第17話 綿と真綿って違うのか!?

 信長兄上と熊が、なんだかイイハナシダナーと感動している間、俺は手持無沙汰で部屋の中を見回した。

 そこには当然、今回兄上が作ったベッドが鎮座している。末森で待ってれば実物がくるのは分かってるんだが、その前にできればもっと近くで見ておきたいな。


 藁マットレスの出来上がりって、どんな感じなんだろうね?


「兄上。あちらの寝台を見せてもらってもよろしいですか?」

「うむ。じっくり検分すると良い」


 ドヤァって顔で信長兄上が言ってる。別にいいんだけど、なんで貸してやるぞ、みたいな偉そうな態度なんだろうね?


 俺は立ち上がってまずはスノコベッドから見る。そんなに高さはないな。10センチくらいか。これなら転落防止用の柵なんかは必要なさそうだな。


 キルトの掛布団、は、まあ信長兄上用の布団らしく、とっても豪華だ。この生地、ちょっとテカってるけど絹かな? ああ、やっぱり絹だ。手触りが麻とは違う。


 でも、あれ? なんだか中に入ってるのが麻の布切れじゃないっぽいぞ。


「兄上。この布団の中には何が入っているのですか?」


 なんだか、フワモコな感じだ。え!? もしかして、綿わたが見つかったのか!?


「ふふん。喜六が綿とやらを入れるといいと言っておっただろう。俺は木からなる綿とやらは知らんが、蚕からなる綿は知っておったからな。その綿を入れさせてみた」

「え? 蚕から綿ってできるんですか?」


 蚕ってあれだよな。絹の原料。いや違う。違わないけど、ちょっと違う。蚕はそのまま絹にはならん。

 蚕は虫だ。っていうかイモムシの仲間で蛾になるんだったか? それで蛹になる代わりに繭になって、その繭から絹糸ができるんだよな。


 実はあの物凄い流行った、例のすれ違い名前聞けない系のアニメ映画が、組み紐をモチーフにしてたんだけどさ。その映画の特集をTVでやった時に、同じ伝統工芸つながりで、組み紐から蚕の特集になったんだよ。繭からどうやって絹糸を取るんですか、みたいな。

 それで、なんていうか、繭から糸が紡がれていくんだけど、反対に繭がうっすら透けてきて中の虫のシルエットが浮かんでくるのがちょっとホラーだったんでよく覚えてるんだ。


 うう。それ以上は思い出しちゃいかん。


 それで、その繭の品質の悪いやつが綿わたになるのか? あ~。まあ確かに、量は必要だけど綿っぽくなりそうだな。

 でもそうしたら……あれ? じゃあ俺の知ってる綿、つまりコットンさんはこの時代にないのか? でも木綿の着物なんかはあったよな。そうすると……うーむ。ダメだ。分からん。


「喜六は知らなかったか? 生糸にできぬ繭を綿にするであろう。あまり数の取れるものではないから出回ってはおらぬが、俺の夜着にも使っているぞ」


 えええええ。兄上たちはもうワタありの生活を送っていたの? 八男坊の俺のとこには、ワタなんて一つもなかったのに!


「か、勝家殿は知っておられましたか?」


 熊は知らなかったよね? お願い。知らないと言ってくれ。


「む。もちろん存じておりました」


 熊にまで、当然というように答えられた。

 がーん。なんだかすごいショックだ。


 ……戦国時代の常識だったんだな。うぐぅ。

 今まで、この時代は綿を使ってないじゃん。それを利用するのを思いついた俺って天才とか思ってた自分が恥ずかしい。


 もっとも、尾張は絹の生産が盛んなんで、絹糸にならない品質の繭を使った綿わた、後世では「真綿」って呼ばれるものを使った製品があるけど、他の地方ではそうもいかないから、結局、木綿の生産は重要になるんだけどな。栽培も蚕の育成に比べたら全然楽だし。


 でもそれは後で分かったことで、その時の俺は、自分の浮かれっぷりに水を差されて落ちこんでいた。


 いや、まだだ。まだ藁マットレスがある。俺はまだ勝負に負けてない! なんの勝負か分からんけど!


「こちらが那古野布団ですか」


 藁マットレスは触ると結構硬くて弾力があった。カバーにしてる布は葛布くずふといって、ちょっと硬い布だ。葛布の幅は約9寸5分、つまり現代では36センチくらいなんで、葛布二枚分を縦に縫い合わせて72センチくらいの横幅にしてある。


 長さは信長兄上の身長である5尺6寸(約170センチ)に合わせたらしく、6尺(約182センチ)もある。この時代の平均身長が五尺一寸(156センチ)だから、信長兄上って長身だよなぁ。


 体つきは細身なんだけど、鍛錬してるから引き締まってて、いわゆる細マッチョのイケメンだ。羨まけしからん。


 俺? 俺はまだ10歳だからね! これから成長期で、ぐんぐん伸びる予定だ。織田の家系は長身だしね。犬姉さまもその辺の男より背が高いもんな。俺もいずれは背の高い細マッチョのイケメンになって、可愛い嫁さんをもらうんだ。ぐふふ。


 将来の嫁に心を馳せながら藁マットレスをなでる。べ、別に色々妄想なんてしてないからな。


 藁は短い幅に合わせてぎゅうぎゅうに入れてある。これですぐヘタレなければ、凄いいいんじゃないか!? うん。前世のマットレスに近いよ。


 これ、普通の布団みたいな形じゃなくて、マットレスみたいに高さのある形にしても良さそうだな。縦の長さを三分割して、その長方形を三つ縫い合わせてみるとか。あれだ。学校で使ってた体育マットみたいな形だな。


「とても寝やすそうですね。那古野布団が末森に届くのが楽しみです。じいも良かったですね」

「……じい、とは、どなたの事で……?」


 熊に向かって笑いかけると、なぜか表情がなくなっていた。どうしたんだ? また信長兄上が何かしたのか?


「え? 勝家殿が私の傅役になるのでしょう? ですから、じいとお呼びしなくてはいけないのかと思ったのですが……違いましたか?」


 その後、大笑いする信長兄上と情けなさそうな顔をする熊に、別に傅役の事をじいとは呼ばないのだと説明された。


 そうなのか。前の傅役をそう呼んでいたから、てっきりじい呼びが正解なのかと思ってたよ。熊が言うには、別に俺なら勝家と呼び捨ててもいいらしい。


 いや、かなり年上だからさすがに勝家って呼び捨ては……

 うっかり熊、って呼んだらごめんな。

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