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お題:文豪名言×儚い彼のセリフ

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くるると傘を回す人の波 僅かに離れたこの場所で見る夕焼けに染まる色に散りばめられた透明や赤、青 そんな鮮やかさを乱反射させる雨粒


自分はと言えば偶々居合わせた探偵団の子達に傘を貸してしまったのでその人並みに馴染む事は叶わない。だからこうして雨宿りをしていた



見上げた空模様は生憎だが夕焼けが顔を覗かせ眩しさも混じる。夕方からの雨予報は当たったらしい 天気予報を馬鹿にしていたバチでも当たったかと思ったりもした

肌寒さを感じて少しだけ体を縮め ひとつ溜息をついた



雨避けに図書館の入り口に立ち尽くしてただ止まぬかと待ち続けるのは少々長い。仕方が無いからと迷うつま先がふと何かを思い出した様に止まった

そう言えば少し前にも同じ事があった。

あの日は夕立ちだったはずだ 軒先で立ち尽くした自分は今と似た様な事を考えていた










隣を通り過ぎた真っ黒い服装にニットを被った男性 そのまま通り過ぎたはずがはたと急に立ち止まり 一度此方を振り向いた


…知り合い、では無いと確認した



顔立ちは日本人に近いけれど、でもその風貌を見る限りハーフといったところか。随分と背が高く階段があるからこそ大丈夫なもののそれにしても随分な高身長だ こんなに整った顔の知り合いなぞおらん、と内心呟く。




「…君」


ぞくりとしたその声 低く、此方を見たその翡翠の瞳

一瞬目が泳ぐと直ぐに其れが如何してか察した様に「お前以外に誰がいるんだ」と雨音と共に聞こえた声に腑抜けた声で返答した



「…あ、ああ……」

「傘は?」

「…あ、っと」



思わず喉で詰まる声にその大きな背がくるりと此方を向き直す 焼けた陽の色を背にしたその目の下には特徴的な隈。



「…すいません、大丈夫です 有難うございます」

「傘は、と聞いたはずだが?」

「……」



何だこの尋問されてる様な問い方 私は何か悪い事をしただろうかと思わず再度泳いだ瞳を追う様に カツ、と足音が一つ二つ寄ってくると二段下の階段と言うに屈められた背



「……、忘れてしまったんですが 止む気配も無いので行こうかと」

「…ふ、」


口元が緩く半円を描くと漏れた微かな笑い声


「君は随分、嘘が下手だな。傘を忘れ雨宿りをしてるなら 濡れている筈だが?」

「え、…あ」

「コンビニの袋を手にしてると言う事は此処にずっといた訳では無いだろう なら濡れてないのは可笑しい」

「……名探偵くん、みたいですね」



ぽつりと呟き小さな探偵を、先ほど傘を貸した事を思い浮かべた



「ホォー、名探偵?」

「ホームズになりたいワトソン君、ですかね」



彼は確か生粋のシャーロキアンだった筈だから、きっとこの例えが良いだろう。これが合う。厭、もしかするともうホームズと言っても良いかも知れない

視線を戻すと雨が降る空を僅かに見上げたその人はニット帽から出る前髪が風で揺れた その後此方を再び見たその人が「少し待っていてくれ」と云い残し立ち去った


…何だろう、この警察か何かに見張られてる様な いや見張られた事はないが。そんな感覚に似ていた









そしてあの時、私は彼の言付けを聞かずその場を離れたから あの人が誰か知らぬままだ

其れを歩き出そうとしたつま先で思い出したが、確かあれはもう一、二ヶ月前だった


ただ不意に思ったのだ、彼はあの時どんな世界を見ようと 空へ視線をやったか何て、らしく無い思考を抱えたが 残念なことにもう答えを聞く事は不可能だろう。




そう言えばあの時も傘を貸していたなと思いながら止まぬ雨を眺め溜息混じりに階段を降り始めた時 視界に嫌でも入った赤い車。車に詳しくないが 確実に車が好きな人で無ければ乗らないだろう 白いラインが二本入ったその車を横目に雨が地面を打つ地に足をつけ歩き始めて直ぐだった



コンコン、とガラスを叩く鈍い音がした気がして反射的に振り返った



「…っあ、」

「随分と気不味そうな顔をするものだな 何か心あたりでも?」



名前も知らない 只一度しか会った事が無いその人間に飛ばされた嫌味らしき言葉に思わず口を結ぶが気不味のは確かだった



「安心しろ、待っていろと言ったのに居なくなった事位では怒らんさ」

「…根には持ってます?」

「さあな」



いや絶対持ってるだろ、とは言えず思わず口籠った


窓を開けて長い腕を其処に置き此方を見る翡翠の瞳と特徴的な隈。間違いなくあの時の人だった

勝手に立ち去ったやましさなのか、雨の所為なのか 早く立ち去りたい気がして視線を彷徨わせつつ 「それでは」と頭を下げて駆け足で立ち去ろうとする私の手首を掴んだ男らしさを嫌な程に感じるその掌が「まあそう焦るな」と言いながら

するりと離れた手が扉を開けた



「悪いな、この手の車は運転席から回り込まなければ座れんのだよ」

「…あ、え」

「如何かしたか」




…其れはこちらの台詞だと言いたくなる雰囲気だ

何だこの流れ 車に乗れと言わんばかりに車の上、手を添え頭をぶつけないようにしている手もそうだ この人は正気だろうかと思わず前とは違い段差がないからか酷く高い位置の瞳を見た



「…日本の学校では知らない人についていくなと教育されてまして」

「…っはは」



一度見開いた瞳が何か堪えられなくなった様に笑う …驚いた、この人 笑うんだなんて思いながらきっと今自分は実に複雑な顔をしてる筈だ



「嗚呼…すまんな、まさかそう来るとはな

安心して良い 君が心配する様な事はせんよ。だが俄然興味が湧いた」

「…、いや、あの……」



興味が湧いた、とこんな整った顔に色香を秘めた声で言われると僅かでも、一瞬でも 乗り気になった自分は無防備だろう。佐藤刑事に言えばコブラツイストあたりキメられながら怒られるルート。



「…雨も大した事ないので、大丈夫ですよ 有難う御座います」



頭を下げた時 風に乗って香った煙草の香りが酷く似合うと思いながら顔を上げてはっとした 耳には地面を打つ雨音と共に響く傘を叩く雨音 先程迄肌に感じていた滴の冷たさが無い



「では此方にしよう」



はなから言われる事を分かりきっていた様にそう言って差した黒い傘を手渡された




「この傘を、いつか返してくれ」

「いや、あの何時かと言われても」

「…赤井だ 赤井秀一と言う。」

「いや、ですから」

「君は奇跡とやらを信じるか?」



遮られた言葉の上に重なった言葉にひたと声を止め、何度か瞬きをした

奇跡を信じるか、何て とてもざっくりした質問の様でいて けれど安易な言葉では無い 厭、寧ろ綺麗過ぎる言葉だと 思った



「…あかい、さんは?」

「俺か?そうさな、…この傘が戻ってきたら 信じよう」



又そっと空を仰ぐ様に僅かに顔を出す夕陽を見るそのグリーンの瞳 …この人は、誰なんだろう。


ふと、思考に生まれたその想いにも 目の前の案外キザな返答にも 小さく笑った

夕日が綺麗ですね、とその瞳と同じ方を向いて何気無く呟いた

不意に出た言葉に彼が何故かそのオレンジ色から目を離し此方を見るとその瞳が僅かだけど変化した様に見えたのは 傘の影の所為だろうか



「…嗚呼、悪く無いかも知れん。

傘を貰った時に 同じ事を俺がいえる様にしよう」

「…同じ事、ですか? 別にそんなの言わなくても」

「今はまだ知らんままで構わんよ」




手渡された傘と話している間に濡れてしまった彼の、赤井さんの姿を見て「…もう逢えない確率の方が高いと思うのに ですか?」と 何故か言葉が先走った


何ら可笑しくない問いだと思う 正にそうだ。なのに 何故かそう思った



「では逢えないと思う理由は何だ?」

「…何だ、と言われても 偶然雨宿りをしている所に鉢合わせただけですよ 寧ろ二度其れが起こっただけでも奇跡……」



言い掛けてから あ、と思った


「…そう言う事だ。だが次に逢う時は 雨が降っていない日なら良いな」

「其れだと傘を持ってないかも知れませんよ」

「日傘として使ってくれても構わん。黒だから何ら問題ないだろう」

「そう言う問題ですかね?」

目標めじるしと言う事さ。見失わない為のな」



僅かに感情を孕んだ様に見えた瞳の奥に光を感じたが直ぐに逸らした所為で分からないままだ 恐らくは気の所為だろう



傘を握って 泳いでいた瞳をそっと夕陽を背負うその人へ向けた




「それじゃあ、お言葉に甘えて」

「嗚呼」


素っ気ない返事と共に傘から離れた彼の手 そしてたった一言「それじゃあな」とシートを戻して乗り込み閉まる扉の音


ぎゅっと傘を 気付けば握っていた

そしてハザードを焚いて立ち去った赤い車を見送った その頃にはもう、雨は随分小ぶりになっていた












なんて事無い休日の前の日。午前中に降っていた雨は嘘の様に止んで晴れている

連日の疲労もあってか兎に角眠い 晴れていようが何だろうが早く帰って眠りたいが公園にいる。そう、コンビニの袋片手に誰も居ない公園で月を眺めブランコに座っている


借りていた夏目漱石の小説を読んだ後に見る月は少し格別だ。何だか良い気分になる。






隣のブランコの側に置き去りにされた折り畳みの傘が視界に入り ふと記憶を思い起こす。何度目だろうかと思う程に時間が経った一年近くも前だ

結局、あの傘は未だ自宅の傘置きにある

奇跡とは矢張り神様のイタズラ、何てらしくも無い事を思った



ほのかな風に乗るのは梔子の香り 目蓋を閉じて感じるその柔らかな風にふと、他の香りが混じって 目蓋を開いた







「『月が綺麗』だな」




ぞくりと背筋に走る痺れに似た感覚。 低く、闇に溶ける様な声だった

足音一つなかったから思わず反射的に立ち上がり辺りを見渡す



「確かあの時も手にしていたのは夏目漱石の小説だったが 今日もか?」

「っ、」



背後からくすりと笑い問いかける声






「日本で有名な文豪である夏目漱石は月が綺麗ですねI love youと訳したとされているだろう? 「夕日が綺麗」と言う言葉にも意味があると知っているか?」

「ちょ、ちょっとま」



暗闇に浮かぶシルエットは真っ黒な服装で闇に溶けているがはっきり浮かぶグリーンカラーの瞳



「夕日が綺麗、と言うのは 『貴方の気持ちを知りたい』、と言うらしい」

「……っな、」



幾ら無知だったとは言えあの時私は確かその言葉を言った筈だ と思った途端に酷い恥ずかしさが込み上げて来る



「え、っと あれは」

「偶然だろうとは思っていたが、自覚が無くともそう問われたなら答えない訳にはいかないだろう」



浮かんだシルエットに思わず再度それが誰かを確かめ 目を見開いた

…間違いない 間違えるはずもない。

ニット帽とすらりとした手足に鍛えられた体と目の下の隈に 綺麗な翡翠の瞳




「え あの、」

「そう言えば 君の名を聞いていなかった事をずっと後悔していたんだが…今聞いても?」

「…碧於、です」

「ホォー あお、か」



そっとその影と梔子と共に香った香り、煙草の残り香を纏ったその人影は驚く私をブランコへ座らせると前方を塞ぐ様に 片手でブランコを掴み、膝をついて目の前に屈む




「君のあの時の問いに答えよう」

「ちょ、あの 私あれは何も知らな」


月が綺麗だなI love you とても」



くっと笑う口角と此方を射抜いたまま外さない瞳はあの時一瞬見たそれに似ていた

まるで、獲物を狙ってる何かの瞳 そうなると今の私はそんな何かに睨まれ動けない何か



「言ったろう? アレは『目標』めじるしだと。然しアレから君はあの傘を使ってなかったからな」

「…何故、それを…」

「知りたいならば 先程の問いの答えを訊いてからにするとしよう。

で、答えは?」



夏目漱石を読んでいたのは偶々だ。

そしてかの有名な発言の意味、月が綺麗ですね は確かにあいらぶゆーの訳を訊かれ応えたとされている。

そしてそれに対しての答えもあるわけだ yesかno、どちらか





「…死んでも、良いわ私は貴方のものよ…?」



早鳴りの鼓動と微かに囁いた言葉に薄い唇が満足気に吊り上がる



「良い返しだ。だがまあ安心して良い 君が死ぬ事は無い」




ぐっと寄せられた顔が 耳元へ近づく

そして私の視界にはニット帽から出ている前髪とその背後にある月が見えていた





「あの傘はGPS内臓型だ。其れが先程何故分かったかの問いの答えと


君を死なせん理由は、」








思わずその次の言葉に体が硬直した そして何事もなかったかの様に立ち上がり私にも立ち上がる様促され未だ頭の整理がつかぬ私を置き去りに車を付けてある、と背中に腕を回され歩き出したが その腕はまるで「今更逃してはやらない」と言われてる様だった




歩いてる最中梔子の花を見た。だから香っていたのかと思ったが ふと梔子の花言葉を思い浮かべた

『喜びを運ぶ』 『幸せ者』。



立ち止まり開かれた車の扉に この赤が、信号の様に見えた



「覚悟しておく事だ 俺達FBIは執念深い。…逃げ道を無くす事が 得意でな」






くすりと笑うその人を見て 一目惚れ、厭 二目惚れはしない方が身の為だと痛感した

背中に触れて無言の圧力で、乗れ と促すその手に嗚呼何て事だと頭を抱えたくなるが 踏み出して乗り込んだ車。もう逃げ道は最初から絶たれていたのかも知れないと悟りながらシートに座り扉の閉まる音を聞いた













通り過ぎた花香り

(この車が何処へ向かうかも)

(これから先如何なるかも)

(知っているのは神か、隣の人かだけ)








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