第18話 俺の一日

 快適である。

 何が快適って、言うまでもなく完成したマイベッドの寝心地である。


 マットレスの弾力もいい感じだし、大人になっても使えるサイズにしてもらってるから、広々としたベッドでは寝返りし放題だ。たまに枕とか上掛けがベッドの下に落ちてるけど。それでもってたまに俺自身も落ちてるけど。大体朝まで熟睡しているくらい快適だ。


 ああ、もう、快適すぎて、ベッドから出たくないでござるよ。


 もう俺の通り名は三年寝太郎でもいいかもしれん。尾張の大うつけの弟で、尾張の三年寝太郎。元服した後の名前は、平朝臣たいらのあそん・織田ナントカノスケ・三年寝太郎・信ナントカ。うん。それでいいや。


「喜六郎さま! 朝でござるぞ。起きなされ」


 やーだー。俺はまだ寝足りないんだー。


「武士たるもの、あかつき七つには起きて支度をせねばなりません。鍛錬する時間がなくなりますぞ」


 暁七つって、朝4時じゃんか。それは朝って言わないぞ。夜中に近いぞ。

 っていうか、まだお日様だって登ってないじゃないか。部屋の中もまだ暗いぞ。


「もう七つ半でござる。起きてくだされ」


 七つ半か……5時だって早いよ。俺はこのパラダイスから出たくないんだ。


 それに何でこんな時間に俺の部屋に人がいるんだよ。誰が通したんだ?

 っていうか、この声―――


 ハッとして目が覚めた。


「ぎゃあっ」


 く。熊だっ。目の前に熊がいた! し、死んだふりすればいいのか!? いやちょっと待て、目を逸らさずそのままゆっくり後ろに下がるのが正解だ。ダメだ、下がれん。そりゃそうか。さっきまで寝てたんだから、背中はベッドにくっついてる。


「喜六郎さま、大丈夫でござるか!?」


 あれ? 熊じゃないや。日本語を喋った。って、なんだ熊か。あ、いや、熊は熊でも権六熊だ。


 だけどなんだって権六がこんなトコにいるんだ? はっ。もしかして俺の寝込みを襲いにきたのか!?

 それじゃ熊よりタチが悪いじゃないか。確かに俺は滅多にいない美少年だが、男はノーサンキューなんだ。さっさと巣穴にカエレ!


「喜六郎さま、また寝ぼけておられるのか?」


 ヤレヤレと言わんばかりの熊の言葉に、段々目が覚めてくる。


 ……うん。寝起きにドアップの熊の顔はきつい。一気に目が覚めた。

 しかも手に、小皿に油を入れて芯に火をつけただけの裸火を持ってたんだけど、もうさ、よくTVで見るあの下からライト当てました系の様子だからな。ホラーなんてもんじゃない。


 といっても、熊が俺の傅役になってから毎朝これで起こされてるからな。この顔にも少しは慣れてきたよ。


「勝家殿。おはようございます」


 起き上がってきちんと挨拶をする。熊のくせに礼儀に厳しいんだ。


「ささ。喜六郎さま。鍛錬の時間でござりますからな。お支度をなさったら中庭でお待ちしておりますぞ」


 傅役になってからというもの、熊は毎朝5時になると、こうやって俺を起こしにくるようになった。


 でも朝5時の起床は、実はそんなに早いって訳じゃない。割と普通の時間だ。熊なんて朝3時とか3時半くらいに起きてるらしいからな。もうそれ、朝じゃなくて夜中だと思うけど。


 確か信行兄ちゃんも4時くらいには起きるって言ってたしなぁ。そんな夜中から起きてどうするんだ、って思わなくもないけど、実は仕事が始まるっていうか、皆がお城に仕事しにくるのって、大体明け六つ頃、つまり朝の6時頃なんだ。


 それで、登城する前に鍛錬しないといけないから、当然起きる時間も早くなるってわけ。


 熊みたいな脳筋は鍛錬の時間をたくさん取るから、それで朝3時起きなんだけどさ。傅役になった翌日に、いきなり朝3時に起こされた俺の気持ちを考えて欲しい。


 びっくりして、襲われるー! 殺されるー! って騒いじゃったもんだからさ。当然みんな起こしちゃってさ。


 うん。信行兄ちゃんに、めっちゃ怒られた。

 ちゃんと前もって言っておかなかった熊も悪いって怒られてたのは、いい気味だったけどな。


 熊が火皿の火を俺の部屋の火皿に移しておいてくれたんで、部屋の中ではチロチロと赤い炎が揺れている。俺はその灯りを頼りにもぞもぞと着物を着て、鍛錬用の弓と長い棒を持った。


 俺はしがない八男だからね。信長兄上みたいにお小姓さんが着物を着せてくれるなんていう大層な身分じゃないのさ。自分で簡単な着付けくらいできないとダメなんだ。さすがに礼装は自分で着られないけど、滅多に着る機会なんてないから問題はない。


 まだ暗い城内を中庭に向かって歩く。


 うー。やっぱり朝は寒いなぁ。

 城っていっても、断熱材のない木造家屋だからな。窓にも窓ガラスとかサッシなんてなくて、雨よけの雨戸くらいしかない。あとはふすまか。そりゃ隙間風が吹いて寒いわけだ。これで雪が降ったらどうなるんだろう。布団の誘惑をはねのけて、ちゃんと起きられるんだろうか。


 鍛錬をする中庭は、かがり火のおかげで少しは明るかった。先に待っていた熊は、既に長い槍を振り回している。


 確か歴史オタクの山田が、柴田勝家は斧の二刀流だとかなんとか言ってたんだが、この時代で斧を振り回している武将なんていないぞ。酒呑童子を退治した坂田金時(さかたのきんとき)じゃないんだしな。歴史オタクのわりに、意外とテキトーなことを言ってたんだな。


 大体は弓か槍だ。刀も持ってるけど、あれは相手に止めを刺すとか、首を斬る時に使うらしい。


 そういうわけで、鍛錬は弓と槍の練習が主体だ。俺の場合はさすがに練習で本物の槍を使うわけにはいかないから、長い棒で代用している。


 鍛錬が終わると、体を拭いてから朝食だ。黒米と呼ばれる硬いご飯と、蕪の味噌汁と大根とごぼうの煮物だ。最近はダシの大切さが分かってきたみたいで、味噌汁がうまい。大根とごぼうの煮物も味噌味なのが惜しいけど。早く醤油が発明されないものだろうか。


 食事が終わると、臨済宗妙心寺派の月谷和尚を先生に迎えてお勉強だ。なんかもう棺桶に片足をつっこんでるんじゃないかと思うくらい年寄りだけど、何を質問しても答えが返ってくるという博識ぶりだ。俺は密かにスーパー爺さんと名づけた。


 信長兄上の師である沢彦宗恩和尚様の紹介で来てもらったんだけど、元々は全国を放浪してて、たまたま尾張に来た時に沢彦和尚に挨拶に来たのを信長兄上が拉致った、ってことらしい。うん。なんかすまん。


 お昼になってもお昼ご飯は食べない。戦の時は食べるらしいんだけど、基本的に一日二食だ。でも俺は一日三食を推奨したい。だってお腹がすくんだもん。

 女中さんにおにぎりを作ってもらって食べてたら、熊も一日三食摂るようになった。そのほうが鍛錬の調子もいいらしい。


 っていうか、熊がこれ以上ごつくなったらどうなるんだ? グリズリーか?


 昼食を食べたらまた鍛錬だ。熊は城で色々と書類仕事をしてるらしいから、一人での鍛錬だ。たまにサボってるけどな。だって熊と同じ鍛錬してたら細マッチョじゃなくてゴリマッチョになるじゃないか! 俺はそんなのは断固拒否する!


 夕飯は部屋で5時頃に食べて、午後8時には寝る。夜は灯りがないからな、大人しく寝るしかない。朝も早いし。

 朝が早いから、夜もすぐに寝れるんだ。まだ子供だしなぁ。


 まあ、概ねこんな生活を送っている。

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