第81話 名塚砦

「喜六郎様。まずはどちらの陣に参りましょうか」


 横に並んで馬を駆けさせている滝川殿に聞かれて考える。できれば名塚砦に入って信長兄上の様子を見たいところだけど、砦が囲まれてた場合は中に入る事はできないだろう。だから、とりあえずは―――


「先に信行兄上の様子を見に行きましょう」

「わかりました。では名塚の南に向かいましょう」


 信行兄ちゃんの軍の後ろから様子を見て、できれば信行兄ちゃんと直接話をしたいところだ。

 ああ、でも、どう説得して停戦をさせればいいのか分からんよ。何かいいアイデアはないものか。


 神様、仏様、おらに力を!

 この際、集めたら願い事をかなえてくれるボールが空から降ってくるんでもいいぞ!

 でもさっきから雲行きが怪しくて、降ってくるのはボールじゃなくて雨になりそうだけどな。


 あ、そういえば。


「滝川殿は、市姉さまに協力をお願いしたのですか?」


あのタイミングだもんな。絶対に協力してる感じだったよな。


「実は喜六郎様をお助けに行く際に、市姫様の侍女殿に見つかってしまったのですよ」

「え、滝川殿が!?」


 ほぼ忍者な滝川殿が見つかるって、見つけた侍女さんが相当な手練れなんじゃないか!?


「ええ。私……というよりも、柴田様が必ず喜六郎様を助けようとするはずだから、その手助けをしなさいと命じられてあの離れを見張っていたそうです。いやぁ。柴田様は、随分と市姫様に信頼されていらっしゃるのですね」

「む……そ、そうか?」


 まんざらでもない声を出す熊に、そんな場合じゃないのに、くすっと笑ってしまう。


 熊、本当に市姉さまのことが好きなんだな。

 今回のお家騒動が収まったら、ちゃんと信長兄上に熊の有能さをアピールしておいてやるからな。

 そうすれば、もしかしたら市姉さまとの仲が一歩前進するかもしれんからな。


 名塚砦は那古野城の北にあるから、そのまま北西へと向かう。途中に田幡城と志賀城があるけど、田幡城は林方の城だからそれを避けて、大回りして志賀城の北から名塚に向かった。


 その間に、雨がポツポツと降ってくる。

 進む方向の空には真っ黒な雲が、青い空を侵食するように広がってきていた。


 これは夕立がくるな。

 遠くで雷の音も聞こえるし、これから天気が荒れそうだ。


 でも、土砂降りになったら、それはそれで戦が延期されていいのかもしれんけど……。

 いやちょっと待て。

 もしやまさか、こんなとこで桶狭間と同じ戦法を取らないよな!? あれは奇襲だから成功したんだぞ。ここでやっちゃったら、桶狭間で使えなくなろうだろうが。


 雨に紛れて奇襲とか、しないでいてくれよ、信長兄上!


 そのまま西へ向かうけれど、雨は段々激しくなってきて、視界が悪くなってきた。雷も鳴り始めていて、大荒れの天気だ。


「一益! このまま進むぞ! はぐれないように、ついて参れ!」

「おう!」


 急な土砂降りで、霧まで出てきたぞ。

 雨と霧で更に視界が悪くなる中、名塚砦へと向かう。

 こんなんで道が分かるのかな。

 熊、お前の野生の本能だけが頼りだからな!


 まさに五里霧中の中、熊の夜叉鹿毛と滝川殿の葦毛が駆け抜ける。


 早く。早く。

 信長兄上と信行兄ちゃんが戦う前に。

 早く!


 やがて、あれだけ濃かった霧がうっすらと晴れてきた。まだ雨は降り続いてるし雷の音はするけど、さっきほどの土砂降りじゃない。


 名塚は、信行兄ちゃんはどこだ!


 すると前方に、うっすらと人影が見えた。

 あれか!


「勝家殿、あそこです!」

「承知した!」


 合戦の音はしていない。ならば、まだ戦は始まっていないということだ。


 戦を、止める。

 なんとしてでも止めてみせる!


 その時。

 あれほど激しかった雨がピタリと止んで、雲の隙間から日が差した。その光が、雨に濡れた熊と俺を照らす。


 そこで熊が急に馬を止めた。

 俺はちょっとつんのめりながらも、周りを見回す。


 信行兄ちゃんはどこだ!?


 ……あれ?

 なんで右の兵が背中に差してる旗指物の色は黄色くて、左の兵のは青いんだ? 模様は同じ木瓜だけど。


 あれ? なんで信行兄ちゃんの軍の後ろにきたはずなのに、更にその後ろにも更に兵がいるんだ? おかしいだろ?


 あれ? なんか右手の奥に馬に乗った前田利家の顔が見えるぞ。 その更に奥には……うぎゃぁ。信長兄上じゃないか!? なんでだ!?


 ってことは左にいるのは……兵が多くてよく分からんけど、もしかしてこっち側にいるのが信行兄ちゃんの軍か?


 つまり、ここは信長兄上の軍と、信行兄ちゃんの軍が衝突する真ん中ってことか……?


 えええええええええ!?

 

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