第39話 ツンしかないけど、どうすりゃいいんだ

 いきなり婚約者ができた翌日、俺は顔合わせのために稲葉地城へと向かった。


 急な話だったからちゃんとした手土産も用意できなかったんだけど、そこは信行兄ちゃんに泣きついて、絹の織物を譲ってもらった。


 ほんと、出来た人だよな。

 側室にと望んだ姫が俺の正室になることになって、いわば女を取られた形になったっていうのに、信長兄上の命令で明日千姫に会いに稲葉地城に行く事になったって話をしたら、手土産はちゃんとあるのか、って心配してくれたんだぜ。


 命令だけして後は知らんぷりの信長兄上とは大違いだ。こういう細やかな気配りは、信長兄上にも見習ってほしいよ。


 ちなみに守山の事件の後は、俺がどこかに出かける時は、ちゃんと信行兄ちゃんの耳に入るようにしている。

 なんといっても、俺はまだ元服前で末森城にいて、信行兄ちゃんの扶養家族だからな。


 稲葉地城は末森から西に真っすぐ行って庄内川の手前にある城だ。

 またもや信行兄ちゃんのお下がりの狩衣を着て向かう。お供はいつもの熊と玄久に加えて、佐久間一族の人が数人いる。いつもよりはちょっと人数が多い。


 稲葉地城についたら、まずは大叔父の織田秀敏にご挨拶だ。ちょうどいいから信長兄上に渡そうと思ってたムクロジ石鹸を渡して、手洗いの重要性を説いておく。若く見えるけど、もう50だしな。この時代の50は年寄りに近い。

 インフルエンザとかでコロっといかないように、手洗いうがいは習慣にして欲しいところだ。


 もっとも、月谷和尚さまみたいにシワシワでも元気な例外もいるけどな。そして俺も100まで長生きするつもりだけどな。


 一応それだけではお土産として少ないので、自然薯とかも持ってきた。大叔父さんは自然薯が大好物だから、とっても喜んでくれた。こんな風に喜んでもらえると、俺も持ってきた甲斐があるというものだ。


 その後、大叔父さんは婚約のお祝いを言ってくれた。


「めでたいことじゃなぁ。わしも千姫の事は気になっておったのだ。喜六がもろうてくれるなら、これ以上はない縁じゃな」

「若輩ではありますが、千姫さまのことはお幸せにしてさしあげたいと思っております」

「そうかそうか。死んだ信光も浮かばれることじゃろう」


 夢枕に出てきたちょい悪オヤジの顔を思い出す。

 あ~。なんだか不幸せにしたら化けて出てきそうだな。


 努力はするよ。努力はするけど……はぁ。一人で努力しても、どうにもならないことってあるしなぁ。


「さて。千姫も未来の婿君の来訪を待ちかねておるじゃろうて。さあ、参ろうか」


 大叔父さんの先導で、長い廊下を歩く。見事な松の描かれた襖を開けると、そこには北御前と、紅色の着物を着た千姫が座っていた。うつむいているからか、千姫の表情は見えない。


「北御前殿、よろしいかな。喜六が挨拶に参ったぞ」

「まあ、喜六郎様。先日はお世話になりましたね」


 この間よりも顔色の良くなっている叔母上がにっこりと微笑んだ。


「叔母上も、だいぶ落ち着かれたようでございますね」

「ええ。喜六郎様のおかげで、だいぶ心が軽くなりました。かたじけのうございます」

「いえ。私は何もできず、申し訳ありません」


 軽く頭を下げると、大叔父が、それよりもそこに座って未来の嫁御と話でもせい、と言って俺の背中を押した。


 俺は軽くよろめきながら、千姫の向かいに座る。


 うん。この強引さ。信長兄上に共通するものがあるぞ。あれか、織田家の血筋って割とみんなこうなのか。


「さようでございますわね。さあ、千もご挨拶をなさい」

「喜六郎さま。先日はご挨拶もせず失礼いたしました。千にございます」

「喜六郎でございます」


 お互いに頭を下げて挨拶をする。


 ……。

 ………。

 …………。


 どうするんだよ、これ。会話が続かないんだけど。


「ま、まあ。こうして見ると、喜六郎様は本当に見目麗しい若君でいらっしゃいますね。元服の折には、どれほど凛々しい殿方になることでしょう。楽しみですね、千」

「ええ、母上」

「殿も喜六郎様を頼りになさっているご様子。これならば織田家も安泰でございましょう」

「ええ、母上」

「……せ、千……」


 フォローしようとして話しかけてる北御前も言葉に詰まった。


 いやほんと、これって相当嫌われてるよね?

 初七日の日の事が原因で嫌われてるんだろうけど、ちょっとでも歩み寄ろうって気配が微塵もないんだけど、どうすりゃいいんだ。


 ツンデレは嫌いじゃないけど、ツンだけは勘弁してほしいぞ!





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