第49話 市姉さま

 かるたは自分で言うのもなんだが、結構良い出来に仕上がった。金箔を散らしたいところだったけど、金箔の取り扱いはなかなか難しくて専門の職人さんじゃないと上手に貼れないのと、やっぱり金銭的な問題で見送った。


 うん。千姫の件で罪悪感を持ってるっぽい信行兄ちゃんだったけど、さすがにそこまでは甘くなかった。


 でも俺のかるたも熊のかるたも、中々いいんじゃないか。

 俺の作ったかるたより熊のかるたの方が出来がいいのがちょっとムカつくけど、俺は心の広い主だからな。


 これならもらった市姉さまも嬉しいだろう。千姫は……少しは態度が軟化してくれるといいけど、分からんな。とりあえずご機嫌伺いの文と一緒に送っておくか。


 熊が市姉さまのために描いたかるたは、俺が持って行こうとしたら止められた。熊が自分の家臣に取り次がせたそうだ。


 ちぇっ。もらった時の市姉さまの反応がみたかったのにな。





 でーもー。

 俺は市姉さまの弟だからねっ。

 熊の知らないところで、感想を聞くこともできるんだぜ。えへへんっ。


「市姉さま、市姉さま。歌がるたはいかがでしたか? 私も勝家殿と一緒に作ったのですが、千姫さまに喜んでもらえているのかどうか、心配です。姉上は、贈られて嬉しかったですか?」


 無邪気を装って聞いてみると、市姉さまは口元を袖で覆って、ふふと笑った。


「とても素敵なかるたでしたよ」

「犬も、あのように素敵なかるたが欲しいものです」


 犬姉さまが、羨ましそうに市姉さまの文箱を見る。

 そうか。そこにしまわれてるのか。やっぱり早めにかるたを入れる箱を作らせないといかんね。

 他の文と一緒にしまわれてるんじゃ、何ていうか、特別感がない。


「では、旦那様になられる方に作っていただけば良いのですよ」

「旦那様が、修理亮様のように絵心のある方なら良いのですけど」


 不思議なことに、歌がうまいとか絵がうまいっていうのは、現代で言うスポーツが得意な奴がモテるのと一緒で、なかなかの好印象だったりする。


 殺伐とした戦国時代でなんでそんな奴がモテるのかは謎なんだけど、それでも絵のうまさと、かるたを贈るっていう雅さが、なかなか良かったらしく、市姉さまの中で熊への株は上がっていた。


 良かったな、熊。あと……もう十歩くらいか?

 うん。まだまだ先は長そうだ。


「でも、修理亮様では、市姉さまとはちょっとお年が離れておりますよね」

「そうねぇ」

「それに、もう少し風采が良ければよいのですけれど」

「まあ、犬ったら。それでは修理亮様に失礼でしてよ」


 すまん熊。あと五十歩は必要かもしれん。


 ほほほと笑う市姉さまと犬姉さまのガールズトークに萌えてる場合じゃないな。いやだって、美人姉妹の微笑ましいじゃれあいとか、ご褒美じゃないか。

 もうこのまま二人ともお嫁になんか行かないで、ずっと織田家にいてもいいんだよ、とか思っちゃうよな。


 なるほど、そうか。市姉さまが浅井長政と結婚するのってまだ先なんだけど、確かその頃はもう市姉さまは嫁ぎ遅れって言われる年頃になってたんじゃなかったっか? きっと信長兄上も、市姉さまを手放したくなかったんだろうな。


 その気持ちはよく分かる。俺が信長兄上の立場だったら、こんなに可愛い妹を嫁には出したくないぞ。


 でもなぁ。ここで嫁に出さなくても、浅井長政が現れたら同盟のために嫁がされちゃうんだよなぁ。相思相愛で仲のいい夫婦だったらしいけど、それでも最後は長政が兄上を裏切って、長政は市姉さまと子供を逃がして自刃する。


 となると、やっぱり先に誰かと結婚させるのが一番だ。

 だけど半端な相手だと、長政との同盟のために離縁させられて嫁がされる、ってケースも考えられる。


 この時代、離婚した女性とか未亡人とか多いからさ。再婚も普通によくあるんだ。


 実際、父上の最初の奥さんは尾張下四郡の守護代だった織田大和守達勝の娘だったんだけど、父上と織田達勝が敵対することになったから離縁されて、すぐに織田達勝の有力家臣である坂井の一族と再婚させられたらしい。


 守護代っていうのはアレだよ。今年の初めに信光叔父さんと信長兄上によって滅ぼされた清須城の織田大和守信友が持ってた地位だ。

 でもって織田達勝には男の子供がいなくて、織田信友を養子にしてたんだな。つまり、敵対する前の父上は、織田達勝の娘婿で、織田信友の義兄弟だったってわけだ。


 けど、どうも父上は娘婿の立場から守護代になり替わろうとして失敗したらしい。そりゃいくら売り出し中の武将だっていっても、弾正忠家は守護代の家臣の家臣くらいの家柄だからなぁ。父上も無謀っていうか、なんていうか。


 それで、このまま父上を娘婿にしてるとまた守護代の地位を狙って戦を仕掛けてくるぞと思われたんで、娘を離縁させて、自分のところの有力家臣と再婚させたんだな。


 ほら。父上と織田達勝の娘との間に子供とか生まれちゃうと、下剋上する正当な理由ができちゃうからな。なんといっても子供は守護代の血筋なわけだから、養子の信友より正統な血筋だとかなんとか、イチャモンなんていくらでもつけようがある。


 でもそこで前の奥さんと離縁してなかったら俺も信長兄上も生まれてなかったわけだから、歴史っていうのは分からんもんだな。


 そうなると、長政が現れても離縁させられないくらいの有力な家臣、っていうと……。


 やっぱり熊しかいないんだよな。それに熊は織田家を裏切らないしな。それは歴史が証明してる。性格だって真面目で義理堅い。


 ということは、市姉さまと熊が結婚すれば、市姉さまはずっと織田家にいるのと同じじゃないか!?


 よし。俺はこれから熊を市姉さまに猛プッシュするぞ!


 




 

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