余の部下となれ、勇者よ
@chauchau
平和に暮らしましたとさ
「余の部下となれ、勇者よ」
「断る!」
玉座に座る魔王が小さく笑う。
分かり切った答えが返ってきた事実に満足するかのように。
「お前を倒すためにここまでやってきた……! 魔王! あとはお前だけだ! お前を倒して僕たちは平和を取り戻す!!」
抜くは聖剣。
万物を切裂く光の刃。光の女神の加護を得た伝説の剣。
「はっはッ!! 難しいことは分かりゃしねえが勇者は殺させねえ! 獣王族の誇りにかけてなァ!!」
勇者を守る肉の盾。
獅子の顔を持つその男は、魔王軍に滅ぼされた獣王族。その最後の生き残り。
「皆さん、決して油断はしないでください。……死なない限りはボクが居ます」
腕が吹き飛ばされてしまおうが忽ち癒す女神の使徒。
構える聖杖の鈴の音は、光の女神の福音。
「勝ちましょう。勝って……、勝ってみんなで帰るのです!」
その身は小さく、されど、瞳に宿る意志の力は何よりも強い。
強力な魔力をその身に宿す優しき王女。
決して楽な旅ではなかった。
笑った思い出よりも涙を流した思い出のほうが多い。
前へと進ませるために散った仲間の想いも引き継いで、彼ら四人はここに居る。
「行くぞッ!!」
「ごめん、ちょっとタンマ」
「あごッ!?」
意気込み飛び出した勇者が見えない壁に衝突して沈み込む。お尻を突き出してピクピクしている姿はなんとも情けなく滑稽であった。
「これは……、バリアですね」
「にゃろう!! こんなもん! 俺の爪で!!」
「待って! 待ってって! ちょっとタンマって言うたやん! 聞いてや! そっち勇者とか言うんやから話ぐらい聞こうや!!」
目の前の現象を神官が冷静に判断し、獣戦士が自慢の爪を披露しようとするのを慌てて止める別な意味で情けない声。
「魔王……なのですか……」
宿った意志が霧散する。実に可哀そうな王女の悲痛な呟きを
「せやでー」
へらへら笑う魔王が肯定する。してしまった。
別に姿が変わったわけではない。その身に宿る凶悪な魔力も変わりない。だが、その、えと、何というか違うのだ。何かもう違うのだ。威厳的な何かが。
「自分ら城に来たと思うたらいきなり武器振り回すわ、魔法ぶっ放すわでさぁ、こっちからしたら家やで、ここ? 家の中で戦いたいとか思う? 思わんよね、普通」
「確かにな……」
「獣戦士!」
「あ、すまん……」
「そこはまぁええねん。自分らは敵やもんね。敵の家とか基本どうでもええもんな。そんなことより、……あー。勇者くんを起こさんでええの?」
「言われなくてもそのつもりです!! 勇者様ッ!!」
「おほひひゃまがき~らき、はぶっ! へぶっ! おごっ!? ひぎぃぃ!!」
半ば八つ当たり気味な王女の目覚めビンタの威力と勢いに、癒しの役目はボクですと言えず神官は縮こまってしまっていた。
※※※
「粗茶ですが」
すっかり戦う空気ではなくなってしまった玉座の間にて、なぜか勇者一行は魔王にお茶を出されていた。
「ふんッ! こんなもの飲めるわけがないでしょう、ボクたちを馬鹿にするのもいい加減にしなさい」
「ココアのほうがええか?」
「「「頂きます(こう)」」」
「皆さん!!」
勇者も王女もまだ幼い。旅に出てしまえば手に入りにくい甘味に負けてしまうのは致し方ありません。ちなみに獣戦士はただただ甘党であった。
美味しそうにココアを飲む仲間の姿に一人神官は涙を堪えた。
「それでッ!」
勇者がキリっと魔王を睨む。ココアの髭がなければカッコ良かっただろう。
「どういうつもりだ!」
「うん。さっき言ったやつ、もうちょっと真剣に考えてみぃへん? ってお誘い」
「さっき?」
「余の部下に、おぉっと」
魔王が両手をあげる。いつ動いたかも認識できないほどの速さで、聖剣が彼の喉元へとたどり着いていた。
「戯言はそれだけか」
「戯言なぁ……、戯言か……。まぁ、戯言やわな」
「話は済んだな。じゃあ、仕切り直して戦うぞ」
「このまま突き刺せばええのに。せやから、ちょっと待ってぇな。なんで余がンな戯言を言うか。その説明だけさせてくれへん?」
「勇者様! 魔王の言葉に耳を貸してはいけません!」
「…………」
「頼むわ」
「おかしな素振りを見せたら即座に斬る」
「勇者様!!」
「ごめん、王女。でも、少し……気になって」
降ろされる切っ先にほっと息を吐いた。
両手をあげたまま、そのままで魔王は勇者から目を外さなかった。
「まずな。勇者やけど……、余を殺したらどうなると思う?」
「それはお前が統治していた魔族や魔物の連携がなくなって」
「違う違う。そうやなくて、勇者の今後の話」
「それは……」
「しばらくは残党狩りで使われるやろうな。でも、そのあとは?」
「その、あとは……」
目を逸らすことは愚かである。それでも、勇者は魔王から隣の王女へと視線を移してしまった。
「結婚は、無理やで」
「ッ」
「……」
「元々ただの農民が、聖剣に選ばれただけで勇者になった。魔王が死ねばその役目は必要あらへん。貴族、王族としての知識も何もないお前が一国の王女と一緒になるなんて出来るはずがないわな」
「でもよぉ、勇者の力は本物だぜ? その子どもが王家に生まれるってのは大きいんじゃねえのか」
良く悪くも単純な獣戦士はすでに戦闘態勢を解除してどっぷり座り込んでしまっていた。
「良い着眼点や。せやけど、勇者の力は遺伝せん。それは歴史が証明しとるし、王族も理解しとる」
「あー、そういやそうか」
「それでも広告塔としては利用出来るかもしれんが……、難しいやろうなァ」
「どうしてですか……」
「余が死ねば、人間は人間同士で争う。これも歴史が証明しとるさかいに、どっかの国が勇者を占有せんようにしよる。せやから、王さんはお前さんを間違いなく他の国の王子様んとこに嫁に出すわ」
「そ、そんな……」
「なァ、命がけで戦って得られるのは名誉だけ。好きな女と一緒にもなられへんねんやったら……、ほんまにそんな世界のために命張る必要あるんか?」
「でも、だって、平和……」
「魔族側が人間を奴隷にしていたとか表立ってみたことあるか? 全部を統治してへんから偉そうなことは言われへんけど、基本的に迫害をこっちは禁止しとるし、そもそも共存を何度も提案してんねんで?」
「う、嘘だ!! そんなこと大司教様は一言も!!」
「力があるだけでまだぺーぺーのお前さんに言うかいそんなもん」
簡単に押し黙ってしまうのは、神官に思い当たるフシがあるからなのか。
彼が黙ったのを確認し、魔王は今度は獣戦士へと向き直る。
「あんたも」
「俺?」
「勇者が好きなんやったら一緒に来ればええ、ってのともう一つ。お前さんの仲間やけどな」
「ああ、てめぇがぶっ殺してくれた」
「それも違う。お前さんの仲間はこっちで元気に暮らしとるで」
「……はァ!?」
「獣王族の額には宝石があるやろ」
「ああ、俺たちの誇りだ」
「それな。高ぉ売れるってことで人間共が魔族のせいにして狩りしよってん」
「……なん、だと…………」
「ンで、余が保護した。嘘やと思うならあとで会わせたるさかいに聞いてみてぇな」
「待て。待て待て待て待てッ!! じゃあ!!」
「生きとるよ。お前さんの嫁も子も」
「あ……あ。ぁ……ぁあ……ッ!!」
「よぉ、頑張ったな」
「ぁぁぁあぁああああああああああ!!」
「そんなわけでな。こっちからすれば能力も高いお前さんらがそっちの立場偉いだけの糞共に良いように使われているんだが忍びのぉてな。ここまで来るガッツがあれば誘おうって思ってたんよ」
「……」
「……」
「ひぐっ、おぉぉ……! ぐがぁぁ!!」
「すぐに答え出せとは言わん。獣戦士のこともあるから少しだけ、こっちを見て廻って、んで答えくれへんかな? あかんかったら、その時はしっかり殺し合おうや」
「……どう、思う」
「少し……、時間をください」
「家族に! 家族に会わせてくれッ!!」
「せやな。ほなら、行こうか」
泣き崩れた獣戦士を勇者と魔王が支えながら、四人は玉座の間を
「あのぉ……」
「ん?」
「ボクには何も……?」
ぽつんと残されていた神官が弱弱しく手をあげていた。
「あー……、ないよ?」
「ないのですか!?」
「ないよ?」
「え!? じゃあ、ボクは!?」
「今日は見逃してあげるけど次来たら殺すんちゃう?」
「どうしてぇ!?」
説得されたいわけではないが、良い感じの空気が流れるなかで放置されることがどれだけもの悲しいものか。
「自分、だって光の女神の使徒やろ? こっちの共存を真っ向から否定しとるんがその女神さんやからなぁ……、その……、さすがの余でも無理」
「む、無理……。で、ですがボクも相応に能力は高いですし!」
「せやけどうちにも居らんわけやないし」
「勇者の仲間ですし!」
「そこは自分に価値を見出そうや。勇者におんぶにだっこはあかんで」
「み、皆さん!!」
仲間の助けを呼ぶ声を、見逃す彼らではない。
ずっと一緒に居たのだから。
「今までありがとうな!」
「貴方のことは忘れません」
「元気でやれよ!」
「お前らぁぁあ!! もう完全にそっち側行く気じゃねえか!! おぃこらぁぁあ!!」
「はーい、兵士の皆さん出番やでー」
呼ばれで飛び出る優秀な無数の兵士に取り囲まれれば援護回復特化の神官に出来ることなどあろうはずがない。
「覚えてろぉぉお! 必ず戻ってきてやるからな!! くそ! ったれぇえええ!!」
ずるずる引きずられて消えていく彼の声にははっきりとした怨嗟が籠っているのであった。
「こうやって第二第三の魔王が生まれるんやろか」
「戦いって空しいんだな……」
「ええ、……勇者様。私たちの子にはこんなこと経験させたくありませんわ」
「そうだね……」
「おぃ、魔王! はやく家族に!!」
「はいはーい」
余の部下となれ、勇者よ @chauchau
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