第77話 座敷牢

 林通政によって奥の離れと呼ばれる座敷牢に連れてこられた俺は、途中で逃げることもできず、そのまま部屋の中に入れられた。

 くっそ。十一歳と大人じゃ、力の差が激しいから抵抗しても無理だな。


 離れの入口は、茶室の入口のように少し高い場所にあった。その間口は狭く、刀とかの武器を持って入れないようになっている。


 部屋の中には畳が敷いてあって、窓は高い位置にしかなかった。しかも逃亡防止のためか、窓の大きさも小さい。

 そのせいで部屋の中は薄暗かった。あと、今まで誰も使っていなかったからか、少しかび臭い。


「ご不便をおかけするとは思いますが、御身の安全のためでございます。しばしの我慢をしてくだされ」


 俺は反抗心から返事もせずに、部屋の中にどっかりと座って胡坐をかいた。

 そして入口の戸が閉まり、ただ部屋の外から聞こえるかすかな喧騒を聞くしかなくなった。


 俺は改めてこの座敷牢の中を見た。俺をここに入れるのは急に決まったんだろうに、思ったよりも畳に埃はたまっていなかった。多分、定期的に掃除をしてるんだろう。


 部屋の中には何も物が置いてなかった。ただ片隅に壺が一つ置いてある。


 これ、叩き割ったらその欠片が凶器になるよな。下手するとそれで食事を配膳してきた人に襲い掛かってここを抜けられるんじゃないか?


 そう思ったけど、あの入口の狭さを見て、食事を持ってくるにしても、あの小さな入口から膳を置けばいいだけだから、破片で持ってきた人を脅すっていうのは不可能だって気がついた。


 それなら何であそこに壺を置いてあるんだろう、と考えてその用途に気がついた。


 あ、そうか。トイレ代わりか。

 言うなれば、オマルみたいなもんか? くうっ。この年でオマルとか、どんな羞恥プレイだよ。しかも汚物の交換はやってくれるんだろうな。臭い中で暮らすのとか無理だぞ。


 この壺って、まだ誰かに使われたことないよな? 誰かが使った後のトイレとか、絶対使いたくない!


 だけどこうして見ると、この部屋での暮らしはそんなに悪くはないのかもしれない。本物の牢屋に比べれば、きっと快適なんだろう。

 窓が高い所にあって簡単に開け閉めできないのとちょっと薄暗いのに目をつぶれば、それほど不便はないかもしれんね。

 もし今が冬だったら、寒い風とか空気が入ってきて凍えただろうけど、不幸中の幸いで今は夏だ。凍死することはない。

 その代わり熱中症で倒れるかもしれんけどな。


 


 軟禁されて、何もできることがなくなったから、とりあえず横になって考える。これから、どうすればいいのかを。


 っていってもなぁ。まずはここから出ないと話にならないんだよな。


 これから三献の儀式を終えて、信行兄ちゃんが出陣する。信行兄ちゃんが儀式を行ってるってことは、大将として自ら戦場に行くからだろうな。

 行き先は、清須城か……末森から清須に行軍して行くとしたら、まずは林秀貞の支配する那古野城へ行って、兵を徴集しながら進んでいくのがセオリーだ。


 でも、滝川殿と熊が知らせているはずだから、信長兄上も信行兄ちゃんに対抗するために兵を集めているよな。とすると―――両軍が激突するのは、於多井川、現代でいう庄内川のあたりか。


 合戦の時はたくさんの兵が戦う。それだけの兵を布陣できるのは、ある程度の広さのある平原か川だ。

 有名なのは関ケ原だよな。確か西軍が八万で東軍が七万だったか? 正確には覚えてないけど、とにかくそれだけの数の兵士が入り乱れて戦えるくらいの広さがあったから、戦場として選ばれたわけだ。


 そう考えると野戦をするなら、於多井川の辺りがどちらの軍にとっても戦いやすいだろうな。


 っていっても、戦力の差がありすぎるんだよなぁ。


 関ケ原の戦いの一万の兵士の差と、今回の千三百の差。どっちがマシなんだろう……


 そんなことをつらつら考えていると、入口の戸が、ガタッと動いた。

 誰だ、と警戒して起き上がった俺は、そこに意外な顔を見つけた。


「市姉さま……」

「喜六、怪我はありませんか?」


 狭い入口をくぐりぬけて、市姉さまが入ってくる。逃がしてもらえるのか、と期待した俺だったが、市姉さまが静かに首を振った。


「見張られていて、あなたをここから出せそうにありませぬ。もうしばらく我慢なさい」

「でも、市姉さま。このままでは信長兄上が……」

「分かっております。ですが、今はまだこらえなさい」


 今はまだ。

 ってことは、そのうち逃がしてくれる、っていうことなのか!?

 外には見張りがいて、俺たちの会話を聞いているんだろう。市姉さまは、ただ俺に向かって頷いた。


「それから那古野布団は入口が狭くて持ってこれなんだゆえ、掛布団だけ持ってきました。これで少しはゆっくりできましょう」

「ありがとうございます」

「食事もちゃんと運びますから、心配はせずともよろしいですよ。わらわからも、信行兄上にはよく申しておきますゆえ」

「信行兄上は……」

「篠木を押収に向かいました」


 篠木村を? 清須の反対側じゃないか。なんでそんな所に?


「父上も治めていた直轄地だからでしょう。そこを抑えていれば、織田の後継として名乗れると思っておるのかもしれません」


 でも、あそこには俺が手を貸した田んぼがあるんだ。せっかく稲にいつもよりも多い穂がついていて、収穫が楽しみだね、って村長さんと話したのに……

 あともう少しで収穫なんだ。だから戦いで荒らされなければいいんだけど。


 でも田んぼは荒らされても来年またがんばればいい。

 だけど人の命は失われたら戻ってこない。

 だから下手に抵抗なんかしないで、降参して欲しい。


 村長の仁左衛門さん。篠木のことは任せたからな!



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