第48話 百人一首

 と、思ってたら俺のほうが驚かされました。


 なにこれ。熊って実はハイスペックなんじゃないか!?


 ちょっと絵を描かせてみたら、うまいのなんのって。武士辞めても、絵師として食っていけるんじゃないかってレベルだ。


 で、市姉さまに贈る歌を百人一首から選ぶように、って言ったら固まった。

 おーい。大丈夫か~?


「勝家殿? 聞いていらっしゃいますか?」

「はははい。き、聞いておりまするが、なぜそれがしが、市姫様に歌などを送ることになるのでございましょうか」


 気のせいか、熊の顔から冷や汗がダラダラ流れてきた。なんでそんなに緊張するんだ? 市姉さまへの恋慕がバレたからか? でも、バレるも何も、末森のほとんどが多分知ってるぞ。


 最近の熊は、ちょっと大人びてさらに綺麗になった市姉さまを見る度に顔を赤くしてるからな。熊以外にもそんな奴は多いから別に問題になったりはしてないけど、それでも市姉さまに恋慕している一人、って認識はされてる。


 当然、市姉さまも気がついてる。

 自分の気持ちがバレてないって思ってるのは、熊だけだ。


「えーっと。そうですね。私が千姫さまに歌がるたをお贈りしようと思ったのですが、一人で作るよりも誰かと一緒に作ったほうが楽しいかと思いまして」


 あげるつもりはなかったけど、ここは千姫さまに送るっていう建前にしておこうか。

 ほんとは、俺の方がオマケで、熊の方がメインなんだけどな。


「いや、しかし、それがしなどが歌など贈っては、市姫様にもご迷惑がおかかり申す」


 汗はダラダラと流れ続けている。

 おい、ちょっと拭けよ。


「ですから、歌がるたにして贈るのですよ。綺麗に絵をつけて描けば、ぞんざいな扱いもできないでしょう? 最初の一首を恋の歌にして、あとは一番から順に贈っていきましょう。かるたを入れる箱も必要ですね。美しい蒔絵の箱を作らせましょうか」

「こここここいですと!?」


 ニワトリじゃないんだから、コは一つで十分だろ。

 そして、ちょっとは落ち着け。

 大体お前、三十路過ぎてるんだからな。そんなに純情でどうするんだよ。


 まあ、前世の俺も似たようなもんだったが。


「最初にどの歌を贈るか考えましょうか。勝家殿は何番の歌になさいますか?」

「いや、ですから、それがしは……」

「私が勝手に選んで良いでしょうか。そうですね。四十番などいかがですか。しのぶれど、色に出にけり わが恋は―――」

「き、喜六様! 自分で選びまするので、大丈夫でござるよ!」


 百人一首は、平安時代に歌人の藤原定家が京都の嵯峨野にある小倉山荘ってとこで、百人の歌人の和歌を一人一首ずつ選んで作った秀歌撰のことだ。

 見事な歌ばかりだし、和歌を作る上での技巧も学べるから、歌道の入門書として勉強する教材になってるんだ。


 俺も小さい頃から勉強させられたよ……

 なんで武士の子に歌道なんて必要なんだよ。今の時代じゃ、武芸を学んだ方が生き残れる確率が上がるじゃないか。

 そう思って、公家系の勉強をさぼって鍛錬ばっかりしてたのが信長兄上なんだけどさ。でも、ある意味、兄上のほうが正しいよなぁ。

 歌を作るのがいくらうまくても、槍で刺されたら終わりだしな。


 俺は歌も槍もイマイチだから、内政で生き残るけどな!


 ちなみに「しのぶれど 色に出にけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」は三十六歌仙の一人である平兼盛の作った和歌だ。なんていうか、意味が分からなくても色っぽさが分かるエロい歌だよな。

 私の恋の気持ちを、誰にも知られないようにじっと包み隠してきましたが、とうとう顔色に出てしまったようです。恋に悩んでいるのですかと、人が尋ねるほどに。

 っていう意味だ。


 でも、ちょっと熊が贈るには色っぽすぎるだろうな。まあ、そこを狙ったんだけど。

 これで自分でどの歌にするか決めないと、俺にこの歌に決められちゃうって焦ったことだろう。


 俺って、家臣思いのいい上司だよなぁ。うむうむ。





 俺が贈るのは、四十八番の源重之の歌にした。


 風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけて物を 思ふころかな


 歌の意味は「風がとても強いので、岩に打ちつける波が自分だけで砕け散ってしまう。それと同じように、あなたを思う私の心は一人で砕け散っているかのようです。あなたは私の事を何とも思っていないというのに」だ。


 うん。まあある意味、千姫に対する皮肉だな。ツンツンされて、傷ついてますよーってアピールだ。これくらいの意趣返しは許されるだろう。


 熊はしばらく悩んでたけど、あんまりにも悩み過ぎるんで、俺がさっきの歌に決めるぞって脅したら、渋々一首を選んだ。


 五十一番の藤原実方朝臣の作った歌、「かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを」だ。


 意味は「あなたを恋い慕う気持ちを口に出して言うことさえできず、伊吹山のさしも草のように私の恋心は燃えています。私の火のように燃える恋心なんて、あなたは知らないことでしょう」って意味だ。


 実はこの歌、一見なんでもない歌のように見えるが、実は超絶技巧が隠されているのである。例えば「思ひ」の「ひ」に「火」を掛けてて、「さしも草」「燃ゆる」「火」は縁語、「思ひを」は「知らじな」に続く倒置法である、って具合だ。さしも草っていうのはヨモギの事で、お灸に使う草だな。


 熊……確かにお前の気持ちにはぴったり合ってるんだろうけど、なんでこんな難しい歌を選んだんだ。

 しかも作者の藤原実方朝臣って陸奥の奥地に左遷させられてそこで死んじゃって、怨霊になって御所に雀の姿になってくるんだっけか。


 しかも雀の怨霊かぁ。

 微妙に怖くないような気がするな。なんか、熊の残念さとシンクロして、これはこれでいいのかもしれん。


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