第46話 油売り
信行兄ちゃんのこととか母上のこととか千姫のこととか、考えなくちゃいけないことはいっぱいあるけど、とりあえず今は千姫に手紙を出すくらいしかすることがない。
手紙を出しても版で押したような返事しか返ってこないけどな。
ムクロジ石鹸は信長兄上と信行兄ちゃんと市姉さまたちにも渡しておいた。外出から帰ってきたら使うように言っておいたから、風邪の予防にはなるだろう。
一応、母上にも渡そうと思ったんだが、気分がすぐれないとかで会えなかった。
うん。完璧に避けられてるな。
噂では、俺には悪霊が憑りついてるから会いたくないって言ってるんだそうだ。
まあ、前世の記憶が蘇ってることもあって、前とはちょっと性格が変わってるからそう思うのも無理もないんだがな。
その前世の知識パワーを今こそ炸裂させたいところなんだが、ロウソク作りをしようにも肝心の圧搾機がまだ完成してないんだよな。とりあえずハゼの実は拾ってもらって確保してあるんだけど。
知らなかったんだけど、ハゼの実ってウルシの仲間だったらしい。だからうかつに触るとかぶれるんだそうだ。となると、やっぱり手作業で潰してロウを作るっていうのはキツイよなぁ。
できれば量産したいところだし。
今でも一応、油を搾る装置みたいなのはある。長木式圧搾っていって、テコの原理を使って荏胡麻(えごま)から油を搾る装置だ。京都の南側の大山崎町にある山崎離宮八幡宮っていう神社の神官さんが発明したらしい。
この時代で油を一番消費するのって、寺とか神社なんだよな。照明に使うんだけど、宗教的にも必要なのかも。イメージ的に、本堂で火を燃やして護摩をぱーっと振りまいて、オンアビラウンケン……って、あれは密教か。
もしかしたら、一番お金を持ってるからそれだけの油を使って灯りをともせるってだけかもしれんけど。
ついでに言うと、その山崎で絞った油が生産と販売を仕切っている。いわゆる、現代の組合に近い「座」ってやつで、大山崎油座と呼ばれてるな。
そして、信長兄上の正室である濃姫の父、斎藤道三もこの大山崎油座に所属していた。
ほら。後世でこそ立身出世の代名詞って農民から関白になった豊臣秀吉なんだけどさ。この時代の立身出世のヒーローって、極貧の油売りから大名にまでなった斉藤道三なんだよ。
だから斉藤道三の逸話は、良く知られてる。
油売りとはいっても、父親は武士で松波将監基宗という院御所の北側を警護していた、いわゆる北面の武士だったんだけど、なんでか浪人になって貧しい生活を送ってたらしい。
それで道三は、このまま貧しい生活をするより僧侶になったほうがいいだろうってことで、11歳の時に法蓮房って名前の僧侶になる。
そこでの道三は、仏道に造詣が深く弁舌さわやかで、一山の鳳雛とも呼ばれていたらしい。
でもその後に還俗して松波庄五郎って名乗るようになって、京都の油問屋の奈良屋又兵衛の娘と結婚する。それから油商人になって「山崎屋」の屋号を使って商売をするわけだ。
「油を注ぐときに漏斗を使わず、一文銭の穴に通してみせます。油がこぼれたらお代は頂きません」といって、永楽銭一文の四角い穴に油を通すパフォーマンスで油を売りまくってたのは、かなり有名だよな。
いわゆる実演販売のカリスマだ。
美形で声が良くて、唄も舞いもできたらしいから、実演販売しつつ、町のアイドルもやってたって感じかもしれないな。
でもある日、油を買った武士から「あなたの油売りの技は素晴らしいが、所詮商人の技だろう。この力を武芸に注げば立派な武士になれるだろうが、惜しいことだ」と言われたんで、一念発起して商売をやめて、槍と弓の稽古をして武芸の達人になったそうだ。
武士になった道三は順調に出世して、断絶した、美濃小守護代の長井長弘の家臣である西村の名跡を相続して、西村正利って名乗るようになる。
さらに出世して主君も謀反で討っちゃって、長井規秀って名前になる。
で、最後に美濃守護代の斎藤利良が亡くなると、後継ぎに名乗りを上げて斎藤山城守利政って名乗るようになるんだな。
まるで出世魚で知られるブリみたいだよな。
ブリも稚魚から順に、モジャコ→ワカナ→ツバス→ハマチ→メジロ→ブリって、大きくなるにつれて名前が変わるからな。
ちなみに一般的に知られてる道三って名前は去年、家督を息子の斎藤義龍に譲って出家した際につけた名前だ。
って、信長兄上のお舅さんの話より、圧搾機のほうだよ。長木式圧搾でもいいんだけど、あれだとちゃんと絞れないみたいだしなぁ。
剛腕でGOで見た、真ん中のネジ形式で押しつぶす装置が、なかなかうまくいかないらしい。外側の枠とピッタリ合ってないと、ちゃんと下に押しこめないからな。
そこさえできれば、後はロウでも油でも、搾り放題なんだけどな。
とりあえずハゼの実は集めておいて、いつでもロウソクを作れるようにしておこう。
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