第80話 脱出
滝川殿の後をついて、建物の陰に隠れながら進む。最大の難関はやっぱり入り口の大手門だ。 しかもその左右には見張をするための二階
滝川殿はどうやって入ってきたんだろうかと思ったけど、どう考えてもあの門をくぐってくるのは不可能だろうから、何か別の手段で城の中に入ってきたに違いない。
たとえば、掘を泳いで渡って城壁を登るとか。
俺には絶対そんな真似はできないけどな。
いや、別に滝川殿がそうやって侵入してきたとは言ってないけど、なんとなくその手の侵入の仕方をしたんじゃないだろうかと想像する。だって、怖いから本人には言えないけど、滝川殿ってどこからどう見ても立派な忍者なんだもんな。
それにしても、これだけの兵が見張っている中、どうやってここを突破するんだろうと思っていたら、滝川殿の目が何かを見つけたように動いた。
つられて俺も視線を向けると、そこには市姉さまとその侍女さんたちがいた。
「皆様、ご苦労様でございます」
市姉さまの中でも一番古株の侍女さんが声を張り上げた。見張りの兵士たちは何事かと注目している。
「殿は見事、篠木郷を占領いたしました。そこで、勝利の祝いに、酒を一献持ってまいりました」
見張りの兵士たちが「酒だと!?」と騒ぎ始める。でもその中でも一番偉そうな兵士が、侍女の元へ行った。
「そいつは嬉しいが……見張りをしないで飲んでも大丈夫なもんかね?」
チラチラと他の侍女が持つ酒瓶を見る。その顔はどう見ても飲みたそうな顔をしていた。
「屋敷の他の者たちはああして騒いでいるではありませんか。この門の見張りをしているあなた方だけが祝い酒を飲めないのは不憫だと、市姫様は仰せです」
「お、おお。そりゃあ、ありがたいこった。だがなぁ……」
「飲まないのであれば、屋敷の者にふるまえば良い事です。では、これで」
くるりと踵を返す侍女に、兵士は慌てて声をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あれだ、その、一杯だけなら大丈夫だろう。なあ、みんな?」
この時代、足軽に米を多めに支給したらお酒を造っちゃうくらい、みんな酒好きだ。当然のことながら、全員大きく頷いた。
「ようございました。それではこちらへ」
侍女さんたちが瓶から柄杓ですくって、盃に酒を入れる。それに兵士たちは目の色を変えて集まった。
門から少し離れた場所に、侍女さんたちはいる。今がチャンスだ。
いつの間にか女物の
門をくぐる瞬間は、心臓が口から飛び出るかと思うほど緊張した。
でも兵士たちは酒を飲むのに夢中で、こっちに気がつく気配はない。
チラリと市姉さまを見たけど、気づかれないためにか、市姉さまは視線をこっちに向けることはなかった。でも、全身で、気を付けなさいと言ってくれているのが伝わってくる。
きっと、市姉さまは俺を逃がすために、どうやってだか滝川殿と連絡を取って、協力してくれてるんだろうな。
もし、俺がうまくやれなかったら、俺を逃がしたことで信行兄ちゃんに叱責されるかもしれないのに。
市姉さま、ありがとう……
足早に進むと、櫓から矢の届かないくらいの距離で、夜叉鹿毛に乗った熊が待っていた。
うおおおおお。
くまぁぁぁぁぁぁ。助けにきてくれるって信じてたぞぉぉぉぉぉ。
「喜六郎様、お待たせしもうした」
「助けにきてくれて、ありがとうございます。勝家殿。そして滝川殿」
「礼などいりませぬよ。主君を救うのは当然の務め。それよりも、早く参りましょう」
「どこへですか?」
「名塚砦でござります」
名塚? えーと、どこだ?
熊が俺を引き上げて夜叉鹿毛の前に乗せた。その後ろには別の馬に乗った滝川殿がいる。
「庄内川の南に、殿が築きました。今は佐久間盛重殿が守っておられます」
ん? 地理関係がちょっと良く分からんぞ。
つまり、庄内川の北に信行兄ちゃんがいて、南に信長兄上がいるってことか?
「いえ。信行様は篠木を占領した後、末森には戻らず那古野にて兵を休め申した。その那古野の北に名塚砦がござります」
つまり、清須、庄内川、名塚砦、那古野、っていう風に縦に並んでる訳か。
「その名塚砦が攻められているのですか?」
「よく防いではおりますが、何分寡兵ゆえ……」
そこに俺が行って、兵たちを、っていうか信行兄ちゃんを止めるしかないってことか。
どうやって止めればいいのか、策なんて何もないんだけどな。
でもこうなったら勢いだ! 男は度胸だ! 当たって砕けろ!
しまった。砕けちゃいかん。
じゃあ、えーと。とりあえず、なるようになるさ!
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