第36話 龍泉寺城

 信長兄上に呼ばれてやってきた熊は、書類仕事ばっかりやらされていたせいで、ちょっとお疲れ気味だった。

 後で知ったけど、信長兄上の仕事の手伝いじゃなくて、俺が作った千歯扱きの作成の手配とかどこの村から配置するかとか、そういう書類を作ってたらしい。


 信長兄上。俺の傅役を勝手にこき使いやがって、なんて思ってすまん。

 そして熊。俺の代わりにどんどん働け。


「そ……それがしが城代でござりまするか」


 突然の下知に、熊がぽかーんと大きな口を開けた。

 一応、熊は末森の東にある下社しもやしろ城の城主をやってる。だからお城の運営はお手のものだろう。細かい仕事は丸投げできるな。うひひ。


「いずれは元服した後の喜六に任せる故、それまでよく治めよ」

「はっ。しかと賜りました。して、いずこの城でござりましょう」

上条じょうじょうか吉田でも、と思ったのだがな。ちと遅かったわ。よって、龍泉寺に縄張りせよ」


 上条城はじょうじょうじょう、っていうふざけた名前のお城のことで篠木郷の近くにある。ここと吉田城の城主だった小坂久蔵正氏おさかきゅうぞうまさうじは、清須攻めの時に信長兄上方として戦いに向かったんだけど、坂井大膳の軍に清洲城の南西で待ち伏せにあって、討ち死にしちゃったらしい。


 小坂久蔵正氏には後継がいなかったから、誰も城を相続しないで放置してあったけど、信長兄上が亡くなった小坂正氏の姪の息子である小坂雄吉に跡を継ぐように命じたのが、ついこの間のことだったらしい。


 でも龍泉寺って、お寺があるとこだよな? 確か庄内川の手前にある、天台宗の大きなお寺だ。川をはさんだ向こう岸には、俺がよくお世話になってる篠木郷がある。


「寺はどうなさりますか?」


 うん。そうだよな。先住民がいるからな。それをどうにかしないといけないだろ。しかも天台宗って……総本山が比叡山だよな。ってことは、いずれ信長兄上と敵対して焼き討ちされる宗派じゃないか。


「坊主など追い出してしまえ。天台宗の寺なら他にもいくらでもあるからな。いざとなれば比叡山にでも押し込んでおけばいい」


 うーわー。出たよ。第六天魔王っぽい発言。けど、今のところ、天台宗と信長兄上って別に対立はしてないんだけどな。

 いつから信長兄上が仏敵なんて呼ばれるようになったんだろう。


曲輪くるわも空掘もあるから縄張りは難しくあるまい。喜六も共に考えよ」


 お城の中とか外を土塁とか石垣とか堀なんかで区画した区域の事を曲輪って言うんだけどな。いわゆる、敵が攻めてきた時に防御するためのものだ。


 で、それがなぜか寺にもあるんだよ。お寺って宗教施設だよね!? どっかの国みたいに宗教戦争は起こってないよね。カトリックもプロテスタントもイスラムもないよね!?

 なのになんで戦う為の施設になってるんだよ。


 あ、でも天台宗って他の宗派と戦ってたな。


 天文5年、西暦で言うと1536年の7月に起きた天文法華の乱では、比叡山と京都法華経が対立して、比叡山側が法華経側のお寺を21も襲ったらしい。犠牲者は応仁の乱より多かったっていうんだからな、坊主の癖になにやってるんだよって思っちゃうよ。


 それも元は延暦寺の偉い坊さんとである華王房と、日蓮宗の一般宗徒の松本新左衛門久吉が宗教問答したら、一般人の松本さんが勝っちゃったのが原因だ。比叡山側は、面目を潰されたって怒ったんだろうけど、それよりちゃんと修業しようよ……

 次の宗教問答で勝てばいいじゃないか。なんで武力で勝とうとするんだろうな。


 それはともかく、お城か~。

 いや、確かに一国一城の主は男の夢だよね。しかも本当のお城だからな。夢がいっぱい広がるぜ!


 龍泉寺の場所に建てるんだったら、平山城だな。


 城は大まかに言って、山城、平山城、平城、の三種類で分類されてる。


 山城は山を利用して建てる城だ。できれば周りに山がなくて、一つだけポツンとしてる山がいいらしい。近くに山があったりしたら、頂上に建てた城を覗けちゃうからな。


 だけどあんまり高い山だと空気は薄いし水の確保に困るし、なんといっても毎日登山はできないからお勧めできない。


 山城で有名なのは上杉謙信の居城である春日山城だ。

 ただ江戸時代に廃城になっちゃったからな。現代でその姿を見ることはできない。


 現存してる山城で三大山城って呼ばれてるのが、岐阜県の岩村城と奈良県の高取城と岡山県の備中松山城の三つだ。

 うん。歴史オタクの山田の受け売りだけどな。それにしても、俺よく覚えてたな。

 もしかして本当に山田が夢枕に立ったのか?


 平山城は山城のミニチュア版だ。平野にある丘を利用して建てる城だな。山の斜面を利用して造った曲輪だけじゃなくて、平地の部分にも曲輪を作る。そうすることで、敵からの攻撃を撃退するんだ。


 代表的なのは、あの世界遺産でもある姫路城だ。

 岡山の津山城と愛媛の松山城と合わせて、こっちも三大平山城って呼ばれてる。


 最後は平城だな。

 これは武士の館がそのまま城になったような構造で、その名前のまんま、平地に建てた城だ。これも現代では残ってないけど、あの武田信玄の躑躅ヶ崎館つつじがさきやかたが有名だな。徳川の駿府城も平城か。


 ちなみに三大平城って呼ばれてるのは、名古屋城、岡山城、広島城の三つだけど、名古屋城は今の那古野城とは違うらしい。なんでか忘れたけど、一度廃城になったのを江戸幕府の時代に再建したんだよな。


 うーん。細かいところが思い出せんな。

 おい、山田。俺の夢枕に出てきて説明してもいいんだぞ?


「諏訪大社には文を送っておいてやる。せいぜいうまい料理でも考えておけ」


 うん。それって自分が食べるの前提だよね。まあ信長兄上のことだから、そう言うと思ってたけどさ。


 とりあえずいつお城が完成するかにもよるけど、鶏の生育がうまくいくかどうか分からないから、まずは狩猟で獲れる鹿か猪だよな。猪って豚の仲間だから、同じような味なのかな。そしたらトンカツだな! 猪だから、シシカツか。


 うむ。色々と夢が広がるな!


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