだ。相当痛いんだろ」

「大丈夫やれる、痛くない」

「二湖」


言われる事はわかっていた。

でもその言葉は聞きたくなかった。


「こんな状態で弾かせるわけにはいかない。……棄権しよう」

「いやだ」

「二湖」

「いやだいやだいやだ!」


耳を塞いでしゃがみ込む私の頭上で、二人の「やれやれ」と言う空気が伝わってきた。


「あのな、お前は未だに俺達が付き合わされてバンドやってるとでも思ってんのか」

「……え?」

「確かに最初は二湖に引っ張られて始めたけど、僕達もこのバンドが好きなんだよ」


窺うように顔を上げれば、優しい色を湛えた二人の瞳と目が合った。


「僕達もこのバンドが大切なんだよ。だからライブはお客さんはもちろん、仲間とも心から楽しみたい。誰かが痛いのを我慢してまでやってるのは、ちょっと嫌かな」

「二湖がこのコンテストに並々ならぬ思いを抱いてるのは知ってる。けど今だって弾けてなかっただろ。いいか、これは戦略的撤退だ」

「戦略的撤退?」

「そうだ。断腸の思いだろうが、さすがにドラムとベースとヴォーカルだけで他のバンドに張り合おうなんざ、今の俺達の実力じゃ無理だ。今は手首の治療を優先して、治ったらまたがんがん弾いて、絶対あのステージに立ってやろうぜ」

「……うん」


迷いが捨て切れなかったわけではない。

けれど結局、今回の参加は急遽見送る事になった。




客席後方から、上がるはずだったステージを見つめる。

他の出演バンドが次々に曲を披露し、その度に盛り上がる客席。

普段なら一緒になって楽しめる光景も、今はどうしても恨みがましい目付きになってしまう。


「そんな顔するくらいなら、帰ればよかったんじゃないのか」

「今観ないで帰ったらもっとずっと後悔する」


全三時間のステージ。一秒も逃さないくらいに目に焼き付けて、私達のコンテストが終わった。




「あー、でも悔しい!他のバンド観てたら余計にうずうずが収まらないよ!」

「練習のし過ぎで腱鞘炎悪化させたんだろうが。いいか、せめて今日はもう絶対にギター弾くなよ」

「ならせめて歌いたい歌いたい歌いたい!」

「じゃあ歌って行く?」

「え?」


光成が指差したのは会場のすぐ側にある公園。時々イベントにも使われる、野外音楽堂も併設した広い公園だった。


「野外音楽堂使わせてもらおう」

「いいなそれ、面白そう」

「二湖のアカペラでも全然いいけど、それだけだとちょっと淋しいよね」

「そうだな、もっと音が欲しい」


戸惑う私を置いてけぼりにして、光成と一哉でどんどん話を進めていく。


「実はな、今日俺は車で来てるわけなんだが」

「いつもだよね」

「その車に、お誂え向きにアコギとカホンが積んである。ついでにアンプもある」

「さすが機材オタク!」

「光成も少しならギター弾けるだろ。アコギとカホンでアコースティックにしよう」

「いいね」


あれよあれよと話が進み、二人に手を引かれて気付けば野外音楽堂のステージに立っていた。


「ほら二湖、歌えよ」

「二湖、歌って」

「う、うん」


振り向けばいつもの見慣れた顔。

頼れる仲間の顔だ。


「……二人とも準備は良い?いくよっ!」


夜の空気にどこまでも声が伸びていく。

今日立つ予定だったステージとは違うし、お客さんもいないけれど、不思議と楽しかった。


何曲か歌っているうちに、ちらほらと人が集まり出した。帰宅途中だった人達が私達に気付いて移動してきたらしい。

まばらだった手拍子が、だんだんと大きな波になり、終わる頃には割れるような拍手に包まれていた。


やっぱりライブは楽しい。

この一体感が堪らなく気持ちいい。

目の前の人に歌が、想いが伝わった瞬間は最高に幸せだ。


「私たちはspanglesと言います!いつか絶対またあの会場でライブするから観ていてください!」




あの地区予選の日から数日が経ち、今日、ホームページで投票結果が発表される。

私達は一哉の部屋に集まり、開票時刻を今か今かと待っていた。


「結果は見ないんじゃなかったのか?」

「選ばれないってわかってても、やっぱり結果は気になる」

「棄権した奴にまで票入ってたら驚きだわ」

「あ、時間になったよ」

「じゃあ……、見てみるね」


握り締めるようにスマホを持って、ホームページを開く。


「どう?」

「……」

「なんだよ、早く見ろよ」

「わーっ、やっぱり無理!光成お願い!」

「はいはい」


仕方ないと言うようにスマホを受け取った光成の指が、スクロールの途中で固まる。


「……え?」

「どうした」

spanglesぼくたち、特別賞受賞になってる……」

「え?」

「は?そんな賞なかっただろ」


その時、タイミングを見計らったように一哉のスマホが鳴った。


「噂をすればなんとやら。主催者から電話だ」


電話で話す一哉の顔が、だんだんと驚きと興奮に染まっていく。お礼を言って切った途端、がしっと肩を掴まれた。


「よく聞け驚け。なんと俺たち本選のステージに立てるぞ!」

「どういう事?」

「あの日帰りに公園でライブやっただろ。誰かが撮ってた動画がネットで拡散されて、すごい反響呼んでるらしい。で、あまりの反響に特別措置として前座を依頼された」

「……嘘」

「マジだマジ」




未だに信じられない気持ちのまま、ずっと憧れだったライブハウスの広いステージに私は今立っている。


「……私、一度でいいからここに立って歌いたいと思ってた。だけど無理。一度なんかじゃ足りない」

「俺もだ」

「僕も」


目の前には会場いっぱいのお客さん。

長年の夢は叶った。だけどここはゴールじゃない。通過点だ。


「今は偶々ラッキーでここにいるけど、絶対にまたここに来ようね」

「もちろん!」

「おう!」


ここは憧れ続けたステージ。

だけど一つの夢が叶っても、また次の夢が生まれるんだ。

新たな目標を胸に、私達は走り続ける。


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