第40話 これはあれだ、ツンドラだ

「わっはっは。千姫はどうやら恥ずかしがっているようじゃな! まあ無理もない。喜六は幼いとはいえ、なかなかの男ぶりじゃからのう」


 うん。大叔父さん、それって顔しか褒める所がないってことだよね。確かに俺は、天才でも秀才でもないし、武勇……は、まだ元服前だから未知数だし。何といっても、末森城の奇行子だからなぁ。他に褒めるところがないのかもしれんね。


「ほんに、わらわと喜六郎様では釣り合いが取れませぬな」

「そ、そんなことはないぞ。なあ、喜六」


 いや、大叔父さん。そこで俺に話を振られても、そんな事ないですとしか言えないんだけど。しかもそんな風にどもってると、千姫があんまり美人じゃないってことに同意してるようなもんだけど。


 でも千姫の顔は、この時代ではイマイチかもしれないけどちょっと釣り目がちで目がくりくりっとしてて、現代では猫っぽくて人気だと思う。こんな仏頂面じゃなくて、にこにこしてたら可愛いだろうに。


 そもそも俺はこの時代だと絶世の美少年らしいけど、あんまりそれで得したことがないんだよな。だから顔の事を言われても、それがどうしたんだよとかしか思えない。

 そりゃ、市姉さまに似てるって言われるのは嬉しいけど、それくらいなんだよな。


 もっと年齢が上がったら、モテモテになるのかね。


「ええ。千姫さまは、とても愛らしいと思います」


 俺は結構本気で言ったんだけど。


「世辞など結構です。自分の顔は自分が一番良く知っておりますもの」


 と、思いっきり一刀両断にされた。


 これってさ。もう、ツンじゃなくて、ツンドラじゃないのか。永久凍土が目の前に広がってるんですけど。


 いやもう、ほんと、どうすればいいんだ、と大叔父の方を見ると、困ったというように腕を組んで目をつぶっていた。

 つ……使えねぇ。


 そ、そうだ。お土産の絹織物を渡してみよう。


「その。こちらは千姫さまにと持って参りました。どうぞお受け取りください」


 風呂敷から出した一巻の反物を渡すと、北御前は「まあ、綺麗な柳色ですこと」と喜んでくれた。だけど、それを見た千姫はキッと俺を睨みつけると立ち上がった。


「そこまでわらわを馬鹿にするのですか!」

「え?」

「柳の色目は光の君が末摘花に送った色。それをこのような時に送られるとは、内心わらわを馬鹿にしているからでございましょう!」


 え? ヒカルノキミ? 何の話だ?

 突然怒りだしたけど、どうしたっていうんだ。


「千! いい加減になさい!」


 さすがに北御前が千姫をたしなめるけど、全く効果はなかった。


「でも母上。父上が亡くなったのは上総介様のせいではございませんか! 上総介様の策略で父上は謀反にて討たれ、そればかりか母上に不義の疑いまでかけて……それなのに、なぜなおも上総介様に義理立てなさるのですか!」


 ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかして千姫は、信長兄上が信光叔父さんを殺したっていう、あの与太話を信じてるのか!?


「わらわも、上総介様の肩を持つ喜六郎様ではなく、信行様の室になりたかった! 呪いだなどと言って亡くなった父上をさらに貶める殿方になど、千は嫁ぎたくのうございます!」


 そう叫ぶと、千姫は勢いよく部屋から出て行った。


「待ちなさい! 千!」


 北御前は中腰で千姫を止めようと声をかけたが、途中で動きを止めて俺の方に向き直った。そして平伏する。


「申し訳ございませぬっ。千にはよく申しておきますゆえ、こたびの事は、お許しくださいませ」


 その姿を見て、俺は大きなため息をつく。


 なるほど。そうか。もうあの法要の時には、信長兄上が信光叔父さんを誅殺したっていう噂は広がってたのか。

 それを信じてるとしたら、そりゃあ、信長兄上と仲のいい俺とは結婚したくはないだろうなぁ。俺もグルになって信光叔父さんを貶めようとしてるって思ってるんだろうし。


 そして最悪なのは、それが完全に濡れ衣ってわけじゃないところだ。信長兄上はともかく、俺は、まさにそういうつもりで、あの天罰の話を持ち出したんだからな。


 天罰じゃないけど。呪ってもいないけど。

 これ、人を呪わば穴二つ、ってことなのかもな。


 このことわざってさ、他人を呪うと、その報いが自分に返ってくるから、呪った相手と自分の二つの墓穴が必要になるって意味なんだよ。


 きっとこれは、天罰の話をして孫三郎叔父さんを貶めた報いなんだろう。夢で見た叔父さんの姿も、本当の事なのかどうか分からないしな。


「いえ。千姫もまだお父上を亡くされて、気が落ち着いていらっしゃらないのでしょう。私は気にしておりませんよ。北御前様も顔をお上げください」

「さすが喜六。懐が深いのう。これであれば千姫の気も、しばらく経てば落ち着くであろう」


 大叔父上がその場を取りなすように腕を組んだまま頷いた。それに、北御前がホッとしたような表情をする。


「ええ、ええ。まことに」


 千姫が本当に信行兄ちゃんと結婚したいなら……信長兄上と信行兄ちゃんが仲直りした後なら可能なんだよな。


 きっとさ。俺と結婚するより、気配り上手でイケメンの信行兄ちゃんと結婚したほうが幸せになるんじゃないかな。本人もその方がいいって言ってたし。


 とりあえずまだ婚約は解消できないけど、いつかそうしてあげられるといいな、と思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る