第3話

 そこから、二人はシャーロットが見たいと言った業者をいくつか見て回った。全てシャーロットが何回か利用している店ばかりだ。顔なじみの店もあり、シャーロットは軽快に挨拶を交わした。そして、多かれ少なかれ相手はシャーロットを見ると表情を険しくするのだった。

「この前みたいなのは止めろよ! ああなったら途中でも降りるからな!」

「はいはい、分かってるわよ。今回は大丈夫だから。本当に」

 シャーロットはそう言いながら最後の4件目の魔法伝導材の工房を出た。当然のように相手はシャーロットを見ると怒りを、いやここに限っては恐怖をもあらわにした。かなりの前科があるらしかった。

「大丈夫なんですか、本当に」

「大丈夫だから。本当に」

「ていうか、なにしたらこんなに信用を失うんですか」

「ちょっと、色々無理を言っちゃうだけよ。造ってる間に変更したい部分とか出てきちゃうから。あとは全然やったことない注文とか付けるのもあるかしら」

「なんでも度が過ぎると問題ですよ」

 ミサゴ4号は夕暮れの第二王都を駆けていく。一日が終わりつつある街の通りは家路についた人が行き交っていた。竜はそれを物珍しそうに眺めていた。竜は今日一日で今までの人生(?)では考えられないほどの人間と関わり実に愉快だった。山の中で一人静かに佇むの悪くないがたまにはこうして人間の街に来るのも悪くないと思うのだった。

 そうして、ミサゴ4号はシャーロットのボロ工房のある川縁まで戻ってきた。

 どるるん、と音を響かせミサゴ4号は階段の手前で止まった。

「さて、ようやく終わったわね」

「これで段取りは上手くいくんですか」

「ええまぁ、多分。とりあえず設計図を書くから時間を頂戴。そうね、一日あれば形になると思う」

「分かりました。なら一日待てばいいんですね。明後日までその辺をぶらぶらしてます」

「そうして頂戴」

 シャーロットはミサゴ4号を押して、川縁のボロ工房から少し離れたところにある小屋へとそれを運び込んだ。どうやら、ミサゴ4号用の倉庫であるらしかった。

「じゃあ、そういうことで。あんまり遅くまで子供がうろついてると憲兵に呼び止められるわよ。出るならとっとと出た方が良いわ」

「了解です。じゃあ、よろしくお願いしますね。楽しみにしてますから」

 竜は期待たっぷりの瞳でシャーロットを見つめた。爛々と輝き、コーヒーメーカーの完成を信じて疑わない目だった。

 シャーロットはあまりに期待されても困るな、などと思ったりしながらも、

「任せておきなさい」

 と応じた。まぁ、貰った分はしっかり働く所存のシャーロットである。仕事に妥協をするつもりもない。少なくとも自分の思う最高の竜用コーヒーメーカーを造るつもりだった。

 そうして、竜はまた大門の方へと歩いて行った。このまま門を通って外へ出て、丸一日はどこかへ行ってしまうのだろう。そして、ここに来てちゃんと門番が外へ出してくれるか心配になるシャーロットだった。王都の中で人間の姿で宿でも取れば一番良いのだろうがあの姿が窮屈だというなら仕方が無い。外へ行ってもらうしか無いのだ。

 とにもかくにもシャーロットは自分の仕事をこなさなくてはならない。頭の中ではしっかりイメージは出来ていた。

 街が夜に向かっていく。一日が終わる。シャーロットは思い返せばずいぶんとハチャメチャな一日だったように思われた。竜に頼まれてコーヒーメーカーを造ることになろうとは。昨日寝る時には夢にも思わなかったことだ。

 竜の背中がどんどん小さくなっていく。その後ろ姿を見送りながらシャーロットは自分のボロ工房へと続く階段を降りるのだった。



 それから明けて次の一日。シャーロットは工房にこもってずっと設計図を書き続けた。朝食を食べてから一心に机に向かい、それから夜まで。手元には1日分の紅茶の入った魔導からくりのポット、昼食用のくるみパンが3つ。それをおともにただひたすら書き続ける。下準備や組み立て作業は割とのんびりやるシャーロットだったが、いつもこの設計図を書く作業だけは一日か二日で一気に書き上げるのである。

 机に向かうシャーロットの集中は何者も邪魔することは出来ない。訪問者なんてまるで気づかないし、魔法学校時代には隣の部屋で火事が起きているのに気づかず書き続けてしまったこともあった。さすがに飲まず食わずではそもそも作業が続かないということは学習したので書きながら食べ、飲むようになったのだ。とにかくすごい集中なのである。

 一日中、工房にはペンの走る音と紙を丸めて捨てる音が響いていた。そうやって書きに書き、日が暮れ夕飯時を少し過ぎた頃に設計図は完成した。

「出来た」

 シャーロットは書き上げた設計図、それから作業の段取りを書いた書類をまじまじと眺めた。

 設計図には大きなコーヒーメーカーの全容が書かれていた。細かいサイズ、おのおのの部品の材質、組み立て手順。そして、作業の段取りも細かく記入されている。発注する業者もすでに決まっていた。あとは、この書類通りに発注し組み立てていくだけだ。

「造ってたら細かい変更点は出てくるか。ヒーターとかは動かしてみないと暖まり方分からないし」

 シャーロットはうわごとのようにつぶやいた。あとは造ってみなくては分からない。動いてみるしかない。

「よし、とりあえず良かった」

 そう言って、シャーロットは糸の切れた操り人形のようにどたん、と机に突っ伏した。そして、そのまま寝息を立て始めた。電池切れだった。丸一日作業に没頭したからである。こうなったシャーロットも作業中並に何が起きても無反応だ。すやすやと寝続けるのである。

 そういうわけで二日目もあっという間に終わったのだった。

 シャーロットはそのまま朝まで寝続けた。



 そして、次の日の朝。天気は雨だった。第二王都は黒い雲に覆われ、景色は薄暗く霞んでいた。

 竜は今日はシャーロットの家まで徒歩で傘を差しやって来た。姿は昨日と同じだ。大門からここまではかなりの距離があったが竜の身体能力ならば疲れると言うことも無い。それに仕方が無かった。馬車に乗ろうとして通行料として鱗を渡そうとしたらそこそこの大騒ぎになってしまったのだ。御者と雇い主の男が分け前で口論になり、竜は仕方なく乗るのをやめたのだった。その後もそれはそれで口論が続いていたが竜はもはや関わっていられなかった。 ちなみに傘は濡れて歩く竜にそのへんのおばあさんが親切に譲ってくれたものである。

 そういうわけで歩いて疲れたということはなかったが精神的には少し疲れている竜だった。

 シャーロットの工房に続く階段を降りる。そして竜は目の前の光景に違和感を覚えざるを得なかった。明らかに階段から工房が昨日よりせり上がっているのだ。見れば川が雨で増水している。そのためにどうやら工房が階段ごとその高さを上げているらしい。これもからくりなのだろうと思われた。

 竜は工房のドアを叩いた。どんどん、と音を立てる。しばらく待つが中から反応は無かった。もう一度叩いたが同じだ。

 竜は仕方なくドアを押した。鍵はかかっていなかった。不用心なことだ、と思いながら竜は工房の中へ首を突っ込む。

 見ればシャーロットは机に突っ伏してぐーすかと寝ていた。そして、その周りは丸めた紙の海だった。散乱して居るどころか、小さな山がいくつか出来ているほどだった。竜は驚くが、とにかくシャーロットを起こさなくてはならない。

「シャーロットさん! おはようございます!」

 そこそこの大声で竜が呼びかける。

「はわぁあ!? 誰!?」

 するとシャーロットは即座に跳ね起きた。寝起きで錯乱しているようではっきりしない目でぐるんぐるんと部屋を見回した。そして、しばらくそうやってようやく竜の存在に気づいた。

「あ、ああそうだった。おはよう。早いわね」

 シャーロットは口に付いたよだれを拭いながら言う。

「いえ、もう9時半ですよ」

「あ、あらそう。寝過ぎたわね、やれやれ」

 シャーロットは立ち上がって思い切り伸びをした。バキバキと関節が鈍い音を結構な大きさで立てた。竜は人間からそんな音が出るのを初めて聞いたので目を丸くした。

 そして、シャーロットはポットから紅茶をカップに注ぐ。紅茶はまだ湯気をたてるほど暖かかった。

「設計図は完成したわよ。スケジュールも纏まってるから。あとは発注して順番に組み立てていくわけね」

「本当ですか。それは良かった」

 シャーロットはもうひとつカップを出して紅茶を注ぐと机に二つとも置いた。自分の分と竜の分だ。

「朝ご飯は食べたかしら」

「いえ、まだですね。無しでも大丈夫ですから」

「朝ご飯はしっかり取ったほうが良いわよ。紅茶は大丈夫かしら」

 そう言いながらシャーロットはパンを出してナイフで何枚かに切り出した。

「大丈夫です。好きですよ」

「それは良かった」

 シャーロットはパンをまたなんらかのからくりに入れた。抱えられるほどのサイズの金属の箱にそれを入れるとガラスの窓から見える内部が赤く光っていた。小さなオーブンのようなものらしかった。

 それからシャーロットはフライパンで卵を二つ焼き、そうしている間にパンも焼き上がり、あっという間に朝食二人分が机の上に並べられた。

 シャーロットは食事前のお祈りをし、竜はそれを眺めてそれから二人は食事を始めた。

 食べながらシャーロットは設計図を机の上に広げた。

「こんな感じで行こうと思うのよ」

 そこには巨大コーヒーメーカーの細かい情報が書かれていた。

 サイズはもちろん竜に合わせたもの。タンクの水を沸騰させ、圧力でお湯を吹き出させるドリップ式だ。大部分は金属製になるという風に書かれていた。取っ手など竜が握り熱が伝わらない方が良い部分に関しては木材も使っている。そして、ヒーターは熱魔法を使うので魔法伝導材と魔法炉が使われる。魔法伝導材は魔力を伝達する合金で、魔法炉は魔法を自動的に発生させる動力だ。魔法炉はシャーロットの発明である。

「なるほどなるほど。大分金属を使うんですね」

「陶器とか木製とかも考えたんだけど、耐久性とかの問題で止めたわ。正直重くなるけどあなたは竜だから大丈夫かと思ったんだけど」

「ええ、僕らは力もありますから大丈夫ですよ。良さそうですけど、とにかくドリップの仕方が大事なんですよ。大きくなるほどお湯が豆に上手く行き渡らなかったりして、巨大ドリッパーで経験済みです」

「その辺はお湯がまんべんなく落ちるように調整したわ。小さいサイズのと同じようにいくはずよ」

「それは良かった」

 竜は設計図を眺めて満足そうだった。自分が喉から手が出るほど欲しかったものが今これから形になっていこうとしている。それを実感しているようだ。小さいながらも夢が叶うのだから嬉しいのは当たり前であった。

「じゃあ、これで良いかしらね」

「ええ、これでお願いします。後はシャーロットさんに任せますよ」

 目玉焼きを頬張りながらシャーロットが言うと竜は良い笑顔で応えた。

「なら、朝食を食べたら街に行きましょう。一昨日回った業者に本格的に声をかけるわよ」

「了解です。ワクワクしてきましたよ」

「まぁ、任せときなさいって」

 二人はこれから始まる大仕事を前に武者震いであった。未だかつてコーヒーメーカーを欲しがった竜など居なかったし、竜用のコーヒーメーカーを造った人間など居ないに決まっているのだから。ある意味歴史的なことであるかもしれない。ある意味だが。とにかく二人はやる気に満ちに満ちているわけだった。

 そして、きっちりパンと目玉焼きを食べ、紅茶をゆっくりと飲み干すと二人はいよいよ工房を出た。

 シャーロットは造った書類をしっかりと鞄に入れて持ち出した。扉をしっかりと閉めて鍵をかけるとシャーロットは天気を見てうめき声を上げた。

「嫌な雨ね」

「ええ、日の出前からこんな感じでしたよ」

 雨は竜がこの工房まで来たときと同じような降り方だ。大雨でも無いが外を動き回るにはわずらわしい雨だった。

「昨日のからくりには乗れませんかね」

「ええ、とにかく嫌な思いをするわ。一度やったことあるけど。仕方が無いから馬車を使いましょう」

 二人は傘をさし、増水した川を横目に階段を上る。馬車の駅はシャーロットの家から大通りに出て一区画歩いたところにあった。シャーロットたちと同じように雨の中を雨に濡れないように移動したい人々が集まっていた。何台もの馬車が停まり、人が乗ったり降りたりだ。 シャーロットたちはその中の一番安い馬車の列に並び、しばらくして乗り込んだ。窓の無い戸を開けて乗り、御者に行き先を伝えると馬車は走り出した。二人は濡れないようになるべく真ん中に詰める。ゴトゴトと揺れが伝わるが乗り心地は悪くないと竜は感じた。

「なんか、馬車ってもっと乗り心地の悪いものだと思ってましたけど」

「第二王都は道の整備がしっかりしてるから」

 ゴトゴトと馬車は雨に濡れる街を走って行った。昨日のミサゴ4号と比べるとずいぶん遅い。速度は2分の1くらいに思えた。

 石造りの街並は煙る雨に覆われていた。建物の中や軒先で人々が雨宿りをしている。濡れたおじさんが服の袖を絞っている。貴婦人が傘を差しながら足早に歩いている。子供たちが元気に水玉を踏みしめ、親にどやされている。

 雨なのに街は賑やかで、竜はなんとなく楽しかった。

 馬車はミサゴ4号の2分の1の速度で進み、やはり2倍ほどの時間をかけて目的地までやってきた。工業地帯だ。相変わらず大きな工場からはモクモクと黒い煙が上がっていた。

 そして、今日は速度が遅いからだろうか。竜にはよりはっきりと匂いが感じられた。臭い匂いが鼻を突くのだ。竜は思わず顔をしかめた。

「臭いですね」

「この匂いとか、どうしても出る廃棄物とかも問題なのよ。とにかく、問題だらけなのよ」 シャーロットも表情が曇っていた。

 そして、ようやくたどり着いた。一昨日も来た『鍛冶工房レッドヒル』だ。ここも、煙突から煙が出ていたが他の工場ほど嫌な匂いはしなかった。今日もしっかり稼働中らしい。

 とりあえず、シャーロットは大部分を締める金属部品をここに依頼するつもりなのだ。

 部品はとにかく大きい。さらに魔法伝導材との繋ぎがあるパイプなどは複雑な加工も必要になる。信頼出来る鍛冶屋に依頼したいわけである。

「ここに依頼するんですか」

「ええ。やっぱりいつも使ってる場所が一番よね」

「受けてもらえますかね」

「大丈夫よ。昨日手応えはあったし。大体、報酬が抜群なんだから」

 大部分の部品をここで造るということは、資金の大部分がここに入るということだ。竜の鱗を売って作る潤沢な資金が入るわけである。そんじょそこらの仕事とは実入りの額が違うわけである。それにダン・レッドヒルは変わった仕事が好きな人種だ。

 断るはずがない。シャーロットは勝利を確信していた。

 そして、シャーロットと竜は昨日と同じように立て付けの悪くなった扉を開いて工房の中に入っていった。

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