第93話 戦国時代に平穏はない

 むふ。

 むふふふふ。

 いや~。彼女ができるって素晴らしいね、諸君! 毎日が薔薇色になるって聞くけど、本当にそうだね!


 しかもさ、婚約もしたんだよ。こ・ん・や・く!

 いずれ元服したら、こーんな可愛い子が俺のお嫁さんになってくれるなんてさ。ホント、夢みたいだなぁ。


「喜六様、そういえば『変わり碁』ができたと兄が言っておりましたよ」

「えっ、もう!?」


 婚約が決まってから、俺は毎日……と言いたいところだけど、鍛錬も座学もあるんで、一日おきくらいに生駒屋敷に来ている。

 一応、商品開発の為っていう大義名分もあるからな。

 だから本当は、別に毎日来たっておかしくないと思う。商品開発の為だしな。うむ。


 変わり碁は、譲ってもらう予定の子猫の名前を有名なボードゲームから取って「セロ」にしようと思うっていう話を信長兄上としていて、リバーシの説明をしていたら、それを作って遊ばせろって言われたんだよな。

 作り方は簡単だからな。将棋の盤みたいなのを8×8で作ってもらって、平たい丸い木の駒を白と黒に塗り分ければ完成だ。


 それにしてもさすがだな。この話をしたのって、一昨日だぞ。もう出来上がったのか。


「持ってまいりますね」


 美和ちゃんを待っている間に、猫たちと戯れる。五月に生まれたから、だいぶ大きくなったよなぁ。母猫のおっぱいはもう飲んでないだろうから、引き取ってもいいくらいなんだけど、末森もバタバタしてたから、まだ引き取ってないんだよ。


 せっかくだから龍泉寺城ができるまで生駒屋敷で預かってもらおうと思う。

 そ……そしたら猫に会いに来るっていう口実も使えるしな。うん。


 竹ひごの先に、布の切れ端を丸めて作ったボールもどきをつけて、猫釣りをしてるんだけど、これがまた楽しいんだよな。

 たまに取らせないと怒るから、適度にボールを取らせるんだけど、一生けん命取ろうとするのをひょいっとボールを上にあげて取らせないようにもする。その時にていていっと猫パンチをするのが、本当に可愛い。


 しばらくちび猫たちと遊んでいると、美和ちゃんが変わり碁を持ってきた。お兄さんの家長さんも来たので、変わり碁の遊び方を説明して、最初に家長さん、次に美和ちゃんと対戦した。


「また負けました……」

「ほら。ここを見てごらん。この四つある角を先に取れば勝ちやすいのですよ」

「そうなのですか?」

「うん。ここに黒い駒を置いて、それでここに黒を置くと……ほらね?」


 白い駒が次々にひっくり返って黒い駒一色になるのを見て、美和ちゃんが小さく歓声を上げた。家長さんも、ほほうとか頷いている。


 ちなみにお供で一緒に来た熊は、さっきから茶トラの子猫に夢中になっている。

 なんていうか……ごつい髭もじゃの男が、目じりを下げながら子猫と遊んでる姿っていうのは、なんていうか見ちゃいけない雰囲気がある。

 普通だったら微笑ましくなるんだろうけどなぁ。熊だしなぁ。


「まあ、本当に。では次は美和も負けませんよ」


 両手でこぶしを握ってそれを胸の前に出すとか、超あざと可愛い。しかも無意識でやってるとか、俺の婚約者、可愛すぎるだろ。


 はー。もう、こんなに幸せでいいのかな!?










 なんて、戦国時代で浮かれている場合じゃありませんでした。


 九月末、そろそろ農村では米の収穫が行われ始めると言う頃、突然末森の城代である熊に、登城の知らせが届いた。


 美濃の明智城代、明智光安から、後詰の要請が来たのである。


 明智城は、尾張から見て北東に位置する場所にある。そして明智家は、守護である土岐家の流れをくむ名門だ。それでもって、娘を斉藤道三の正室にしている。この小見の方が、信長兄上の正室である濃姫の母親だ。

 つまり明智家は、信長兄上の義母の実家にあたるわけだな。


 さらに俺たちの母上である土田御前の生家である土田家も明智家と縁戚関係にあるから、かなり親密な間柄になる。


 この明智、土田の両家は道三が倒された長良川の戦いの時に道三側について義龍と戦った。そして道三が倒された今も、義龍に対して明確な服従をしていなかったらしい。


 信長兄上も明智に調略は仕掛けてたらしいけど、今の信長兄上の側近に良い軍師がいないんだよなぁ。あえて言うなら沢彦和尚さまくらいだろうか。どっちかっていうと教育係に近い気がするけど。


 脳筋ならいっぱいいるんだけどなぁ。熊とか犬とか。佐久間のおじちゃんとか千秋さんとか。

 ツッチーは武寄りってほどじゃないけど、軍師って感じでもないしなぁ。滝川殿は……うん。軍師っていうより暗躍の方が得意そう。


 そんなわけでこっちの調略は成功せず、明智光安はどっちつかずの態度を取ってたわけなんだけど、いつまでも義龍のことを正統な美濃の領主だと認めない態度に、義龍が切れて攻め込んできたらしい。


 しかも総大将は義龍の庶兄の長井道利だ。この長井道利は斉藤道三の若い頃にできた子供らしいんだけど、実は父親を下剋上するように義龍を唆した黒幕らしい。


 この長井道利を総大将として、道三を討ち取った長井忠左衛門、西美濃十八将の一人である国枝正則や船木義久など、錚々そうそうたる武将を中心に、総勢三千七百の大軍が美濃明智城を包囲したというのだ。


 それで焦って信長兄上にヘルプコールが来たってわけだ。


 それにしても……ん? 明智?

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