第35話 兄上に提案という名のお願いをする

 清須に着いたら早速信長兄上のところへ行った。外出してなくて良かった良かった。


「喜六。先触れの一つでも先に寄こせ」


 信長兄上が顔をしかめてるけど、自分の事を棚に上げすぎなんじゃないかな。日頃の行動を反省して欲しいもんだよ。


「いつも突然いらっしゃる兄上に、そんな事を言う権利はないと思います」


 ここまで俺を送ってくれた玄久は熊の所へ行っているので、今は俺と兄上の二人だけだ。だから気兼ねなく気安い口をきける。

 じゃあいつもは格式張ってる会話なのかって聞かれると、別に変らないんだけどな。気分だ、気分。

 それに兄上に色々お願いごとがあるしな。あんまり人に聞かれたくない。


「それで、何用だ」

「今日は兄上に色々とお願いがあって参りました」

「なんだ。申してみよ」

「作ってみたい物がたくさんあるのですが、お金も人手もありません。兄上の主導で良いので、全部作ってください」


 圧搾機を使ってロウソクを作って、それで資金を貯めて他のことも色々やってみたいなと思ってたんだけど、提案して、それが実現するまでに時間がかかることを考えたら、なるべく早めに着手したほうがいいと思い直した。


「何を作りたいと申すのだ」

「えーっと。まずは諏訪大社から分社をお招きして、お肉を食べれるようにします」

「……は?」


 千歯扱ぎとか圧搾機みたいに、何か作って欲しいと言われるんだと予想していた信長兄上は、ぽかんと口を開けた。

 うん。こんな間抜けな表情、兄上にしては珍しいね。


 レアな兄上の顔を見ながら、俺は諏訪大社の分社を招けば、お肉が食べられるようになるんだということを力説する。


 あと鶏の飼育も提案する。罠は仕掛けないし、猟もしないし、飼育してそれを一度諏訪神社に奉納してから食べれば、仏教的にも問題ない。


 繁殖用以外のオスはおいしく食べて、メスはオスと隔離したところで卵を産んでもらえば、無精卵になるから遠慮なく頂ける。卵を産めなくなったメスもおいしく頂いてしまう。

 無精卵の説明は、めんどくさいからオスと一緒に飼わないと、卵は御仏の加護を得られないから卵から孵らずに腐ってしまうのです、とか適当に言っておいた。


 必殺「説明できないことは、全部神仏のせい」技だ。しかも効果は抜群だ。


 実際、無精卵が孵ったらそっちのがびっくりだよ。ニワトリ界のイエス・キリストになっちゃうよ。


 そしてニワトリを飼う時に出る糞が、肥料として優秀だということを伝える。あと腐葉土の作り方も。


 ついでに硝石の作り方も教えたら、本当にできるのか、ってびっくりされた。


 信長兄上は橋本伊賀守道求一巴はしもといがのかみどうきゅういっぱという鉄砲の名人に師事してたくらい、鉄砲好きだ。それにこれからの戦は弓とか槍よりも鉄砲での戦いが主流になるっていうのが分かってるんだろうな。だからかなり鉄砲を重視している。


 ただ、火縄銃が日本に伝来して、本体を作ることはできても、火薬が生産できないのが難点なんだよな。


 火薬は可燃物としての木炭と硫黄、酸化剤としての硝石、つまり硝酸カリウムを混ぜて作る。日本は火山国だから硫黄はすぐに見つかるし、木炭もすぐ作れるから、この二つは問題ない。


 最後の一つの硝酸カリウムが問題なんだよな。これは日本で取れないから、海外から輸入するしかない。


 でも勘合貿易は廃止されてるし、南蛮貿易もまだ始まったばかりだ。当然、手に入れられる量は少ないから、とっても高価な物になる。


 火縄銃は、あればあるだけ有利になる。だけどコストを考えるとそこまでの数を揃えられない。鉄砲だけならなんとかなっても、弾と火薬が必要になるからな。


 でも、もし硝石を自前で作れるようになったら、コストはだいぶ安くなる。つまり、思う存分、弾を使って撃ちまくれるってことだ。


 実際、信長兄上はそれで不利な戦にも勝ってるしな。えーと、あれは武田の騎馬隊と戦った時だっけ。鉄砲の三段撃ちをやったのって。年号までは覚えてないのが痛恨の痛手だ。分かってれば今後が楽になったのに。


 歴史オタクの山田が色々語ってたのを、うざいとか思わずにちゃんと聞いてれば良かったな。山田よ、すまん。俺の夢枕に立ってくれてもいいんだぞ?

 まだ生まれてないから無理かな。


 いやでも今は、遠くの武田より、すぐ東の今川だけどな。西の美濃も仮想敵国だけどな。

 ついでに言うなら、一族の岩倉織田家も敵対してるんだぜ。

 いっそ清々しいほどに周り中が敵ばっかだな。信長兄上、よく胃潰瘍にならないな。


「それもまた、胡蝶の夢で見たか」

「はい」

「神仏は、何とも俺に得難い弟を授けてくれたものだな」

「信行兄上も、信長兄上にとっては得難い弟でございましょう?」


 俺がそう言うと、信長兄上は「喜六もなかなか言うようになったな」と豪快に笑った。


「得難い弟か……そうよな」


 信長兄上は扇子を手に取って、頬に当てた。

 イケメンだから絵になるなぁ。いや、モゲろとは思わないけどね。お兄様だからね。


「まことに硝石が作れるのか?」

「確約はできませんし、時間もかかります。それに、そうですね……早くて三年ほどは見て頂きたいと思います」

「かなり時間がかかるな。……だが国内で生産できれば、戦で実際に活用できるであろうな」


 信長兄上はしばらく目を閉じて考えこんでいた。

 やがて、目をカッと見開くと、手にした扇子を俺につきつけた。


「それほどの時間がかかるというなら、喜六がそれを指揮せよ。篠木中郷の一部を与えるゆえ、そこで硝石を作れ。また、いずれ元服したのちに居城する城の縄張りをせい。場所は……竜泉寺がよかろう。元服するまでは城代として修理亮に任せるがよい。よし、では早速修理亮を呼ぶか。誰ぞある! 修理亮をここに連れて参れ!」


 ……へ?


 な、なんでいきなり、縄張りの話になるんだ?

 え? お城建てるの? 誰が?

 え? お、俺!?


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