6. 最愛の人へ(3章第7話「最後のタバコ」より主人公の手紙)
本作は『
迫り来る敵軍から部下を逃がし、自ら捕まって処刑される覚悟でしたためた、若き将軍の“遺書”を、ご覧ください。
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1945/5/8
愛する妻へ
お前さんに最後にかける言葉が、温度のない文字列になってしまったことを、どうか許してほしい。だが、私は誇りをもって、最期の任務を全うしなければならない。
私はこの手紙を、パリスの接収したホテルで書いている。昨日この敵国首都に無血入城して、一夜明けて祖国の敗北を聞こうとは、思いもしなかった。現に私の指揮する第七装甲師団が敵の抵抗もなくパリスを占領しているというのに、連合軍側がどんな論理で無条件降伏への調印を迫ったのか、カイテル元帥が何に納得して署名したのか、不可解かつ不気味である。総統も自裁したという話だが、本当だろうか? いや、死んだことを疑っているのではないが、どうにも突然の中央の動向や決定には判然としないことが多すぎる。頭が悪い連中だとは思っていたが、突然の終戦にあたっては、今までになかった闇を感じる。
郵便制度とともに検閲制度も崩壊すると思って、ついつい筆が進んでしまったが、仕事の愚痴を吐くのがこの手紙の目的ではない。まあ、生前一度くらい、堂々と奴らを批判する手紙を書くという貴重な経験がしてみたかったのだ――。さて、納得し難い部分は多いが、ともかくプロイスは無理やりに敗北させられた。だが、パリスは第七装甲師団が勝者として占領している。無条件降伏を強引に迫った連合軍にとって、我々は極めて不都合な存在となってしまった。すぐにでも敵は目の色を変えて、プロイスで唯一勝っている我々を地獄へ送るべく、この花の都へ殺到するであろう。彼らの一番の目的は――思い上がりも甚だしい……と言いたかったが――私の命に他ならないだろう。最後まで勝ち続けた私を、
別に私の名誉など問題ではない。私個人がどう悪く言われようと、死んでしまえば関係ないことだ。だが、エミーリエ。お前さんと、俺たちの子どもが悪く言われることだけは、堪えられない。だが、世間は、勝者面の連合軍の言うままに、アルフレッド・マンシュタインと、
遺産については、知っての通りの口座にあるのが全てだ。少将という階級のおかげで、母子2人で生活していくのに、しばらくは困らないだけの貯金はあると思う。また、俺の書斎にあるものは、全て売って足しにしてくれていい。家具や本は地獄へ持っていけないからな。俺のできる最後の嫁孝行だから、受け取ってくれ。それでも不足する場合は、カレンベルク元男爵家か、アイゼンシュタイン元伯爵家を頼ってみて欲しい。どちらも俺が幾度も世話になった人たちで、困窮した母子を見捨てるような人柄ではない。彼らになら安心して、最愛のお前さんと、子どもを預けられると思っている。
許してくれ、エミーリエ。本当は生きて帰って、抱きしめたかった。
Alfred Friedrich Wilhelmine Manstein
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