第27話 天罰

 月谷和尚さまのシナリオはとっても単純だ。

 信光叔父さんが天罰によって亡くなったのだということを証明すればいいだけだからな。


 とは言っても。

 そんなの、どーやって証明するんだよ。って、そう思うよな。

 しかもさ。天罰とか、なにそれ、って感じだ。

 現代なら頭がおかしいか、怪しい宗教にハマってるんだと思われること請け合いだ。


 でも、聞いてびっくり。この時代では天罰とか祟りとか呪いって、ごくごく身近な現象なのだ。


 例えば戦があって大量の死者が出たとする。武将の死体は丁重に葬られたりするけど、足軽たちの死体は大きな穴を掘ってそこにまとめて埋めることが殆どだ。死体をそのままにしておくと、野良犬がうろついたり蠅が大量発生して疫病の元にもなるから、ちゃんと埋めておかないといけないんだ。


 そしてそこに慰霊碑ともいうべき、ナントカ塚を建ててておく。

 その塚にたまたま蜂が巣を作って、近くの村人を刺したとする。すると村人は、これはナントカ塚に葬られた人たちの祟りだ、と騒ぐのだ。


 別に蜂はそこが死体がいっぱい埋まってる塚だからと狙って巣を作ったわけじゃないんだけどな。でもそこに因果関係を見い出して、祟りだと騒ぐんだよ。


 つまり、困ったこと、嫌なこと、恐ろしいことが起こって、そこにこじつけられそうな理由があれば、全部祟りとか呪いになるってことだ。


 俺もこっちの世界で目が覚めた後は、狐が憑いたとか悪霊が乗り移ったとか、散々に言われたもんな。

 寺に放りこまれなかったのは、信長兄上と信行兄ちゃんが今までの俺と変わらないって言ってくれたからだ。


 今にして思えば、前の喜六とは結構変わってると思うんだけどな。


 口調は、まあ、サムライ言葉がよく分からないからとりあえず敬語を使ってみたら、前と同じような喋り方だったみたいだけどさ。


 この時代の常識なんかも知らないことが多いしさ。武芸の鍛錬……は、母上に後継ぎじゃないから武士のたしなみより公家のたしなみを覚えなさいって言われて、和歌とか蹴鞠とかメインで教わってたせいで元々できなかったから問題なかったけどな。そういや、兵法も習ってなかったな。


 あ、あれ? じゃあ知識量的には、今とあんまり変わらないんじゃないか?

 あれ? 喜六郎って、元々ちょっと残念な子だった!?


 なんだか前世現世含めて、月谷和尚のスパルタで勉強を教えてもらってる今の方が、色々と知識が増えてるような気がするのは……う、うん。気のせいだよな。うん。


 むう。この問題は深く掘り下げちゃいかん。


 俺は神妙そうな顔を作って、住職さまに話し始めた。


「はて、この川は何という名前の川だろうと思いながら川べりを歩いておりますと、いきなり目の前に三羽の鴉が現れました。鴉は七回鳴いていきなり飛び立ったかと思うと、今度は急に空から落ちたのです。その鴉が落ちた場所を見てみると、そこには白装束をお召しになった信光叔父上が立っていらっしゃったのです」

「なんと、そのようなことが」


 ここらへんは月谷和尚さまのアドバイスを俺なりに脚色してみた。川のそばで信光叔父さんに会ったっていう風に話をしなさいって言われたんだけどさ。やっぱり、よりリアルっぽい話にしたほうが信じてもらえるからな。


「急いで近づくと、信光叔父上は、痛い、痛いと全身をかきむしっていらっしゃいました。私が背中をさすってあげると、少し痛みが和らぐようで、ようやくお話ができるようになったのです」


 信光叔父上が苦しんでいることを伝えると、北御前が小さく悲鳴を上げた。

 ……うう。罪悪感がハンパない。思いっきりデタラメだもんな。


 でも、ごめん。信長兄上のために。尾張のために。未来の日ノ本のために。亡くなった信光叔父さんには泥をかぶってもらわないといけないんだ。


「なぜこのような事になっているのですか、と尋ねましたら、誓いを破って天罰を受けたのだとおっしゃいました。八万四千毛穴から神罰が身体の中に入りこみ、無限の苦しみを与えているのだ、と」


 さっきよりも大きな悲鳴が上がり、バタリと倒れる音が聞こえた。


 ……え。もしかして北御前、気絶しちゃったの!?

 えええ!? まだ序盤だよ!?

 夏の合宿とかで聞かされる怪談なんて、もっと怖い話がいっぱいあるぞ。お寺生まれのTなんとかさんとかさ。


 大丈夫かなと心配になって見ると、「母上、しっかり」とか言って息子の信成と信昌が北御前を介抱していた。その横の千姫も、顔色が真っ青だ。


 あ……千姫は女の子だもんな。北御前が気絶するくらいだから、きっと凄く怖い思いをしたんだろうな。

 ……悪いことしたなぁ……





 結局、北御前は別室に運ばれた。次男の信昌はそれに付き添ったけど、長男の信成と、なぜか千姫も絶対に最後まで話を聞くと言い張って、その場を動こうとはしなかった。膝の上で両手を握りしめながら、大きな目でじっと俺を睨みつけてる。


 こんなに小さくても織田家の姫なんだな。しっかりしてるっていうか、気丈っていうか。


 いやもうなんか、北御前が気絶しちゃったのは完全に俺のせいなんだけどね。

 ほんと、謝って済む問題じゃないけど、ごめんなさい。





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