第26話 初七日の法要

 凌雲寺で行われた信光叔父さんの初七日の法要は、一族が参列する中、重々しい雰囲気で進行した。


 父上の葬儀では破天荒な振る舞いをした信長兄上だけど、さすがに今回は普通に狩衣を着て神妙に参列している。噂のことも耳にしているんだろうけど、表面上は冷静を保っている。


 それは信光叔父さんの遺族もそうだった。やつれた面持ちの北御前も、嫡男である織田信成も、時折もの言いたげに信長兄上の顔を見ることはあったけど、あえて声をかける様子はなかった。


 まあ、噂が本当かどうかなんて、一族の当主に詰問できるはずもないしなぁ。


 信光叔父さんは北御前以外に室がいなかったから、その子供は嫡男の信成と次男の信昌。そして娘の千姫しかいない。


 そしてその千姫。ただ今、絶賛、信長兄上を睨んでおります。


 うわぁ。絶対あの噂を信じてるよね。それでもって信長兄上を恨んでるんだよね。

 でもさ、兄上は一族の当主なんだから、そんなに睨んじゃダメだと思うよ。信長兄上は知らんぷりしてるけど、振りだけで、ちゃんと気がついてるからね。後で報復されても、文句は言えないんだよ?


 千姫は美形が多い織田家の顔とはちょっと違って、クリっとした丸い目をした可愛らしい少女だ。この時代の感覚だとそれほど美形って感じじゃない。どっちかっていうと現代のほうが受けそうな顔立ちだ。


 年は多分、俺と同じかちょっと上ってとこか。そういえば家族以外で同年代の女の子って、初めて見たな。


 小さな口がへの字じゃなくてにっこりしてればもっと可愛いいのに、もったいないな。


 重い空気の中、住職様の唱えるお経の声だけが聞こえる。


 しきそくぜーくー、くーそくぜしきだけは聞き取れた。これってあれか、色即是空、空即是色。

 この間月谷和尚さまに習ったけど、仏教の言葉で「この世のすべての事象は永遠不変の本質をもつものではなく、すべて空であり、また空であることが、この世のすべての事象を成立させる道理であるということ」らしい。


 うん。意味が分からないよね。

 俺も分からなくて月谷和尚さまに、雀でも分かる言葉で教えてくださいって頼んだら教えてくれた。なんで雀だったのかって? いや、ちょうど障子の向こうでチュンチュン鳴いてたからさ。


 つまり色っていうのは目に見えるもので、空っていうのは目に見えないものなんだって。で、目に見えなくても、そこにはちゃんと存在してるから、だから目に見えないものも、目に見えるものも同じなんだよ、って事らしい。


 なんかそんな詩があったよな。見えなくても、そこにあるよーっていう詩。


 うん。なんか今の状況もそれに近いよな。

 目に見える状況だと、今回の件は信長兄上が怪しいけど、実は目に見えない裏側では今川の陰謀の可能性が高い、とかさ。


 まあ、今川の陰謀は俺が潰させてもらうけどね。



 住職さまの読経が終わって、親族が焼香をする。俺の順番は後の方だ。でも順番が来る前に、住職さまに一声かけておく。


「あの。ご住職様。後でお話を聞いて頂きたいことがございます」

「この後で、ですかな?」


 住職は訝し気に俺を見た。まあ、そうだよね。法要の後で、まだ焼香もしてないのに何を言うんだって思うよね。


 そして信長兄上も何を言いだすんだって目で見てる。むう。兄上の為になることなのに。

 他の人の視線は知らん。無視だ、無視。


「そうですね……北御前様にも聞いて頂きたいのですが……あの、夢の事で……」


 俺の言い方が悪かったのか、信光叔父さんの死の真相を知ってるよって俺が言ってるみたいになって皆がギョッとしたので、慌てて言葉を付け加える。


 なんだ、夢か、って空気が緩んだ。

 いたいけな10歳児に、威圧するの反対!


「構いませぬよ」

「ありがとうございます」


 俺はお辞儀をすると、大人しく焼香の順番を待った。





 そして焼香を終えて、住職さまに話をしようと思ったんだが……あれ? なんで一族の皆様は誰一人帰ってないんだ? なんで一族全員に囲まれてるんだ?


「さて。それでどのようなお話ですかな?」


 あんまりつきあいがないような親族とか、信光叔父さんの息子たちとか、あとなぜか殺気みなぎる千姫の視線に怯えてる俺の肩を、ぽんぽん、と安心させるかのように信行兄ちゃんが叩いてくれた。


 おおう。兄ちゃん、優しい。あっちでふてくされたように俺を睨んでる某兄上とは大違いだよ!


「その……昨夜の事なのですが、信光叔父上が夢枕にお立ちになったのです」

「まことですかな!?」


 俺の言葉に、ずっと顔を伏せていた北御前が顔を上げたのが視界の端に見えた。

 ちょっとだけ良心の呵責を感じたけども、それを無視して話を続ける。


「はい。昨夜は眠る前から何やら胸騒ぎがしておりましたが、うつらうつらしておりますと、いつの間にか眠ってしまったようです。誰かが私を呼ぶ声がしたような気がして、暗い道を進みました。すると六日までの間に聞こえる者が現れて良かったという声が聞こえて、急に目の前が開けたのです。そこは何やら見たこともない大きな川のそばでございました」


 月谷和尚監修のこの芝居。

 さて、うまくいくのかどうか……






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